第3章 年収1億超え拗らせモンスター

第12話 好きなことになると早口になるタイプのオタク



「ふにゃのわぁっとぉ――――――――――っっ!?」

 

 俺が文芸部の扉を開けた直後だった。


 雪草は相変わらず、謎の奇声を発して驚く。

 

 これでもマシになってきているのだ。以前は俺が来る度に部屋のすみっこへ行って盾を構えてたんだが、なんと今は驚くだけに留まって、すみっこに行かなくなった。俺に慣れてきたそうだ。そう語った時の雪草は、なぜか自慢げだった。ハードルの低さ。

「毎回バリエーションに富んでて飽きないな」

「……ふ、ふふ、ふへへえ……そうですかあ……?」

「でも、もうちょっと慣れてくれると嬉しいかな、俺もびっくりする……」

「……ひぅぅぅ……ごめんないさい、ごめんなさい……わたしのような矮小な愚物が生を貪ってしまい申し訳ございません……」

「そ、そこまで卑屈になるな……! 雪草は生きていい、生を貪っていいぞ! 生を貪れ! せいぼれ!」

「……ほんとですかっ!?」

「ああ! 貪れ貪れ!」

「……はいっ! 貪りますっ! せいぼりますっ!」(生を貪ります、の意。たぶん)

 雪草はいい笑顔でテーブルの上のポテチを開けるとむしゃむしゃ食い始める。本当に貪りだしたぞ。まあいいか、可愛いし。なんか幸せそう。

「よし、いつもの入室コントも終わったし、部活するか」

「……はいっ、しましょうしましょう」

 ポテチの油を拭き取ると、今度は俺と雪草自身の分のコーヒーをいれてくれる。

 なんつーか、和むな。彼女とか……嫁とかいたら、こんなんだろうか、とか考えちゃう。

 中身が二十六歳なので……(切実なリアル)。

 ……過去へ戻る前は、ぼっちを極めていたからな。高校出てからの俺はひたすら仕事一筋。一応大学には行ってたが、そこで人と交流もしてないし、大学在学中に賞が取れたのでさっさとやめてしまった。

 それからはずっと一人だ。同業者とも絡まない。仕事の遅い編集とは気が合わないし、話も合わない。

 だが、どうでもよかった。俺はただ、海沼に相応しい作家になりたかった。孤独でも良いと、そう思っていた。

 けれどこうして過去へ戻って気づく。

 ……ああ、俺はずっと、強がってたんだな、と。

 明日太と再会して、お互いに《リーパー》であることを明かして、また本音で話し合えて嬉しかった。こうして雪草と部活をしている時も楽しいし、海沼と図書委員の仕事をしてる時は、からかわれてばっかりだけど、そりゃ最高の時間だ。

 自分の正体を隠し、相手の正体を暴く――そんな疑心暗鬼のゲームのせいで、もっと辛いことばかりになるとは思っていたやり直し生活。

 辛いことには辛いが、それでもやっぱり楽しいが勝るな。

 そこで脳内の明日太が『海沼がいるのに浮気かー?』と言ってくるが……うるさい、海沼とはそういうのじゃない。

 憧れ。崇拝。尊敬。夢。とにかく、そういうの気持ちが強くてな。恋愛とかじゃない。

 向こうも俺のことなんてなんとも思ってないだろうし。

 じゃあ雪草のことはどうなんだっていうと……いまいちわからん。やっぱり今はゲームに負けないことや、海沼の真相を解き明かすことが重要だし、そうでなくとも俺は色恋よりも創作を優先しちゃうんだよな。

 ……ま、難しいことはいいや。自分でもよくわからん。明日太につっこまれてもいくらでも誤魔化せるだろうし。

「? ど、どうしました、の……桜庭くん?」

 言いかけてるんよ。濃厚の『の』が出てる。『どうしましたの?』になってる、キャラ変?

『お前が嫁だったらどんな結婚生活だったかなって考えてた』……とか言えるかよ! 

 よし、誤魔化そうね。

「次の部誌、どうしようか」

「……そうですねー……」

 考え始める雪草。誤魔化し成功。

「文化祭までに、小規模のならいくつか出せると思いますけど、文化祭で出す方に力を入れるなら、細かく出さずに、一つに絞るのもありかな? って」

 ――文化祭。

 これも一周目では重要なイベントだった。

 一年の時は重要ではなかったんだが、イベントが全て前倒しになると仮定すれば、一年時の文化祭が重要イベントになるのかもしれない。このへんも後で考えないとな。

 このやり直し生活、やるべきことが大きく分けると三つ。

 1ゲームについて 

 2やり直しによって変わる歴史の調整 

 3その他、普通の生活

 ……と、とにかくいろいろ考えることが多くて大変だな。一周目なんか『3』しかないのに大変だったからな。まあ今なら『3』は一周目知識でなんとかなることも多いが。

「そうだな……、部誌は文化祭の時に出すだけでも、学校側から『活動してる』って十分に認められるラインだもんな。やっぱりそこか……。最近出した部誌のネタ、あれよかったし、あれを長めにリメイクする、ってのとかいいと思うんだけど、どうかな?」

「……どっちのです? わたし? のう……、桜庭くん?」

 濃厚といいかけてるんだよね。

 『脳桜庭くん』みたいになってる。『NO桜庭くん』かな? 拒否られてる?

