第9話 年収1億超え、恋愛偏差値0


 前回までのあらすじ



 海沼ひまわりの死の真相を暴く。そのために過去へ戻った桜庭ハルヤは、時間跳躍者タイムリーパー達のゲームに参加することになる。

 疑心暗鬼のゲームに精神を削られはするものの、それでも一度は繋がりを失った者達に再び会える喜びもあった。

 そして、ついにハルヤは一人目の《リーパー》を探り当てた。



 ハルヤの妹である桜庭モモ。


 過去へ戻る理由でもある、ハルヤにとって大切な少女、海沼ひまわり。


 過去においてもハルヤと同じ文芸部に所属していた雪草エリカ。


 親友である月見アスタ。




 一体この中の誰が、過去へ戻っている人物なのか――――。





 ◇






「……なんだよ、春哉か。お前がやったのか、このイタズラ」


 

 ――現れたのは、月見明日太。

 俺の親友で、将来はプロ野球選手になる爽やかイケメン野郎。


 今の明日太の台詞――まだゲームに関する言葉には触れてない。

 正解だ、それなりに慎重に動けてるな。

 明日太が取り出した紙には、印刷された文字でこう書いてある。わざわざ印刷したのは、筆跡でバレたくないからだ。


『お前の秘密を知っている。勝負はこちらの勝ちだ。交渉したいことがある。放課後、屋上まで来てくれないか』


 《リーパー》などの具体的な単語は出さずに、ゲームでこちらが有利な状況にあることを伝える文章だ。


 しかし、ただバカ正直にこれを送って、屋上で待っていたとしたら間抜けすぎる。

 屋上にいる、と書いて実際に俺が屋上にいるんだから、相手が一方的に屋上にいる人物を把握すればいいだけだ。

 そうすれば、明日太が先に俺を《告発》することができる。


 ……と、それで終わりと思ってしまいそうなところだが、実際にはまだ考えなかればいけないことはある。

 それは、俺が《リーパー》ではなくただの一般人シロで、別の《リーパー》が手紙を送っている、というパターンだ。

 その場合、一般人シロを《告発》した明日太が敗北することになる。

 だから、明日太は俺が《リーパー》であることを確認しなければならない。

 慎重にいくのなら、すぐに屋上に向かわずに、屋上の様子を監視しておく、というのも有りだっただろう。


 それに『手紙』が一枚であるとは限らない。疑いがある多数に同時に手紙を送りつけて、引っかかる間抜けを待つ、という手の可能性だってある。その場合は、同じ時間・同じ場所に指定はしないだろうから、もう少し様子見が必要だけどな。

 なので明日太が手紙に乗って屋上へ行くこと自体が既に悪手……ではあるものの、屋上にいくだけではまだ『引っかかった』ことにはならない。

 なぜなら、あの手紙だけで、送り主が《リーパー》であることが確定しないからだ。

 

 このタイミングで、あの手紙の内容。

 ほぼ間違いなく、《リーパー》が揺さぶりをかけにきたと思うだろう。

 しかし、確定でなければ、《告発》にリスクが伴う。

 明日太としては、まだこちらも『明日太が《リーパー》である』ということが確定させられないと踏んでいるはず。

 そして、『桜庭春哉が《リーパー》である』ということを確定させる、最後のピースを引き出しにきた、というところだろう。

 明日太は《ゲーム》についての単語は口にしていない。

 まだボロを出していない。

 だから、あの手紙の意図はわかっておらず、シロではあるが手紙に従った……という筋書きを通すことができる。


 お互いに未確定。

 お互いに、まだシラを切ることができる段階。


 確定させるなら、《プレート》の在り処を暴くなり、相手から《リーパー》しか知り得ない情報を引き出すなり、そういう手順が必要になる。



 ――この状況に持ち込んだから、こういう策が使える。




「俺は《リーパー》だよ、明日太――俺は、未来から来たんだ」




 そう言って、俺は透明な板切れ――《プレート》を取り出した。





「――これが何かわかるよな? 俺は今、お前の動揺で確信した。お前を《告発》するよ。……早撃ち勝負といくか? それなら先に《告発》した方の勝ちだな。西部劇みたいで面白くないか?」



「……なっ……!? お前、なに考えて……ッ!」

 明日太は焦ってバッグから《プレート》を取り出した。


 そこから取り出されたのは、透明な板切れ。


 はい、確定。

 ――明日太は《リーパー》だ。

 俺が《告発》すると言い出した以上、先に《告発》するしかない状況になったわけだ。

 しかし、それだけならば、明日太が勝ったはずだった。

 だって俺は、『告発する』と言ったというのに、《プレート》を操作していないのだから。


 早撃ち勝負は、明日太の勝利の、はずだった。


「……は!? なんだよ、これ……こんな時に、壊れてんのか、くそ……!?」


「違うよ明日太、故障なんてしてない」


 言いながら、俺はポケットから大量に同じものを取り出す。

 取り出す、取り出す、取り出す、取り出す、取り出す、取り出す、取り出す、取り出す、取り出す、取り出す……。

 溢れ出る《プレート》。《プレート》。《プレート》。《プレート》。《プレート》。《プレート》。《プレート》。《プレート》。《プレート》。


 大量の――透明な板切れ。


「なんで、《プレート》をそんなに……!?」


「俺はこのゲームの必勝法を知ってるからな、もう他の《リーパー》を狩り尽くして、残りはお前を倒すだけなんだ……悪いな」


「そんな、ことが……!」






「……まあ、嘘なんだけども……」


「……はぁぁぁぁぁ!?」

 うーん、いいリアクション……。





「……いやあ。これ、ただの透明な板切れなんだよな……。ア○ゾンで売ってたアクリル板」


「……は!?」


 明日太が驚愕しながら自身の持つ偽物の《プレート》を見つめる。


 今更気づいても遅い。

 それはただの板切れ。

 《告発》機能なんてない。

 どうして明日太が偽物に気づけなかったのか? 

