第8話 ファースト・フーダニット
――俺は海沼と図書室で二人きりになっていた。
二周目における雪草との邂逅が四月十九日。
明日太の謎の視線に気づいたのが、翌日の四月二十日。
その翌週、四月二十六日のことだ。
放課後、男女二人、静寂が包む図書室、なにも起きはないはずがなく……。
――ということもなく、なにも起こらなかった。
普通に、図書委員の仕事だった。
「……暇ねー」
「うん。楽でいいけど」
頬杖をついて、気だるげにファッション誌をめくる海沼が何気なく言った言葉に同意する。
俺以外の人間がいない時は、海沼は裏モードでいくようだ。表モードしか知らない者達が見たら驚くであろう態度。
「ねえねえ桜庭くん、こっちとこっちなら、どっちが良いと思う?」
ファッション誌の服を指差してそんなことを聞いてくる。
「うーん……こっち?」
「へぇ~……、ふぅーん……そうなんだあ、こっちなんだあ……」
俺の答えを聞くと、なぜか楽しそうに口元に笑みを刻む。え、なんで聞いたの?
もしかして選んだ方を着てくれるとか?
いつ? 誰と会う時? 彼氏? 彼氏いるのか……????
結局そんなことも知らないんだよな。
それなりに一緒に過ごしても、海沼のことを全然知らない。
…………
「あ、着てるとこ見たいって思った?」
「……っ」
そりゃ思うけども。
心を見透かす異能力でも持ってるのかよ。読心スキルか? ただでさえ《魅了》のスキルとか持ってそうなくせにさ。
「……? なによ、どうしたの?」
「いや、なんでも……」
読心の異能、持ってないのかもしれない。
さすがに俺が今考えてたことはわからなかったようだ。
「? ねー、どうなのー? 見たい? 見たい?」
「見たいけど……」
「見たいんだあ~……へぇ~?」
すげー、なに、この……。
なんつーか……別に? 俺、二十六歳なんで、中身的には。
二十六歳になった海沼にこういうのされたらぐっときたかもしれないけど? 別に? 高校生のガキにからかわれても? 十六歳とか? ガキじゃん? オムツじゃん? 平気っていうか? 別に?
……。
…………。
っっっくぅ~~~~っ……可愛い……!
まあ海沼は何歳でも海沼で、海沼である以上、海沼は、海沼は可愛いからな……。
「いい暇つぶし。ありがと」
所詮俺なんかとの会話は暇つぶしだよな。
でも暇つぶしに使っていただけて光栄……。
海沼はファッション誌を置くと、カウンターの端にあった冊子を手に取る。
「あっ」
「なに?」
「ナンデモナイヨ」
「……???」と、怪訝そうな顔をするも、そのまま冊子をめくる海沼。
海沼が手にしている冊子――それは文芸部の部誌だった。部誌といっても、かなり少ないページ数の短編小説が載ってる、学校のコピー機で印刷してホチキス留めしただけの簡単なやつ。なんで知ってるのかって? あれ作ったの、俺。
載せてる小説書いてるのも俺と雪草だけ。なぜなら部員が少ないから……。
文化祭とかの時はもうちょい気合入れるけど、これはやりたいやつでやってるもうちょい緩い部誌。まあ部員二人で二人ともやりたがったので、やる気に満ち溢れてるな。
俺が入部してとりあえずなんかするかってことになって、既に書いてた作品をささっと印刷しただけのやつ。
「これ、誰が書いてるのかな……」
ページをめくりながら目を輝かせつつ呟く海沼。
嬉しい……、海沼が俺の小説を読んで、喜んでくれてる。くれてん……だよな、たぶん。嬉しい~……。
「さ、さあ……?」
すっとぼけていく俺。
一周目でも似たようなことはあったし、後々俺が小説を書いてることも海沼にはバレるんだけども……。
えーっと、ややこしくなってきたな。
・海沼の本性を知る
・文芸部に入る
いずれもあったイベントだ。
・海沼に小説を書いてることがバレる
これもこの先にある。
でもどのタイミングで起こしていいんだ? どういう順番でイベントを起こしていけばいい?
