第7話 濃厚カルボナーラ先生


 ――「……桜庭くんは……その……小説家……なの?」

 

 落ち着け、落ち着け落ち着け……よく考えろ。どういうことだ?


 この時代、この時点で、俺は小説家ではないはずなのだ。

  だったらどうして、こんなことを言ってきた?

 落ち着け、考えろ。《リーパー》以外にもまだ可能性はあるはずだ。


 例えば――……。


「えっと……誰かと勘違いしてる?」

「……し、してない……よ?」


 してないかー。


 小刻みに震えるみたいに首を横に振る雪草。


「どうしてそんなことを……?」

「……私、好きな小説家がいるんだけどね……、その人が最近読んだって言ってた本とね、桜庭くんが読んでた本が一致するの」

 なるほど。やはり勘違い説だな。たまたま俺と似た好みを持つ小説家がいて、その人を俺だと勘違いした、ってわけだ。

 ……まあ、覆面作家とかなら、素性を探る手がかりなんてほとんどないからな。その分、正体に誰を当てはめてもそれっぽく思える、ということもあるかもしれない。

 ……ン? ちょっと待て、おかしいな。

 ――『その人が最近読んだって言ってた本とね、桜庭くんが読んでた本が一致するの』。

 おかしいだろ。

 だって……、


「――どうして雪草は、俺が読んでた本を知ってる?」


「……え、えっと、とととと……とぉー……そそそそ、それはね……わわわ……あわわ……」


 はちゃめちゃに露骨に焦りだした。

 こいつ、怪しすぎる……。


 俺のことを、調べていた? 

 だとしたら何故? 既に疑われている? 

 やはりこいつは……、待て。まだ確証はない。こいつが特に《リーパー》とは一切関係なく、ただ俺のことを調べていただけ、という可能性もある。

 そっちのがありそうだな。

 《リーパー》だとしたら杜撰すぎるし。……と、思わせてか? いやいや、そんなガバガバな策あるか? 

 うーん、わからん……。

 とにかく確証なく《告発》はできない。

 失敗すれば、負けるのはこちらなのだから。

 手間をかけててでも、慎重に解きほぐしていくか。


「……もしかして、雪草の方でも文芸部の部員を探していて、俺に目をつけていた、とかか?」


「……え、っとと……えっと? うん、そう! そうだよ!」


 嘘なのか。まあいいか。とりあえずこうやって逃げ道を与える。


 ここで雪草が誤魔化し続けるのなら、あえて一度泳がせるのも有りだ。《リーパー》だとすれば、いずれ確実にボロを出す。

 あまり駆け引きが強いタイプには見えない――もちろん、『もう一つの可能性』についても考慮しないといけないが、今は置こう。

 

 ひとまずの方針。

 雪草は《リーパー》――もしくはそうでないが、なんらかの理由で俺を調べていた。そうだとして、ではそれはなぜか?


「そっか……、まあ文芸部に入ってくれそうなほど本を読んでるやつなんて限られるし、そうなると雪草が俺を勧誘目的で調べて、その俺がこうして入部希望してくる、ってのも可能性としてはそれなりにありそうなもんだよな。……で、調べてた理由はそれとして……俺が小説家ってのは……?」

「それはね……、これなんだけど……」

 雪草が携帯電話(ガラケーだ、時代を感じるな)の画面を見せてくる。


「……こ、これ……私の……す、好きな……大好きな小説なんだけど……、これ書いてるのって桜庭くん……ですか……?」


 俺だった。

 思いっきり桜庭くんですよこれ。俺、俺、俺俺俺俺~!

 雪草が差し出してきた画面に映っていたのは、俺がネットに載せている小説だ。

 まずい。どうしよう。バレてる。

 どうして? ああ、そうか……、まずこの作品を読んでて、他にも俺のネットでの発言とかを見て、それを推理材料にして、俺を監視してれば簡単にバレるかそりゃそうだ……。まずい、だって、そんな……。

 当時の俺としても、まだ小説を書くってことに恥ずかしさがあって、そういうことを大っぴらにはできなかった。

 そして今の俺からすると、十六歳の時期に書いたものなんてあまりにも出来が悪すぎて恥ずかしいにも程がある。黒歴史すぎる。

 《リーパー》とか関係なく、この秘密は知られたくはなかったなーっ!!!!!

