第18話 野球ばっかりしてたので、こんなとんでもない怪物になってしまったんだな



「作戦会議といきましょうか」


「……お、おう」


「なによ?」

「いや……意外とノリノリなんだなって」

 当初、俺は明日太と千寿の件について海沼に話すにあたって、嫌がられるのではという可能性も考えていた。確かに色恋沙汰は女子が好きそうではあるが、千寿の意思も大事だし、海沼が俺や明日太に好感がなかったら、協力なんてしてくれないだろう。

「ノリノリって……バカにしてる? まあ、乗り気なのはそうよ。マリってあの通り映画バカでしょう? 私も大概だけどね、あの娘は本当に心配になるくらい一直線なのよ。だから浮いた話って全然なくて」

 『私も大概だけどね』――か。海沼も女優という夢に一直線なわけだが、浮いた話とかはどうなのだろう……と思いつつ、話の腰を折らないよう黙っている。

「……なによ?」

 黙っていたら、何かを察せられてしまう。

「……い、いや、なんでも」

「そう? でね……、まあ私は月見くんのことよく知らないんだけど……」

 そうなのか。残念だったな明日太。

「……でも、彼って評判は良いでしょう? 評判だけの薄っぺらい男ってわけでもなさそうだし、それに……」

 ぐっ。確かにあいつは薄っぺらい男じゃない、すごくいいやつだが、海沼に褒められてるのはなんか悔しいというかなんというか。

「……それに?」

「それに……、桜庭くんの友達でしょう? だから、きっといい人なんじゃないかと思ったの」

「…………え?」

「なによ。なに驚いているの?」

「なぜ俺の友達だと、いい人だと……??」

「え、そこから……? ……まあいいわ」

 はぁ、と呆れるように溜息を一つ。なんで。俺、察し悪い? いや、でもこの時点で海沼から信用されるようなことしたか……?

「まず、あなたは面白いお話を作れるわ。それだけじゃあなた自身の人間性の評価には繋がらないけどね。誤解しちゃう人って多いと思うけど、どれだけ面白いお話を作れてもどうしようもないクズみたいな人間なんていくらでもいるだろうし……」

 それはそうだな。俺もよくわかるし、というか俺がその枠に入るのでは……とビビらされてしまうんだが。

「桜庭くん、私のワガママに付き合ってくれているでしょう? それに、図書委員の時も優しく仕事を教えてくれるし、私の秘密のこともちゃんと隠し通してくれてる……面白いお話が作れる上に、わりと人間性の方も悪くはないんじゃないかしら? 少しは自信を持っていいと思うけど?」

「う、海沼……!」

 そうか……俺は少しは信用されてたのか。少しは自信持っていいのか。

 これまで一周目との差異だとか、一周目ではどういうことがあったから仲良くなれたとか、そういうことに囚われて、今の相手の気持ちがどうなっているか考えるのが疎かになっていたかもしれない。

「ま、少しはね、少しは」

「……わかってるさ。海沼に褒められると調子に乗りそうになるけど、己の分くらい弁えてるって」

「………………なにそれ」

「……え?」

 消え入りそうな声で、なにか不満げに呟いた海沼。……なんだ? なにか間違えたか?

「別に……なんでもないわ。わかってるじゃない。これくらいで調子に乗らずに、今後も私のために尽くすといいわ。私に仕えられて光栄でしょう?」

「うへー、女王様……、そういうの好きだったんだ。へえー……いいけどね。我が愛しき尊き海沼ひまわり様に尽くす栄誉に預からせていただきますよ」

「……っ。生意気っ」

 べしっ、とデコピンされた。お気に召さなかったらしい。くそ、難しいな、どうしろと。

「話を戻しましょう。作戦会議。このままじゃダメでしょう、月見くん」

「ああ、明日太はこのままじゃダメだな……、一応俺の方でなんとかしてみるよ。緊張しすぎだと思うんだけど、対策は浮かんではいるんだ」

「そう? 任せられるかな。私の方でもマリの好みとか探っておくね」

「じゃあそれで」

「ええ。上手くやりなさいよ?」

俺は息を呑みつつ頷いた。

 ヤバいな、俺もなんか緊張してきた。

 だって他人の恋路をどうこうする経験とかないし、そんなの責任重大すぎる、俺なんかがやっていいことなのか? でもこのままいっても明日太が千寿とどうにかなる未来は見えないし……、やるしかないな。

 親友が過去に戻ってでもやりたいと思ったことなんだ。俺にとっての海沼との約束と同じように、明日太にとってはそれがずっと心残りだったのだろう。だったら絶対に、今度は後悔を残すような結末にはさせられない。



 □



「何事も具体的なイメージが大切だと思うんだよ」

「イメージ?」

 ファミレスを出て次の目的地へ向かう途中、歩きながら明日太との会話。

 ちなみに海沼は千寿と、意外なことに雪草は太田先輩と話している。雪草は太田先輩なんてぶっとんだ人物苦手だろって思ったんだけど、太田先輩は落ち着いた調子で話すこともできるらしい。

