第3話 『出会い〈エンカウンター〉』or『再会〈リユニオン〉』?




「……なにしてる、お兄ちゃん……?」


 ベッドの上で蹲ってる俺を見て、目を細める妹。


 うわあ、モモだ。若ぇ。当たり前か、十年前だし。未来の方で最後に会ったのいつだっけな……、最近実家戻ってなかったしな……って、まずいな。今の俺は十六歳――という設定を守り通さねば。モモは……一個下だから十五歳か。 


 考え出すと恐ろしくなってくるが、ついさっきまで十六歳だった俺の体へ、突然二十六歳の俺の意識が上書きされてるわけで、細かい部分で齟齬が出そうで怖い。

 というか、この時代の『十六歳の俺』ってどういう扱いなんだろうな……『二十六歳の俺』によって消された……? 本当、考え出すと怖い……。いや、でもどっちも俺だしな。

 その『消えた十六歳の俺』は、やがて『二十六歳の俺』になるわけで、そうなったら結局同じことをするわけだから、文句とかないな。

 とにかく、ここは上手く切り抜けないとな。

「…………お兄ちゃん…………??? ベッドに蹲って、なにしてるの……ウミガメの産卵……のモノマネ……?」|

「…………正解だ。さすが俺の妹だな……」

「よし。さすがお兄ちゃんの妹であるわたし!」

 久々に話した気がするけど、やっぱりアホだなこいつ。

 ガッツポーズを決めるモモ。数秒そのポーズを維持――直後、いきなり俺へ飛びかかって、蹲って体の下へ隠していた物体を取り上げた。

「あ~、やっぱりこんなの隠してた、やらし~……」

 取られたのは《プレート》――ではなく、ちょっと大人な雑誌だった。

「か、返して……」

「やーだねー」

「返して……大切な子どもたちを……。ウミガメは一度に100個の卵を産むけど、その中から大人になるまで生き残れる確率はとても低い…………」

 ウミガメ設定を継続する俺。

「そ、そんな……」

 ちょっと悲しそうな妹。なんだこいつは。

 よし、いけるか?

