第16話 魔性の女
一周目においての俺と海沼のデート――というか、脚本作りのための取材としての街散策は、本当にひどかった。
格好良くリードとか、まったくできなかった。
事前に会話のネタを考えていくも、当日は真っ白になって何も出てこない。かと思えば、一緒に映画を見た後に、ここぞとばかりに早口になって、ドン引きさせていたと思う。
ああ、忘れたい……、なかったことにしたい……。
いやいや忘れるな。そして、二周目なのだから『なかったこと』にできる。俺がちゃんとやれば、なかったことになるはずだ。
そして、デート当日――五月一日、土曜日。
「お初にお目にかかります。わたくし、は太田山吹。三年で演劇部の部長をやらせてもらっていますわ。以後、お見知りおきを」
喋る言葉全部が『そんなん現実で言う人いるんだ』だった。
自己紹介の通り、彼女は太田山吹。演劇部の部長。明るい茶髪を縦ロールにしてる、いかにもなお嬢様。
「話はひまわりさんから聞いていますわ――桜庭春哉さん……アナタを見定めさせていただいてよろしくて?」
「……は、はい、よろしくおねがいします……っ!」
リアリティラインがやばすぎてやりづらい!
会話してると、自分まで舞台上の登場人物にされてる気分になる。
さすが演劇部の部長。いや、この人もしも違う部活でもこのキャラなのかな? 演技してるんじゃなくて、素が演技みたいというか。
――で、なぜ彼女がここにいるのかというと……。
言葉の通り、彼女は俺や海沼を見定めたいらしい。彼女が部長である以上、彼女を納得させなければ、海沼の希望通りに俺が脚本をやるという話が通らない。
それも大事だが、さらにもう一つ。
当然、彼女が《リーパー》かも疑わなければならない。
俺と明日太の共通点。同じ年齢。高一へ戻ったこと。だが、彼女は高三だ。この違いは大きい。が、それだけで疑いをなくすことはできない。
《リーパー》は高一、というのも確定ではない。
どういう可能性も検討し、警戒しないと。
「ん、次はあたしだな! あたしは千寿マリ。演劇部、一年。めっちゃ面白い映画を作る女ことになる女だ! 以上!」
簡潔な言葉を自信に満ちた顔で口にしたのは、海沼の親友でもある少女、千寿だ。
足を開いて勇ましく腕組みしているが、しかしとてもちっちゃい。この中でも一番小さいだろう。身長が高めな海沼や太田先輩と並ぶと、さらにちっちゃく見える。
なぜ千寿まで来ているのか。一つに、太田先輩と同じく、演劇部メンバーとしての役目のためにというのもあるが、さらにもう一つ。
「……おい、次だろ、明日太」
肘で明日太をつっつく。
「……はっ!? えっと……月見明日太だ。野球部。正直、演技のこととかまだよくわかんねーけど、野球で鍛えた体力と声のデカさと気合だけはあるんで! 使ってくれると嬉しいっす! しゃすっ!」
綺麗な姿勢で礼。被ってたキャップも取る。野球部~って感じの仕草。
なぜ明日太までいるのかというと――。
「(本当だったのね、月見くん、ずいぶん様子が違う)」
「(……そうなんだ。明日太は千寿さんがいると嘘みたいにおかしくなる)」
俺に耳打ちしてくる海沼へ、同じく声を潜めて応じる。ヤバい、近い。海沼に耳元で囁かれるとかおかしくなる。耳から花とか生えてこない?