 さておき――今は明日太のことだ。

「そう、イメージ。つっても、お前はプロ野球……、」

 そこまで言って、俺は前の方を歩いている海沼達や周囲を見回す。よし、誰もいないな。

 聞かれるとそれだけでアウトだからな。人がいるとこで話すのはヒヤヒヤする。

「プロ野球選手のお前に言うのも釈迦に説法感あるけど……、やっぱりいいプレーには、事前にいいイメージがあるもんだろ?」

 何度もイメージして、そのイメージを作るのに時間がかからないようにしていき、その頃には自然と体が覚えている……みたいな感じかな? 具現化系の修行的なね。

 俺も一応野球やってたけど、昔のことなのでちょっと自信がない。

 ただ、こういうのは運動に限らず、どういう分野にも使える技術なはず。

「――野球も恋愛も同じだ。明日太、お前には千寿と上手くいくイメージが足りてない」

「……た、確かに……そうかもしれねえ……!」

 意外なのだが、こいつはチャラいしモテるくせに、女性経験がない。それは未来でも同じで、どう考えても絶対にモテまくりなはずなのに、女性関係の話題を見たことがなかった。

 あれは今だからわかるが、ずっと千寿を想っていたということだったのか。

 こいつは野球が超上手いのでモテるが、野球ばっかりしてたので、こんなとんでもなくピーキーな怪物になってしまったんだな。野球が上手いモテまくりのチャラ男のくせになぜか好きな相手の前だとキョドるという怪物に。

「イメージだ、明日太。これも野球と同じで、なんでも全部すぐに上手くいくとは限らないが、少しずつ確実にできるようになっていけばいいんだ」

「……サンキューな、春哉。なんか、いける気がしてきたぜ……!」

 よしよし、いい感じだ。今いける気がしてるのが気のせいでもなんでもいい、こういうのは勢いが大事だからな。ビビってちゃ何も始まらん。

 そうこうしている間に、俺達は次の目的地へ到着した。



 □



「良いね、良い、良いぞ、その動きは良い! よし、もう一回! 次、表情を意識してやってみようか! 刀を振り終わった後に笑顔! 間を意識して! 体の動きでの表現から、表情での表現に移行するのをスムーズ、はいやってみよう!」

「っす、ウッス!」

 千寿さんが手をパンパンと叩きながらきびきび指示を飛ばして、明日太が返事をしたかと思えばすぐに動き始める。

 俺達は今、殺陣を含めた演技の体験会に来ていた。なにせ今日のメンバー六人の内、三人が演劇部なのだ。演劇部組は興味ある内容だったろうし、俺としても演技の勉強をすることは、脚本の勉強にもなる。

 演技のことがわかれば、脚本でこういう演技を引き出したいな、とか狙う精度も高まるわけだしな。

 今は自由時間で、指導してくれる先生に自由に話を聞いてもいいんだけども、体験会の参加者達の注目は、千寿に集まっていた。

 先生そっちのけで、明日太に演技指導する千寿。その様が珍しいのか、それとも千寿の指導が興味を引くのか、注目を集めている。

「うんうん、良いなあ! 良い! 月見、動けるな!」

「っす! ありがとうございますっ!」

「なんで敬語?」

「え、あっ……いや、部活とかのクセで、指導してくれる人にはつい」

「よせよせ、同級生だろう。しかし野球部にしておくには惜しいな……、いや野球で鍛えたからこそなんだろうけど。演技の経験とかあったのか?」

「野球ばっかりだったから舞台に立ったりとかはないけど、少し。映画見たりとか、小説読んだりは好きなんで、そのお陰もあるかな? 友達に面白い小説書くやつがいるし」

 明日太がちらっと俺の方を見てから言う。よせやい。

「なるほどな。お互い、いい友人を持ったな」

 千寿もうんうん頷きながら、ちらっと海沼の方へ視線をやった。

「こうなってくると、月見を活かした作品も作ってみたくなるな……、次の文化祭でやるのは無理かもしれないが、その次なら……、ああでも月見も部活が忙しいから難しいか」

「……いや、なんとかしてみるよ。すぐに具体的なことは言えないけど、それでも。オレも……その、こうやって、千寿といるの、楽しいから」

「そ、そうか? なら楽しみにしてるぞ」

 アホ明日太……、微妙にミスってる。『千寿に演技を教えてもらうの』とかって言わないと、ただの告白じゃねーか、ちょっとフライングだろ。

 いつもハキハキしてる千寿が微妙にたじろいでいる珍しいところを見せている。

 だが……もしかしてこれは好感触なのでは? 明日太のキョドりも減ってるし、千寿の方も明日太のことを気に入ってるみたいだし。

 その時――すっ……と、目の前に手が伸ばされていた。海沼だった。

 目が合うと、にやっと彼女が笑った。

 ――――パシンッ……と、俺と海沼と手を打ち合わせる。

 この場にいる他の者達は気づいてない、共犯者達だけの秘密。

 俺が明日太にアドバイスしたように、海沼の方も何か千寿へ働きかけてくれていたのだろう。

 胸の内だけで、密かにガッツポーズする。 親友の恋が上手くいっていること。

 それから、海沼との関係が上手くいっていること。

 疑心暗鬼のゲーム。課題だらけのやり直し生活。

 ――――それでも、この二周目の人生は、今のところかなり順調に思えた。






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