「……いやぁ、でも今それ関係ないよね? ウミガメさんは大変だと思うけど」

 うん……そうだね……。

「見ちゃおーっと……、どれどれ~、ふむ…………ふむふむ……ほわ……ほわぇ~…………うん……やらしいのは、ほどほどにね……」

 勝手に人のものを見始めるも、己のキャパシティを超え、そっとベッドに置くモモ。

 っていうかまあ、厳密に言えばグラビアが表紙の青年誌だから、そこまでやらしくはないんだけどな。モモには区別がつかないだろうが。こいつにはまだ早い。

「……おにぃはさ……」

「うん?」

 モモは俺の呼び方がテキトーで、お兄ちゃんだったりおにぃだったり兄貴だったりする、ちゃんとキャラ固めてから来てくれないかな……。

「やっぱり、あーゆー雑誌の人が好きなの?」

「うん、まあ」

「へぇ~……やらーしー……」

「はあ? いいだろ別に」

「まー、いいーけーどねー……ま、いいや、高校生になってはしゃぐのはわかるけどあんまうるさくしないでよ! じゃね!」

 一息にまくしたてたかと思えば、そそくさと帰っていくモモ。

 なんだったんだ? まあ、俺がフォールと話している声を聞いてやってくるも、変な体勢の俺に気を取られ、一度当初の目的は忘れ、最後に思い出したってとこか。鳥頭が……。

 フォールとの話し声は、友達と電話してたとかでいくらでも誤魔化せるな、現状問題ナシ。

「……なんとかなった……」

 《プレート》はポケットの中だ。

 ただ隠すだけでもよかったが、こうして相手を満足させるための『見つけられたところで問題ない真実』=やらしい雑誌があったほうが話が早い。

 こうして俺はウミガメとなった。

 ――と、そこで《プレート》にメッセージが。

『まだ生きてる?(笑)』

 フォールからだ。

 こんのメスガキ……。未来人だからって調子に乗るなよ……。

 いずれ思い知らせてやるよ。

 この手のゲームで、ゲームマスターへ反逆する展開は王道だからな。


 ◇


さて、状況の確認。

 今日の日付――四月四日、日曜日。明日が四月五日、月曜日。

 カレンダーにはこう書き込んである――『入学式』。

 そう、明日から高校生というわけだ。

今の俺にとっては、二度目の高校生活になるわけだが。

 キリがいいというか、わかりやすいというか。

 もしかしたら、《リーパー》は高一が多い、もしくは高一に絞られるのかもしれない。

 現状、決めつけるのは危険すぎるので一つの仮説に留めておくが。

 少なくとも、俺が通う高校内に《リーパー》がいる可能性は高いだろう。

 でなければ、わざわざちょうど高校入学時に合わせる意味がない。

 俺ならどうこのゲームをデザインするか? どうすれば面白くなるか? そういう俯瞰した視点を使うのも、俺の前にある大量の謎を解くヒントになる気がする。

 いずれにせよ俺は出会う人間全員を警戒しなければならない。

 だがそれは、ボロを出さないようにする――つまり、ディフェンス面での話だ。オフェンス面として誰を疑っていくかという指針に、同じ高校の相手というのは有りな気がする。全員を疑うのは恐らく不可能だからな、キリがなさすぎる。どうにか絞っていかないと。

 ……というか。

 めちゃくちゃ緊張するな……明日から高校生か。

 おかしな話だが、二度目の方が緊張する。

 そりゃ一度目も緊張していたが、それは『未知』だったためだ。

 今の俺は知っている――あの高校生活が、どれだけ俺にとって大切だったかを。

 なぜなら、俺はそこで海沼ひまわりに出会うのだから。

 結局、その日はあまりに楽しみすぎて、全然眠れなかった。

 ……小学生の遠足前日かよ。明日から高校生だけど。


 ◇


 登校中、俺と同じ制服を着た男子二人が、こんな会話をしていた。


「楽しみだな、新しい生活、海沼ひまわりのいる生活……」

「俺、実はそのためにヌマハマに決めたんだよな」


 一周目はほとんど意識してなかったけど、海沼はこの時期から既に人気だったんだなあ。

 当時の俺は、海沼のことも知らなかったし、周囲にあまり興味がなかった。

 海沼ひまわり――俺は改めて、この時期の彼女について考えてみる。

 未来では人気女優になる彼女だが、現時点で既にこの辺りの地域ではちょっとした有名人だった。

 彼女と俺が通っていた中学が別だ。なのでこれは聞いた話だが、彼女は通っていた中学では圧倒的人気を誇っていたらしい。男子は全員好きなんじゃねーかくらいの勢いだったとか。それだと女子に妬まれそうなものだが、人として完成されすぎた彼女の魅力により、なんなら女子にもモテてたらしい。

 俺がこれから通うことになるヌマハマ――沼ヶ浜高校の倍率が上がったのは、海沼ひわまりが志望してるからなんて話まである。事実は知らんが、さっき海沼目当てって言ってたやつがいたし、マジなのか……?

 沼ヶ浜高校の名前の由来は『海沼ひまわり』から来てるとか。時系列どうなってんだ。この高校、海沼が生まれるより前からあったぞ。

 しかしホントすげーな、漫画かよ。フィクションかよ。事実は小説より奇なりを地で行きすぎだ。

 