 ……だが。

 それはそれとして……、嬉しいな。

 だって自分の書いたものを『大好き』とまで言ってくれたのだ。嬉しいに決まってる。作家にとって最高の褒め言葉で、殺し文句だ。

 うーん、複雑ぅ。

 さてどうするか……。

 いくら恥ずかしいとはいえ、この段階で誤魔化してもしょうがない。

 雪草じゃないんだからね。

 俺は潔く認めるとするか。



「それ俺だな……その、読んでくれてありがとう」




「やっぱり! あなたが濃厚かるぼなーら先生だったんですね!?!?!?!」

 雪草のテンションが突然ブチ上がった。





「……うがッッ……、リアルで急にペンネームで呼ばないでくれ!!!!!」


「ひぅぅぅぅぅ…………ご、ごめんなさいぃっぃぃ………………っっっっ!!!!」


 思わず大声を出してしまう俺。高速で盾に隠れて部屋の隅へと逃げる雪草。

 なんというか、謎の状況。


「……ご、ごめん雪草……、怒ってないから出てきてくれ……」

「……ほ、ほんとですかぁ……?」

「ほんとのほんとだ……ほら、見ろこの怒ってなさを……」


 再び仰向けになる俺。なにしてんだろね。


「……濃厚……」

 ぼそっと俺のペンネームを口にしかける雪草。

 こ、こいつ……。

 そうだ、こいつはこういうやつだった。内気で臆病だが、警戒が解けてくるとわりと失礼なやつなのだ。


「濃厚言うなっちゅーに……」

「……可愛い名前ですよ? おいしそうだし……」


「決める直前に食べてたってだけだからね、テキトーなんだよな。……あー、っていうか、話戻すけど、雪草さんはそれで俺のことを小説家って言ってたの?」


「……はい!」

 良い笑顔の雪草さんだった。


 そっ、れっ、だけか――いっ! まぎらわしいなこいつぅ~~~~~~~~~~~~!


「そっか。じゃあ、改めて……俺が文芸部に入ってもいいんだよね?」

「も、もちろんです! 濃厚……、っ……。桜庭くんなら、もちろん! ぜひ!」

 言いかけてるからね。

 濃厚桜庭くんになってるから……なんか卑猥では?

 なにはともあれ、俺は無事に……いやあまり無事ではないが、文芸部に入ることができた。

 これは今後必要になってくる要素のはずだ。

 にしても、こんなこと一周目に……なかったよな? 

 また歴史が変わってる? なぜ……?



 ◇



(……やっぱり妙だな)


 海沼ひまわり。雪草エリカ。……あとついでに、俺の妹、桜庭モモ。

 一周目と違う行動をした人物達だ。


 だが、海沼に関しては、俺が一周目と違う行動をしたことがキーになっているはず。

 それは雪草も同じかもしれない。

 モモもその可能性はあるが、あいつの場合は差異がしょぼすぎてわかりづらい。

 逆に、今のところまったく差異がない人物もいる。それが俺の親友、月見明日太だ。差異がないのだから、それは《リーパー》である可能性が低いということだとも言える。

――と、以前までは思っていたのだが……。

 しかし――その明日太が、ここ最近、奇妙な差異を見せ始めた。


「ぬまひま、次の脚本なんだけどさー」

「あ、それなんだけどねー」


 海沼とその親友、千寿マリがなにやら部活のことで話している。

 まただ――……。明日太はどういうわけか、そこへ視線をやっているように見える。明日太も他の友人と話しつつではあるが、しかし明らかにあの視線にはなにか意味がありそうだ。

 ――海沼を見ている?

 だとしたら、何故?

 明日太が《リーパー》である可能性が低いと俺が考える理由。それは、あいつが未来で成功者であること。後悔がない以上、ゲームに参加する動機がないはず。

 ――もし、その動機があれば?

 ……それが、海沼だとすれば?

 例えば――明日太が海沼を好き、だとか。

 他にも、可能性だけで言えば、あくまで可能性だけならば――こういうのもある。

 例えば――明日太が海沼の死に関係している、とか。

 どちらもただの思いつき。

 推測に推測を重ねただけの、突飛な妄想だ。

 それでも、俺はどんな可能性も考えないといけない。


 ……なあ明日太……、なんだよ、その視線の意味は――?




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