っていうか相変わらずスゲーいい匂い。ってことは俺の匂いとかバレる? 大丈夫だよな、服とかめっちゃ消臭スプレーかけた。めっちゃ歯磨きした。タブレットとかもガリガリ食った。
……っと、いけない、話を戻そう。
こんな訳で、海沼には明日太の千寿への気持ちを話しておいた。太田先輩が来る、ということが最初に決まっていたので、どうせなら千寿や明日太も呼んでしまおう、ということになったのだ。
海沼は明日太に協力することには乗り気で、なんでも千寿には浮いた話がないので心配だった、ということらしい。女子って他人の色恋でテンションあげるよなー。海沼も意外とそこらへん俗っぽいというか、普通の女子だなってなって可愛らしい。
ただ、この辺り完全に一周目になかったイベントだ。《リーパー》が混じっていれば、そいつから疑われる。
しかし、疑いを完全にゼロにしていくと、本当にやり直しの意味もゼロに近づいていく。
俺も既にいくつか一周目との差異を見つけているが、それだけで疑いが確定に変わらない。
バランスの問題だ。多少リスクを抱えてでも、やり直しで自分の望みを叶えていく。
極論、こちらが疑われても相手を倒せばいいだけのことだ。……この中の誰かと争うなんて、あまり考えたくはないが。
いずれにせよ、組んで戦う俺と明日太が有利なことに変わりはない。
明日太は俺の目的に協力してくれる。
だから俺も明日太の目的――千寿と結ばれるという望みを叶えるのに協力は惜しまないつもりだ。
「さて、それでは出発しませんこと?」
太田先輩が促したところで、俺が挙手した後に言う。
「あ、すいません……ちょっといいすか? ……ほら、雪草……そろそろ出てこい」
「…………(ふるふる)」
俺の後ろに隠れて首を横に振っている雪草。
俺にさえ、初対面の時は逃げていたのだ。こんな大勢の前で喋るのは、雪草にとってかなりハードルが高いのだろう。
どうして雪草がいるかと言うと、俺が脚本を練っている時にかなりアドバイスをしてくれて、もはや雪草との共同脚本になってきていたことから、俺が雪草も今回の件に参加できないかと海沼に提案していた。
雪草の力を借りてしまうと、俺の目的である『海沼に相応しい物語を作る』からは少しズレるが、それでも今は良い話を作るためならなんでもしたかった。
それに、文化祭ってみんなでやった方が楽しいし。雪草だけ仲間はずれってのも、どうにもな。そういうわけで脚本へは協力してくれるが、わざわざ苦手な場所に引きずり出すつもりはなかった……。
しかし、今日の件は雪草が言い出したことでもあるのだ。今日のことを伝えると、雪草は驚くべきことについていきたいと言い出したのだ。
……もしかしたら、こいつも自分でこのままでいるよりかは、変わりたいと思っているのかもしれない。
……思っているけど、まだ上手くいかないのかもしれない。
それなら少し手助けするのもいいだろう。文芸部では世話になってるし、同じ部活の仲間だしな。
「(とりあえず挨拶……、名前だけでも、な?)
「……(こくこく)」
雪草は大きく深呼吸した後に俺の背から顔を出して、
「雪草……エリカ……です……っ……、濃厚……あっ、ちが…………桜庭くんが好きです」
刹那、その場にいた者達が呆気にとられた。俺も含めて。
「なっ……え……!?」
珍しく焦る海沼。
「……マジか! 面白い子だな!」
と、なにやら感心している千寿。
「おいおい、モテるじゃねえか春哉」
ニヤニヤしてる明日太。言ってる場合か。
「あら、大胆ですこと」
余裕を見せる太田先輩。他人事だと思って……、まあ他人事か。
「…………え……あれ……?」
時間差で自分の発言のヤバさに気づいた雪草が、顔を真っ赤にしていく。
「ち、ちが……えと、えっとととととと…………」
「あーっ、あれ、あれだよな! 作品! 俺の作品が好き、だよな……!? な!? これも俺が自分で言うのは恥ずかしいんだけども……、……な!?」
焦りつつどうにか訂正。
「…………そそ、そう、そうです! 桜庭くんの書くお話が好きです! 雪草エリカでした!」
ささっと言い捨てて俺の後ろに隠れ、フードをすっぽりかぶって俯いた後、『うう~……』と小さな唸り声をあげたまま固まってしまう雪草。
隠れたいのは俺もなんだが、まあ多めにみるか……、雪草だしな……。
一通り自己紹介を終えたところで、いよいよ出発だ。
様々な想いや駆け引きが交錯するデート……もとい、脚本取材の幕が上がろうとしていた。
出発の直前、雪草が俺にこんなことを言ってくる。
「……さっきはああ言ったけど………………、
作品だけじゃなくて……桜庭くんのことも……………、
…………………………………………………………………………好き……だよ?」
「……え!?」
ど、どういう意味だそれ?
聞き返す間もなく、みんなが先へ歩いて行ってしまう。
「…………み、みんな、行っちゃう……よ?」
雪草がそう促して、聞き返す余裕がない。
……な、なんだよこいつ……魔性かよ……。
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