第4話 バタフライエフェクトによるゲームオーバー(?)


 『高校時代にタイムリープしたと思ったら、謎のゲームに巻き込まれたけど、やっぱり学園のアイドル海沼ひまわりはめちゃくちゃ可愛かった件』。


 ……長文タイトル風、ここまでのあらすじ。



 四月十二日。

 ニ度目の高校入学式から一週間が経過したが、俺の生活は一見すると特に何事も起きていなかった。

 なにせこのやり直し生活は面倒な制約が多すぎる。こういうのはぽんぽん一度目とは劇的に違うことが起こり続けるものであるはずが、一度目と何も変わらない。

 そして、俺の一度目の高校生活は、あまり面白みがない。超つまらん。

 ――と、思うところだが……。あくまで、『一見すると』だ。

 何事もないが、それでも俺は内心で大はしゃぎだった。童心に返るというか。若い肉体に戻ると、魂まで若返る……とかって話ではないと思う。未来での、二十六歳の俺の人生がクソなのもあるが、それよりも理由としてデカいのは、やはり海沼ひまわりだろう。

 生活の中に海沼がいるのだ。

 どんな些細なことでも、それが海沼に関することであれば劇的だ。

 海沼と目が合った――なんてことはなくても、ただ海沼の声を聞いて、海沼を視界の端に捉えるだけで、著しく幸福になれる。海沼ひまわりってヤバい薬でも体内から出してるの? 少なくともなんらかの今の技術では解明不可能な人を幸福にするオーラ的なの出てない?

 ……なんて、俺の発想がやばいか。

 ストーカーじみた怖い発想をしてしまってるが、それでも考えるだけなら自由だろう。俺がストーキングをしてるとかって事実はない。海沼を意識してることは誰にも気づかれていないだろう。そんなことも隠しきれないようじゃ、この先ゲームで生き残れない。