「――よっ、春哉ハルヤ


 そこで不意に、こちらへ呼びかけながら肩を軽く叩いてくるやつが。


「……おお、明日太アスタ!」


 月見ツキミ明日太アスタ

 俺より高い身長、俺よりもずっと顔が整ったイケメン。

 というか、俺と比較するまでもなく、造形の良い好青年。

 短く刈ったスポーティーな髪型。整ったツラには、常に爽やかな笑みが浮かんでいる。

 これは未来の話になるが、高校時代は野球部でエースで4番。将来はプロ野球選手になる。

 海沼同様、絵に描いたようなすげーやつ。

 そんなすごいやつが、俺みたいな地味な根暗の友人をやってるんだからおかしな話だ。

 俺は別に野球が特別好きってわけでもない。昔ちょっとやってたけど。

 明日太とは小学生の頃からの幼馴染で、小さい頃からの腐れ縁ってやつだ。

「また三年間一緒だな。よろしくな」

「……、ああ。まただな。……ったく、どうせなら美少女の幼馴染が欲しかったっての。まーよろしくな」

 『また』三年間一緒だな――まあ……他意はない、よな? 少し詰まりながら、思考しつつ平静を装って言葉を返していく。

「んだよ。いいだろ天才ピッチャーの幼馴染。自慢できるぜ?」

「はいはい、すげーすげー」

「とりあえず俺と幼馴染で親友つっときゃクラスでナメられないし、女子にウケるぞ、たぶん! 他のヤツなら微妙だけど、ハルヤならいいぜ?」

「そりゃ助かる」

 一見偉そうな言葉に思えるけど、これ要するに『お前をいじめるやつがいたら俺がボコるからな』ってことなんだよな。我が親友ながら愛が重い。

 ――というか、こんな感じで合ってたか……? 

 俺は『正解』のリアクションができてるか?

 平然と明日太と言葉を交わしていたが、内心では冷や冷やしていた。

 俺は将来、小説が上手くいかなくなるに連れて、周りの人間全員を遠ざける。

 当然、明日太のこともだ。

 一時期小説の中に野球をやってる少年を出そうと思った時は、明日太の存在には大いに助けられた。そのために、何度も動画を見て研究して、明日太のフォームを完コピしたりしたもんだ。

 ――それでも、俺は変わってしまう。

 テレビに映る野球中継で、華々しく活躍する明日太を見るのに後ろめたさを感じて、なるべくこいつを見ないようにすることになる。

 それくらい、俺は落ちぶれる。

 だから俺は、もう明日太には会いたくないのだと思っていた。

 でも、今こうやって十年前だとしても、明日太にまた会えて――嬉しかった。

 ……わかんないもんだな、自分のことなんて。

 久しぶりに話せて嬉しい――それを悟られてはいけない。表に出してはいけない。

 明日太と俺は、同じ中学だったのだから。これは中学卒業から高校入学までの一ヶ月程度を挟んだ再会だ。

 いきなり泣き出すようなことをして、明日太を困惑させるわけにはいかないのだ。

 ――それに、なにより。

 明日太に不審な点はないように見えるが、こいつが今のところ完璧な演技をしているという可能性もある――そう、明日太だって《リーパー》かもしれないのだ。

 誰にも警戒を解くことはできない。ボロを出せば、そこで終わりだ。

 ただ、明日太は未来で成功していた。そんなヤツが過去をやり直したいと思うか?

 そりゃ『一億』も欲しいだろうが、未来で金に困ってもいなかったと思う。

 ゲームに参加する動機が薄いように思えるのだ。

 他人の『後悔』なんて俺にはわからないから、俺が知り得ない『動機』があったという可能性もあるけども。

 それでも――こいつの前でもボロを出さないのは当然として、《リーパー》かどうか調べる相手としてはかなり優先度が低いな。

 容疑者リストにおいて、明日太の優先度を下げておいていいだろう。

 ……というかヤバいな、このゲーム。誰に会っても疑わしくて、常に思考と演技を要求される。疲れる。精神が削られる。

 めちゃくちゃしんどいゲームか、これ?