 簡単だ。

 調べる時間を与えなかったから。

 《プレート》を見つかれば終わりである以上、普段から持ち歩くことはあり得ない。

 だからと言って、家に置いておく、というのもないだろう。

 突発的に《リーパー》がわかった時に、すぐに《告発》できない、ということになる――その差で負けるかもしれないのだ、《プレート》はなるべく手元に置きたいはず。

 身につけているとリスクがある。

 かと言って遠ざけすぎてもリスクは大きい。


 で、まあ無難なのがバッグの中。

 バッグの中を漁られたら――という心配も出てくるが、疑わしいやつを虱潰しにバッグを漁る、というのは現実的じゃない。

 そんなことをしているやつがいたら、そいつが《リーパー》だと言っているようなものだ。迂闊にそれをやるのはリスクが大きすぎる。


 ――だが、相手が《リーパー》と確定してるのなら話は別だ。


 俺は一連の流れの以前に、明日太が《リーパー》である確信を得ていた。

 だから、明日太が《プレート》を持っているということもわかっていた。

 一人に絞れば、その一人がどこに《プレート》を隠しているかというのも、捜索する範囲はかなり絞られる。

 多少隠そうという意思は感じられたが、それでも明日太の《プレート》はあいつのバッグの中からあっさりと見つかった。

 だから、それを偽物とすり替えておく。

 後は、自分から《リーパー》であることを宣言し、焦って取り出すことを促す。

 これで明日太は《リーパー》確定。

 明日太が持っていた《プレート》は、どう見ても本物だったが、《プレート》を他の人間が操作することはできない。

 これすらも精巧な偽物、というほぼないだろう可能性はあったが――『明日太が焦って告発しようとする』という行動のおかげで、本物の証明ができた。

 そう誘導するために、わざと早撃ち勝負を仕掛けたのだ。

 これで、明日太が《リーパー》である確信を得た。


 本物の明日太の《プレート》はこちらの手の内に、明日太が持っているのは偽物。

 完全勝利だ。


 あとは、明日太を告発するだけ――――だが。


 ここからが、本当の勝負だな……。




「なあ、明日太。お前が過去に戻ってやり直したいことってなんだったんだ?」


「……そ、れは……」






「海沼か?」


「………………は? 海沼? なんでそこで海沼が出てくるんだ?」







「え……………………?」


「……え? え? なんでだよ。なに言ってんだ、春哉」





 あれ? 

 だって最近ずっと見てたじゃん……。

 ……ドーユーコトー?

 ……考えないと、一旦想定してた可能性を捨てる。

 明日太が海沼を好きだとか、明日太が海沼を自殺に追い込んだとか、最悪の想定を捨てていく。明日太は海沼を見ていた――……はずだった。

 だが、今のリアクションは嘘をついているようには見えない。

 海沼を見ていたわけではない。



 ――だとすれば、ありえるのは……。




「……千寿マリ?」


「……なぁッ!???? 春哉っ、おまっ、なんでそれを!?!?」


 信じられないくらい焦ってた。




 今日イチで動揺してるんだけど?

 これじゃん。


「……千寿のこと好きなん?」

 直球。

 めっちゃ雑な、小学生みたいな推測。


「そ、それは……お前っ……お前ぇぇ…………っ! そんなこと……」


 絶対好きじゃん。

 マジかよ。


「え? それが動機? だからやり直してるの?」

「そうだよ、わりいかよ……」

「いや、悪くないけど……」

 俺は素直に出てきた疑問を口にする。





「……お前、なんで一周目にコクらなかったの? っていうか普通に、未来のお前でもオッケーもらえるんじゃね? 日本屈指のモテる男だろ、未来のお前」



「……は、恥ずかしかった……勇気が、でなかったんだ……」


「えー」


 勇気がでない……? 

 はあ……なんで……? 

 プロ野球選手じゃん、テレビしょっちゅーでてるじゃん、バラエティとかでも人気者じゃん。

 そんなことある?





「好きすぎて、コクれなかった……。千寿と話そうと思うと、九回裏ツーアウト満塁の打席よりも緊張して……」


 可愛いかよ。「可愛いかよ……」やべ、思わず声に出た。


「こっちは真剣に悩んでんだぞ!?」


「悪い。じゃあ、やっぱり千寿のことが、やり直しの動機ってことでいいんだよな?」

「……そうだよ」

「それは、金よりも大切か?」

「当たり前だろ」



「――よし、なら決まりだ。明日太、俺と組んでこのゲームを勝ち抜かないか?」



「……組む!? そんなこと、可能なのか……!?」


「それが可能なんだよ……あ、っていうか一個言わせて? ね、言っていい?」


「…………なんだよ?」


「――このゲーム、必勝法がある」


 今度は、嘘じゃないっす。





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