 ――放課後。

「ひまひまー、カラオケどうするー?」

「うーん、どうしよっかな~」

 海沼に話かけるギャルっぽい女子。海沼はちらちらと別の女子に視線をやりながら、答えを迷っているような仕草をする。


「こらーっ! ぬまひまぁ――っ! あんた今日も部活でしょうが! あんたが休むと練習になら――――んっ!」


 そこへ、海沼から視線を送られていた女子が声を張りつつ突っ込んでいく。逃さないと言わんばかりに海沼へ抱きつく彼女は――千寿マリ。海沼ひまわりの親友だ。

 女子にしてはかなりの高身長でモデル体型の海沼とは反対、とにかくちっちゃい。だが、小さな体の中に有り余るパワフルさを内包しており、よく海沼のことを怒っている。

 活発そうなショートカット。ぴょこんと一房結んだ髪が触覚のように激しく揺れる。

「えへへ、冗談だよぉ~」

「ほんとに!?」

「ホントホント。マリに構ってほしくてついね」

「ふーん……?」

 千寿が海沼を睨む。身長差があるので、どうにも千寿が凄んで見せても、海沼は子供を相手にするように優しげにニヤニヤしており、緊張感が出てない。

「それじゃ、部活いこっか。あ、カラオケごめんね。今度絶対いこーね!」

「いいよいいよ。アタシもひまとマリの漫才見たくて誘ってるとこあったから」

「漫才じゃないしっ!」

 ギャルっぽい女子の言葉にうがーっ! と怒る千寿。完全に可愛い生き物への接し方だ。

 海沼と同じ演劇部に所属している。

 二人とも体験入部期間中にさっさと正式な入部を決めて、もう本格的に部活に取り組んでいるらしい。

 千寿はあんなちっこいが(失礼)、将来は映画監督志望だ。海沼に振り回されてるマネージャーっぽいが、千寿は千寿ですごいやつなのだ。

 実際、未来でもちゃんと夢を叶えてたしな。ちっこいままだったけど。

 ……つーか、このクラスすごいな。

 海沼ひまわり、女優。千寿マリ、映画監督。月見明日太、プロ野球選手。たぶん全員、情○大陸とか呼ばれるレベルの一流の有名人。てってってーてーてー(バイオリン)。

 よくもまあ、そんなのが同じクラスに集まった。うちの高校、自由な校風がウリで、芸術系の部活とかが強いってのもあるのかな。野球も強いらしいし。

 ……俺は例外。俺は呼ばれない。三流小説家止まりだったから。

 だがまあ、せっかくやり直せるんだ。

 海沼の死の真相を突き止めるって大きな目的もあるが、やり直して一周目の俺よりマシになってやろうという目的も――……いいや、曖昧な言い回しで逃げるのはやめるか。

 俺は必ず、海沼ひまわりに相応しい作家になって、一周目で果たせなかった夢を叶える。

 ――海沼に相応しい物語を作る。

 それが俺の夢で、このやり直しで果たすべき目的だ。

 これに関して言えば、ゲームをする上でそこまで不利にならないはずだ。

 例えば、誰かと付き合いたいだとか、部活でいい成績を残したいだとか、そういう目的は他者と関わること――つまり、他者の目につきやすいだろう。

 だが、『海沼に相応しい物語を作る』――もう少しシンプルに言い換えれば『面白い物語を作る』というのは、極めて個人的なことだ。

 ひっそりと、誰にも目につかないように、作家としての技量を高めることは可能。

 なので、この目的だけを叶えるのなら、俺はこのゲームにおいて比較的有利なのかもしれない。

 ……だが、海沼がいないんじゃ、その目的を叶えても意味がない。

 だから同時に、海沼の死――その真相を知りたいわけだが、こっちはちょっと途方も無いな、現状見当もつかない。

 自殺のことはいつから考えてたんだ? 

 ――――そもそも、本当に自殺なのか? 

 今の海沼を見ていればわかるが、彼女は自殺なんてするような人間じゃなかった。そして未来においても、そんなことをする人間には見えないし、そんな境遇にもなかったはずだ。彼女の人生は、上手くいっていたはずなんだ。

 …………そうなると、誰かが自殺に見せかけて彼女を殺した、という可能性の方が、俺からすれば自然に見える。

 ならば、このやり直しを利用し、海沼を守り、犯人を捕まえる。

 うーん……、それ単体で難しそうだし、ゲームと並行して成し遂げるのはさらに難度が跳ね上がりそうだな。まあ、難しかろうが関係ない。

 できないなら……その時は最初に逆戻り。つまり、死ぬだけだ。

 そうだ。俺は一度、本気で死を選んだ。死んだ人間だ。それがどういう訳かこんな状況になっている。

 失敗したらそれまで、今更ビビることなんて何一つないな。

 ――やってやる……。

 一周目とは違う。何も成し遂げられなかった頃とは違う。俺は必ず、この二周目の人生で、やるべきことを全部成し遂げてやる。


 ◇


 四月十五日――またしても、ここ数日は特に何も起きていない。

 フォールも出てきてない。だが、何もしていないわけではなく、ゲームに必要な下準備をいくつかしていた。

 このゲームは俺だけの都合で動かせるものではない。相手がボロを出しやすい状況になってくれるまで待たないと、こちらが仕掛けようがないという特性がある。

 まだ追加説明があるとは言ってから、今のところはそうなってるというだけかもしれないが。

 なので、ゲームへ費やす以外の時間がかなり余る。

 が、当然その時間を無駄にしていいはずがない。むしろ基本はそっちが重要、このやり直しで、俺は人生を望んだものに変える。

 そのためにも、作家としての技量を高めることが大切なわけで――ではどうすればいいか。俺は一周目よりも、さらに効率良く創作に打ち込める方法を探していた。

 で、結局はまあ一周目と大して変わらない。なにせ一周目も別にサボりまくってたわけではないのだ。

 一周目でもプロの作家にはなっていた。まあ、頑張っていたと言っていいだろう。

 しかし、まだ足りない。もっと、もっとだ。そういうわけで、集中できる環境を探していた俺は、図書室に行き着いた。一周目でもよく利用していた。自宅とどっちが良いだろうな。悩みどころだ。

