第2章 犯人はこの中に
第6話 守備力2600
『海沼の本性を、一周目よりもめっちゃ早く知っちゃって歴史変わりまくりじゃ
ね?』事件から数日後。
――四月十九日。
その後の海沼ひまわりの、教室での様子。
「みんなー、帰る前に先生が言ってたプリント、ちゃんと出しといてねー」
教室全体に明るい声で呼びかける海沼。
それから、不安そうに横で見ていた委員長に対して、優しく微笑みかける。
委員長(黒髪、三編み、眼鏡、真面目、いい子、内気)が、本来先生に頼まれていた仕事なのだろう。
しかし、委員長は内気であった。それ故に、クラスのみんなへ話しかけるということができないのを、見かねた海沼が代わりを買って出たところっぽい。
「……ごめんなさい、海沼さん……私がしないといけないのに……」
「ううん。いいよいいよ。少しずつできるようになれば」
「……ど、どうすれば、海沼さんみたいに堂々としてられるかな……」
「え~、私そんなかな……?」
やたら明るい声で、でもあざとすぎず自然な感じで。外面猫かぶりモードは今日も上手く機能しているようだ。本性を見た後だとすげー変わり身……ってなるけど、まあ未来の人気女優だしな。
「……私は、海沼さんみたいにはできないし……どうすればいいのかな……」
「そうだなあ~……? 仮面をつける、みたいなイメージかな」
「仮面?」
「うん。例えば桔梗ちゃんなら、『委員長』って役を演じるの。恥ずかしい~とか、不安だな~って気持ちは、全部『役』って仮面で隠しちゃえばいいんだよ。演技とかと同じ」
「そんなの……私にできるかなあ」
「できるできる。みんな多かれ少なかれ、意識的にせよ、無意識にせよやってることだから。『なりたい自分』って役を演じ続けてれば、いつかそれが本当になっちゃうんだよ」
「海沼さんも?」
「さあ~~~それはどうかな~~?」
思わせぶりに笑いつつ、人差し指を口元に当てる海沼。
惚れてまうやろ……。
委員長と海沼……内気で真面目な委員長と、派手で明るいクラスのアイドル…………ありじゃない?
――とか考えてる途中、ゾクリ……と寒気がした。
見てる――、
海沼が、こっちを、見てる。
彼女は髪を耳にかけると、露出した耳を触る。
これはサインだ。意味は『ちょっと来い』。こうして海沼は時々、俺達にだけ通じるサインを出してくる。見逃してはならない。野球の監督かよ。
海沼監督の指示通り、俺は教室を出て、人気のないほうへ進む。
「はい、よろしい。ちゃんと見逃さなくてえらいわね」
にっこり。完璧スマイル。可愛い。でも怖い。だけどそこがイイ。
海沼(裏)。さっきまで明るく笑顔で、委員長にアドバイスとかして、本当に良いやつだな~とか思ってたけども……本当に同じ人間? ってくらい豹変する。
いや、別にさっきまでの海沼が全部ウソってわけでもないだろうけども。
ああやって誰にでも優しいのも海沼の一面というだけの話だろう。
「桜庭くん、大丈夫よね?」
短く問われる。多少の国語力が求められるシーンだな。
「……もちろん、大丈夫だよ」
『大丈夫よね?』は意訳すると、『おめー私の秘密漏らしてねえだろうなァ~? 大丈夫なんだろうなア~!?』だろう。
「そ。じゃ、いきましょうか」
にっこりスマイル笑顔。
見とれてしまいそうな笑みを作った後、さっさと歩きだしてしまう。
これから俺たちは、図書委員の方に顔を出さないといけないのだ。
海沼は、あの後にあった委員会決めで、俺と同じ図書委員になった。
これも一周目と違う出来事だ。
……俺を監視するため、だろうな。
恐らく、俺が違う行動を取ったことで、海沼の行動も微妙に変わっている。
まあ確かにイベント自体はほとんど同じで、起きた学年が違うだけといっても、一年と三年だ。三年になってから、というのもあるし、起きた『月』も四月じゃなかったはず。
一周目で図書委員ルート(?)にならないのも当然だろう。
海沼と同じ委員会。
正直、嬉しい。
海沼と一秒でも近くにいられる時間が増えるなんて最高だし、接触できる時間が増えるのなら、それだけ海沼のことを知ることができる可能性は上がる。
それは海沼の死の真相を解き明かすのにも有利になるはずだ。
その後、委員会の用事を済ませたところで、
「……じゃ、私は演劇部の方いくから」
淡白に言う海沼。
みんなの前での完璧な笑顔ではなく、少し気だるげな調子だ。
「うん、部活頑張って」
どうにか早めにレスする俺。
一周目のよわよわな俺だったら『……あっ、う、うん、それじゃ……』とかで終わりだったと思う。
「桜庭くんってさ……部活とは入ってないの?」
「……あー、入ってない」
僅かな間の後、そう応える。
一周目で俺は部活に入ることになるが、それはかなり後のことだ。
そこで気づく。海沼との関係が前倒しになっている以上、それに連動して他のことも前倒しにしないといけないのでは? ということに。
「へー……。演劇とかは? 興味ない?」
「まさか。ムリムリムリ、そんな度胸ないよ……、なんで俺なんか誘うんだ?」
「――だって、そしたらもっと桜庭くんのこと監視できるでしょ~?」
にやにやと笑いながら言う。