「二人とも、かな」

「……たしかに! ですねっ! やりましょうやりましょうー! わたしもあれお気に入りですし、かるぼなーら……桜庭くんのもとってもよかったです!」

 言いかけてるんだよ。カルボナーラ桜庭くん。変な芸名か?

 俺が言ってる『最近出した部誌』ってのが、以前海沼が読んでくれていたやつだ。

 俺の作品はこんな感じ。


 ・タイトル 『星宛てに紡いだ物語』


 ・あらすじ 作家志望の男子高校生である主人公は、想いを寄せる女優志望のヒロインのために、彼女へ当て書きした物語をこっそり書いていた。ある日、その物語がヒロインに見られてしまう。

「――――私、このお話がりたい」

 その一言から、主人公の運命は大きく変わり始める。


 通称『ほしあて』。星、ってのがスター――つまり、やがて人気スターになる女優を目指すヒロインを表していて、彼女には届かないと思いつつも、彼女のために物語を作る冴えない作家志望の男子高校生が主人公ってわけだ。

 ……どこかで聞いた話か?

 そりゃまあ、多かれ少なかれ作家ってのは実体験を切り売りするわけだから、それはしょうがない。といっても、俺の海沼への想いなんか誰にもバレちゃいないだろうから、これが実体験かどうかなんて、他のやつにはわからないはずだが。

 そして、現実は物語のようにはいかない。俺はこの物語の主人公のように、海沼に相応しいやつにはなれなかった……って話はまあ今はいいか。すぐ暗くなるなよ俺。


 ところで、雪草の実力だが――――雪草はあらゆる部分で『上手い』のだ。キャラも、ストーリー運びも、設定も、ギミックの使い方も、伏線の張り方、回収の仕方も、驚きも、感動も、笑いも、キャラクターの格好良さ、可愛さ、なにもかもが上手い。

 正直、負けてると思うし、雪草みたいなやつと一緒にあれこれ作品の話をできるのはめちゃくちゃ参考になって楽しい。

 こんなすごいやつに、なぜか俺は好かれている。

 あ、『「小説が」好かれている』ね。そんな自意識過剰じゃないから……。

 まあ、それでもすげー嬉しいんだけどな。やっぱり自分がすごいと思ってるやつに認められると嬉しい。


「……先に『ほしあて』からいきましょうっ! 悪いところはないと思うので、どんどんイベントを増やしてボリュームを増やすといいとおもうんですっ! 私は晴香(はるか)ちゃんの出番を増やしたらいいと思うんですよっ。あ、もちろん星那(せいな)ちゃんも可愛いですよ? でも、短編って都合上から晴香ちゃんの出番が省略されてるなっていうのはわかっちゃって、それで、ちょっと思いついたシーンがあるんですけど……、あ、もちろん桜庭くんの作品なのでそのまんま使ってとかでは全然なくて、叩き台になってくれればくらいなんですけど……っ!」


「ちょい待ってな、メモる」

 いつもとは打って変わって怒涛の勢いで喋る雪草。

 喋りから熱量が伝わってきて嬉しいやら照れるやら。

「わわっ……えっと、ととととっ……、ご、ごめんなさい、わたし、いっぱい喋っちゃって……急に早口でうざかったですよね……」

「そんなわけないって……! すげえ参考になるし助かるよ」

「……ほ、ほんとですかっ!? よ、よかったあ……」

 心底嬉しそうな顔をする雪草。

 本当に真剣に俺の作品のこと考えてくれてるんだなって伝わってくる。

 ちなみに『晴香(はるか)ちゃん』ってのは、この作品のサブヒロインで、主人公に想いを寄せてはいるものの、主人公はメインヒロインである『星那(せいな)』が好きで……という、所謂ちょっと報われないヒロインという感じの娘だ。

 恋愛的には勝てないけれど、もちろん俺はこっちのヒロインも好きで、おろそかにするつもりはない。恋愛でもなんでもそうだけど、お互いに譲らない二人が高め合うことで、その対決が面白くなって、それによって作品自体も良くなると思うからな。


 雪草がいつものつっかえながらの口調ではなく、スラスラと俺の作品についてアイデアを出してくれている時のことだった。


 ――――トントン、とノックの音が響いたかと思えば、


「失礼しまーす……って、あれ……桜庭くん?」

「………………え、海沼……?」


 海沼が「なにやって――」と、そこまで言いかけた瞬間だった。

「ひぅぅぅぅぅ――――――――っっっ!?!?」

 雪草が奇声をあげならが盾と剣を持って部屋のすみっこへダッシュ。

「……桜庭くん……えっと、この子どうしたのかな? こ、個性的ね」

 海沼、どうにか外ヅラモードを保ちつつ言葉を紡いでいく。

「えーっと……それで、桜庭くん――もしかして、これはあなたが書いたのかな?」

 差し出してきたのは、以前海沼が図書室で読んでいた部誌だ。正解。俺が書いた。そしてこの先の海沼のセリフも、たぶんわかる。これ、一周目でもあったから。

 俺は海沼の質問に対して頷いた。

 すると海沼はにっこりと、妖艶に笑う。これは本性モードっぽい笑み。

 それからすぐに妖艶さを消して爽やかな笑みに切り替えつつ言う。



「ねっ、桜庭くん……お願いがあるんだけど」



 はい、知ってる。

 やばい、すげー前倒しになってるわ、やっぱり……どーしよこれ。

 にっこりスマイルの海沼。

 焦る俺。

 再びのビッグ・シールド・ガードナー雪草。


 もー……なにこれ?



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