 図書室は資料となる本が置いてあるのがいいし、周りに頑張っている人間がいると、こちらもやる気が出る。ただ、利用者次第というところもあって、運が悪いと図書室で私語という悪事を働く不届き千万極まりないヤカラがいることがある。そういう時は集中力ダウンだ。帰るに限る。

 今日はよく集中出来た方だ。この調子で行けば、間違いなく一周目を超えた力を手にしたまま卒業できるだろう。そうでなくとも俺には一周目の経験がある。多少サボっても恐らくは一周目より上手くやれるが――それでは海沼に相応しくない。故に、妥協も怠惰も許されない。充実感と共に、図書室を後にする。

 人もまばら。大半の生徒は、もう下校したのだろう。この時間帯の校舎の雰囲気が好きだったな、とそんなことを思い出す。

 校舎の中に人気は少ないが、それでも俺はあえてさらに人通りが少なそうなルートを選んでいく。違いとしてはかなり小さいが、それでも俺は一周目と異なる行動をしている。

 俺が放課後、すぐに帰宅したか図書室に寄ったかなんて、本当に些細な違いだし、俺自身も毎日のようにしていたその選択を覚えてはいない。

 だが、それでも俺の小さな動向でさえ、周囲に隠しておいたほうがいいだろう。

 もし、もしもだ。俺の全ての行動を記憶しているやつがいれば――俺が一周目と違う行動をしているのがバレる。

 そうすれば、俺が《リーパー》なことがバレるかもしれない。

 まあ、そんなヤツはいるはずがないので杞憂だが、念の為だ。



 ――と、そこで、俺はふと足を止めた。

 

 物音。

 明かり。

 


 そこの角の先、誰かいるな。







「あぁ――――もぉ――――最っ悪、ムカつくぅ――――――――――っっっっ!!!」



 叫び声。





 こんなところで、一人で? 一体誰が。

 声に聞き覚えがある。

 この声……、まさか、まさか……?


 俺は角からそっと顔を出して相手を確認する。


 ――……やっぱりか。


 そこにいたのは――海沼ひまわりだ。


 驚きはしない。

 なぜなら俺は、海沼の『本性』を知っているから。


 あいつはみんなの前では明るく元気でお淑やかで優しい……言ってしまえば外ヅラのいいやつを演じてるが、本性は違う。

 口は悪いし、自分の魅力が認められないとすぐに怒り出す、結構ワガママなやつなのだ。

 でも、そういうところも嫌いではない。むしろ良いと思う。人間らしいというか……それも彼女らしさというか。

 俺は一周目で、彼女の本性を知ってしまう。

 だが、今ではない。

 俺が彼女の本性を知ってしまうのは、三年の時なのだ。そこから彼女との交流が始まる。

 今はまずい。今はまだ、早すぎる。一周目と違いすぎる。

 もし今、彼女と接触すればどうなるのだろうか。ゲームにおいて不利……というか、そのまま敗因になるか?

 いや、それ以前に、ここまで一周目と変わると、どうなってしまうのだろうか? 一周目のような関係を築けないのか? 歴史が変わる? どう変わる? 悪い方へ……?

 

 予測がつかない。

 

 だから極力、一周目を再現しておきたい……ここは彼女とは接触したくないのだが…………、

 

 その時。

 


 

 『にゃ~』




 ――――っっっっっっ!?!? 

 は!? なんだ!? 

 

 なんだこれ、なんの音……、俺のケータイか……!? 

 なに!? 猫!? 鳴き声!? なん、これ……着信……!? 