なんというか……、海沼が俺を『監視』したいというのは、たまたま俺が海沼の本性を見てしまったからというだけだが、それでも海沼に監視したいとか言われるのは……すごく、グッとくるな? 何かに目覚めそう。
「大丈夫だって……、今だって俺、秘密を漏らしたりしてないだろ? 安心してくれ」
「……まー、いいけど。気が向いたらねー。別に監視とかなくたって、一緒に舞台を作る仲間が増えるのは嬉しいからね~。じゃ、またねー桜庭くん」
にっこり~と爽やかに笑う。パーフェクトスマイル。外ヅラ営業アイドルモードの方だ。
ずるい。細かく刻んで使い分けてくるなよ……。どっちもいいんだよマジ。
海沼は部活へ行ってしまった。一人取り残された俺。
さて、どうするか。
帰るか、また図書室へ行くか……それとも。
ここで俺に新たな選択肢が。
1帰る
2帰らない → さらに別の選択肢へ
俺は一周目の頃、三年になるまで部活に入っていなかった。
だが、三年になってから文芸部に入った。
三年生――海沼の本性を知った時期。
関係はあるのだ、俺が部活に入ることと、海沼は。
さて、そういうわけで、一周目を再現するなら俺はまた文芸部に入る必要がある。
今から入る、っていうのもありだな――というか、一周目再現をしていく上でそうしないとダメだろうな。
…………というわけで、俺は文芸部の部室へ向かうことにした。
◇
「失礼しま――……」
す。
……と、言う前に――……、
「ふぎゃああああああ――――!? なっ、なんで……! なに……!? なんですか!?」
部室の中にいたのは、女子生徒が一人。
その子はどういうわけか、コスプレグッズらしき盾と剣を構えて臨戦態勢。
なんだこれ、RPG? エンカウント? 敵か?
「……!? …………?? …………!! なんだ!? ……あっ!?? あ~……、ああ~……」
あー、そうだ……。
この謎の状況も、俺は知っている。
これも一周目であったイベントだ。ただし、俺もこれが今このタイミングで起こるという可能性は失念していたので、驚いてしまった。
彼女こそ伝説の武器を携え世界を救う勇者――……ではなく、文芸部の部員だ。
「えーっと……初めまして、俺は……」
「――ひぃっ……」
俺が喋りだそうとしたところ、女子生徒は悲鳴みたいな声を漏らしつつ、盾を構えたまま部屋の隅っこへ逃げた。
「あー……大丈夫、襲ったりしないよ、安心、安全」
両手を挙げて、敵意がないアピール。
「……………………(じーっ)」
めっちゃ盾からぴょこっと顔を出して見てくる。ビッグ・シールド・ガードナー(守備力2600)かよ。
「安全だよ~」
俺はバッグを置いて、ロッカーから箒を取り出すと、床を掃いていく。
「…………?」
女子生徒は、いきなり掃除を始めた俺を怪訝そうに見つめてくる。怪訝そうに見つめたいのはこっちなんだが?
武装した不審者と丸腰の俺、どちらが善良か一目瞭然すぎる。
掃いた床へ仰向けへ寝転ぶ。
「どう? この見るからに安全な男。敵意がなさすぎると思わないか?」
「…………」
「…………」
どうだ……? なんか言えよ……。
「…………へ、変な人……」
そりゃそうだよね。
でも、きみが言います? 守備力2600なのに?
「変な人じゃないよ。一年A組の桜庭春哉だよ……君は?」
仰向けのまま話しかける。変なやつすぎる。
「え……あ……一年B組……、雪草(せっそう)エリカ…………です……」
「雪草さんね……よろしくね。……あの、俺、入部希望なんだけど」
「ほんとですかっ!?」
ぴょこんっ、と盾から顔を出してくる雪草さん。
肩くらいで切りそろえられた黒髪。前髪は長めで、右側の目が隠れてる。
邪眼が封じられてる……とかではなく、単純に人の視線が苦手だから隠してる……とかだったはず。
身長は低めだが、しかし、その、なんだ、あれだ、胸がめちゃくちゃデカい。
背も高くてスタイルがいい海沼とはまた違う。トランジスタグラマー、要するにロリ巨乳。
内気でおとなしいが、一部が暴力的に主張する、このギャップ。
素晴らしいと思う。……世間一般的にね? 客観的にそうでしょ、みたいなことね? 俺の主張とか性癖とかはさておきね???
「い、いいんですか……!? 本当に……!?」
「ああ……本当さ……!」
依然、仰向けのままの俺。
死ぬのかな、絵面的に。人生最後の言葉を告げる人っぽい。
「…………あ、」
「……うん?」
雪草さんは俺の顔を見て、何かに気づいたような顔をする。
「……し、質問、いいですか?」
雪草さんは隠れた右目を覆う前髪を梳くように指を通しつつ言う。
「なにかな?」
なに聞かれんだ? 『頭おかしいんですか?』とかかな。おかしくないよ!
「……桜庭くんは……その……小説家……なの?」
雪草エリカは照れくさそうに伸びた前髪を手櫛で梳かして自分の目元を隠しつつ、そんなことを口にした。
――はい???
いきなり何を……?
そりゃ俺は小説家……だったが……。それは未来の話で、この時代じゃただの小説を書いてる高校生のガキだ。『小説家』とは言わないだろう。
……なら、どうして彼女はそんなことを……?
彼女は俺の未来を知って……?
――――つまり、彼女は《リーパー》か?
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