間違えると一周目と歴史が変わってしまう。既にイベントが起きるタイミングは変わりまくってはいるんだが、順番とか、イベントの内容自体まで変わってくると、もう取り返しがつかないのでは……という恐怖がある。
一周目のよりも良い関係を目指しているのに、一周目よりも悪くなるかも……。
そうか、やり直しにはこういうこともあるか。自然と一周目よりよくなることしか考えてなかったが、悪くなる可能性だってあるんだ……。
あれこれ考えつつ、海沼にはすっとぼけをかましつつ、俺は内心ひやひやしながら過ごすことになった。
◇
図書委員の仕事を終えて、海沼と別れる。
だが、俺はまだ下校していなかった。
「なにしてんのよ?」
ふわふわ謎未来技術で浮いてるフォールがそう聞いてくる。
周りのやつにも姿が見えていないらしい。浮いてるとこなんて見られたら騒ぎになるし、そうじゃなくたって赤毛長髪ラプンツェルツインテール女なんかいたら、やべーコスプレイヤーか? ってなるからな。
さすがにゲームマスターの不手際で俺が怪しまれるようなことにはならないらしい。
「ちょっと明日太のことで気になってな」
俺はバッグから双眼鏡を取り出して、グラウンドの野球部を観察する。その中には当然、明日太の姿もある。どうやら今は試合形式の練習をしているようだ。
バッターは明日太。
明日太がバッターボックスに入るまで、入った後の仕草一つ一つを観察していく。
「…………野球してるところを見るのが、ゲームと関係あるの?」
「知りたいか?」
「イッラ~……ムッカ~……イラつくムカつくー、イラムカー……。なによ思わせぶりね」
「イラっとする、イライラするって言うけど、ラテン語で『怒り』は『イーラ』らしいぞ」
ヤミーの
「知らないわよ」
「で、知りたいか?」
「いいわよ……自分で考える」
「そか、じゃ頑張れ」
俺はぞんざいに言って、観察を続ける。っていうかこいつ負けず嫌いなとこあるんだな。
こいつのことはよくわからんが、意外と子供っぽいやつなのかもしれん。
◇
帰宅後――。
俺はあるものをバッグへ入れておく。
今後必要になるものだ。
「アンタ……、最近なんか通販で頼んでたけど、あれなに?」
「知りたいか?」
「マジでイッラ~……」
俺がこそこそやってるゲーム用の準備を、いちいちフォールに説明したりしない。
別にこいつから情報が漏れる心配がない以上、隠す意味もないが、推理したがるのが面白くいのでからかうついでに無駄に伏せてしまう。
フォールの言う通り、俺の部屋にはネット通販で頼んだものが来た時の箱が残っていた。
ネット通販って十年前――2010年からあるのな。
いや調べたらもっと前からあったけど。
最近『これって十年前はあったっけ?』って検索しまくってる。
検索履歴見られたらリーパーってバレるな。
……逆に疑わしいやつの検索履歴とか見ればいいのか?
「よし……」
俺は《プレート》を眺めつつ、戦いのための仕込みの出来を確かめる。
『戦い』っておおげさなと思うかもしれんが、これで負けたら『やり直し』は終わり。金よりも、命よりも大切な願いを賭けているのだ。
正真正銘の、負けられない、戦いだろう。
「……なあ、フォール」
「なによ?」
「そういえば俺って飛び降り自殺の途中でお前に出会って、そっから過去に飛んでるわけじゃん? これでゲームに負けて未来に戻るとどうなるんだ? 死ぬのか?」
「……別に、アンタが自殺する手前に戻してもいいわよ。それくらいは誤差だし。アタシもアンタのグロ死体なんか見たくないわ」
「でも、負けたらやり直しの記憶はないんだろ?」
「そうね」
「じゃあ、なんも変わんないんじゃないのか? また自殺して、そこで終わり」
「……まあそうね」
「負けた場合でも、それまでのやり直しでやった過去改変は反映されるのか?」
「……いいえ、されないわ。
敗北した場合、こっちのアンタも、未来のアンタもゲームに関する記憶も、やり直しに関する記憶もなくなる以上、影響はほぼなくなる。既にアンタが行動して変化が出た分を取り消す、ってところまではやらないけど……それでも、それくらいじゃ未来は変わらないのよ。だから、もしも今アンタが敗退した場合、未来は変わらないって考えてもらっていいし、この先多少大きな改変をしたところで、十年って時間は帳尻を合わせるように、アンタを元の未来へ押し戻すわ」
「なるほどね……。修正力というか、そういうもんがあんのか……、まあ負けても過去改変できるなら、ゲームの意味が薄れるしな……」
「ええ、そういうことよ」
やはりそう都合の良い話はないか。負けたら全てが終わりだ。
そうなると、やっぱりあの策でいくか……。
「なによ、いきなり黙って」
「いや、なんでも……あと他にもいくつか質問いいか?」
「ええ、どうぞ?」
Q《プレート》を非リーパーの一般人=シロに見られた場合、敗退扱いになるか?