 

 モモから……!? 

 あの馬鹿妹、こんな時に……! っていうかなにこの着信音……!?

 あいつが勝手に変えたのか!? なんで!? 一周目でこんなことあったっけ!? 

 ……いや、猫の鳴き声着信音!? こんなどうでもいいこと覚えてねえよ!

 それに、いちいち妹からいつ電話がかかってきたかも覚えられるわけねえ……!

 十年前だぞ!? 高校の時だけでも、こういうモモのしょうもないイタズラなんてどれだけあったことか!!


 ……そうか、図書室に寄る頻度も違うということは――仮にモモが《リーパー》ではなく、周囲に《リーパー》もいないとしても、俺の行動だけで既に一周目と違うことが起こり得るのか……!?


 ――――だとしても、もう!? 

 今ここで!? 

 バタフライエフェクト!? 

 もう、既に歴史が変わっているってのか……!? 

 そんなしょうもないことでここまで変わる!? 

 いやそれがバタフライエフェクトか……!?


「…………猫?」


 怪訝そうな、海沼の声。


 猫か? 猫の声かこれ?


『にゃにゃ~』


 再び俺のケータイから音が。

 

 あ、わかった。これ猫じゃねえわ。

 モモの鳴き真似だ。

 

 ……は? ふっざけんなよあいつ。なんで俺のケータイに猫のマネを録音して、しかも着信にしてんだよ、マジでボケカスバカ妹……なんなのあいつマジで……!? 帰ったらほんと怒るからもう、怒るし絶対。


 ……と、とにかく、ここはなんとか切り抜けねえと……。

 ケータイは切った。これでもう鳴らない。

 

 海沼は……? 

 どう出る……?

 

 今すぐ立ち去りたいが、あいつは今、こちらを猫だと思っている。

 大きな足音を立てたら『人間じゃん!』となるだろう。そうなればあいつはこちらを逃さない。本性を隠すのに必死なのだ、猫ならまだしも、人を生かして返すはずがない。

 ――切り抜けられるか……?

 どうすれば、どうすればここから上手く逃げられる?

 まだここで、歴史を変えるわけにはいかない……海沼と接触するわけにはいかない。

 あー、マジでなんだこれ……。

 なんで俺、ゲームと関係ないところでピンチになってるの?


 どう乗り切る?

 ダッシュで逃げるか。

 さすがに俺のが脚力はあるはず、逃げ切ること自体は可能だろうが……俺だとバレないかも微妙なところだ。

 このまま待ってやり過ごせるか? 

 海沼は諦めてくれるか?

 

 

 思考の囚われ、立ち尽くしている時だった――。



「にゃ~」




 また俺のケータイが鳴った――のではない。

 

 もう電源は切っている。当然、俺でもない。

 

 つまり、海沼ひまわりだった。

 

 未来の大女優による、猫の鳴き真似。

 

 もー、ナニコレ。はぁー……? かわいい……。こんなことある? 嘘でしょ? 鳴き真似でおびき寄せようとしてるよね? 

 

 ってかマジで猫がいると思ってる? 

 

 あー、そういやたまに迷い込んでくるんだよな。勘違いしても不思議じゃない……というか、そういう勘違いをさせた罪悪感がすごい。

 

 非常に……ひじょぉぉ――――に……、まずい状況だ。


 ただでさえ海沼の本性を知ってしまったところに、一人で猫の鳴き真似をしてるところまで。 待て待て、さすがに一周目と違いすぎる。

 

 も~~~どうにもならん。

 

 よし、逃げよう! 脱兎の如く! 三十六計逃げるに如かず!

 

 そうして俺は勢いよく駆け出したところで、


「ぐえぇッッ……」


 奇声を漏らす俺。こけた。痛い。


「…………………………え?」と、海沼の驚く声。


「………………………………」ただ、沈黙する俺。


 


 うーん……、地獄かな?










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