Aならない。
Qシロに対して未来の情報を与えることはルール違反として敗退扱いになるか?
Aならない。
ただし過度に情報をばら撒いて、その時代に影響を与える(ネットに書き込むなど)と判断した場合、適宜対応が入る。
「ふぅーん?」
「な、なによ……」
フォールが不満そうに睨んでくる。
こいつの言葉は概ね信用できる。俺に危害を加えたいなら最初からそうすればいいし、上げて落としたい……っていうならまず上げてくれよ、って話だ(ゲームが辛くてやり直しライフ最高~とならねえ!)。
まあいいか、とりあえず今欲しい情報は得られた。
このゲームでは絶対に負けられない。
必ず、海沼の未来を変えると誓っているからだ。
――勝つ、圧倒的に、完膚なきまでに。
◇
――翌日、四月二十七日、放課後。
俺はある人物を呼び出すことにした。
「……アンタ、もうそいつがリーパーだってわかったってこと……???」
「そうだけど?」
「ハァ? なんで……? どこでよ……!?」
「今までの俺の行動見てりゃわかるだろ。教えるか?」
「待ちなさい、まだ言わないでよ……どうやって当てたのか推理するわ」
「そんなことしなくても、誰が《リーパー》かとかは知ってるんだろ? ゲームマスターなんだし」
「そうね。でもアタシが当てたいのはハウダニット――『どうやったか?』。どうやってアンタが《リーパー》を当てたのか。その推理方法。殺害方法ならぬ、推理方法のハウダニットね」
「なーるほど……んじゃ、当ててみ?」
こいつホント負けず嫌いだな。
なんでゲームマスターのお前とそんな遊びしなくちゃいけないんだよ。
「容疑者は……アンタが最近接触した人物――桜庭モモ、海沼ひまわり、月見明日太、雪草エリカってとこかしら?」
「だな。まあ、会う人間全員怪しいが、その中にいるよ」
「――桜庭モモ。アンタの妹ね。賢いタイプではないけど、一周目にない行動をしている。彼女以外にも一周目と違う行動を取る人間は大勢いるけども、詳しい原因は不明」
フォールの確認に頷く俺。
賢いタイプではない、じゃねーよ失礼だな。まあ俺がそう説明したんですけど。
彼女とはゲームの経過を話したりしてる内に、現状の俺の推理を話していたりする。
それらを確認するように、情報を並べていく。
「――海沼ひまわり。アンタがゲームをやる理由。未来では女優で、自殺している。一周目と違う動きをしているけど……現状推測できる限り、それはアンタ――……ハルヤが一周目と違う行動をしている影響によるもだと思われる」
「――月見明日太。アンタの親友。未来ではプロ野球選手。現状の一周目との差異は大きなものはないけど、恐らく海沼ひまわりのことを気にかけているという僅かな差異アリ」
「――雪草エリカ。一周目との差異はあるけど、恐らくはこれもハルヤの行動によって変化したと思われる……」
こんなとこかしら? とこれまでの情報をまとめるフォール。
「んで? わかった?」
「……待って! まだ考えてる!」
「はいはい、頑張ってな」
俺はフォールを放置してそのまま約束の場所へ向かう。
場所は屋上。
ガチャリ――と、扉が開いて、その相手がついにやって来た。
――さあ、勝負はここからだ。
やってきた相手とは――。
《リーパー》である人物とは――。
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