 ああもう、普通に楽しいやり直し生活とかさせろよ……。

 いや、ゲームがないとしても、俺の目的を考えればお気楽にやっていけるかは怪しいところなのだが。

 それでも普通、強くてニューゲーム的な感じなら二周目のアドバンテージで楽勝な感じのはずだろう。上手い話には裏があるなやっぱ。フォール許さねえ……。

「ま、でもせっかくの高校生活だぜ、楽しくやろーや」

「……ああ、程々にな」

 明日太が差し出してくる拳に、一応俺も拳をぶつけておく。素でこういう漫画じみたこと出来て、そこに照れがないのでイケメンは強い。

 それから俺達は、新たに始まる高校生活に思いを馳せながら、他愛のない話をした。

 否、少なくとも俺は『他愛のない話である』という演技をした。

 ――だってその話の中には、『噂の海沼ひまわりってどんな子だろうな?』なんてのも入っていたのだから。

 それを他愛のない話とすることは、俺にはできない。


 ◇


 入学式のシーンは――まあ、どうでもいいな。

 俺が書く小説ならカットしてるわ。


 余談だが――俺の物語の好みとして、とにかく飽きさせないようなのが好みだ。驚き、謎、ヒキ、目を引くものを並べて、冗長なものを削いでいく。もちろん、どういうタイプのストーリーを見せるかにもよるが、読み手が退屈しない工夫が凝らされたものこそが素晴らしいと、俺は感じる。ま、こういう余談も『無駄』だな。なのでここまで。


 ――そんなことより、これから大事なシーンだ。

 二度目なのでどういう流れなのかはだいたいわかっている。

 この後はそれぞれにクラスに分かれて自己紹介。

 俺は自分の所属する一年A組の教室へ向かう。


 それは、つまり――。



 ◇



「海沼ひまわりですっ! 演劇部に入ろうと思ってまーすっ。最高の舞台を作りたい! ってそう思ってくれる人がいれば、私と一緒に演劇やりましょう! 一年間同じクラスでよろしくおねがいしますっ」


 ――つまり、こういうことだった。

 

 海沼とは同じクラスだったのだ。

 一周目の俺は、この時初めて、肉眼で海沼を捉えた。

 海沼の外見自体は、事前に写真で見たことがあった。近所の中学に出回っているやつを、明日太が見せてくれたのだ。

 だが、写真と実物では、まっっっっっっっっっっっっっっっったく違う。

 マッッッッッッタク……違うのだ……。

 例えばアイドルのライブでの最前席だとか――そういう、写真や画面の向こうでしか見たことがなかった憧れの人間を、目の前で見るような経験はないだろうか?

 どれだけ事前にその人を画面越しに注意深く観察していたとしても、眼前で見るのじゃ情報量が違うのだ。

 髪の一本、汗の一粒、仕草の一つ……画面越しでは得られない情報の積み重ねが、その人の『実在』を雄弁に語る。ああ、本当に、現実に、存在していたんだ……そういう、当たり前のことを遅れて認識する感動。きっとどこかで、本の中の登場人物と同じような、この世界には存在しないというカテゴリーの中へ無意識に入れてしまっていた。それをぶち壊して、現実に君臨し、降臨し、蹂躙する、劇的で破壊的な衝撃。

 海沼ひまわりを見て、俺はそれを実感した。

 数々の冗談みたいな噂より、事前に見せられた写真より、実物はずっと衝撃的だった。


 ――夜で紡いだような、漆黒の長い髪。星々みたいに輝く瞳。処女雪めいた汚れない白い肌。

 同級生の女子達の平均よりも少し進んだ、女性的な体のライン。制服のスカートからすらりと伸びる脚が、細長く指の伸びる手が、彼女が動く度、彼女のあらゆる部位が魅力的に見えて、目を奪われてしまう。

 屈託なく、年齢よりも少し幼い少女のように笑ったかと思えば。

 まるで世界の秘密を知っているかのような、大人っぽい微笑みを口元にたたえることもある。

 揺さぶられる、翻弄される。

 可愛いも、美しいも、なにもかも全てが彼女のものになる。

 とにかく…………。

 …………なにが言いたいかと言うと…………。

 

 っぁ~~~~~~~久々に実物見たけど可愛いなあ~~~~~マジでさあ~~~~!!!

 っていうか! 高校生! 高1海沼ひまわり! レア~! だって未来ならもう映像とかでしか見れないし、それを肉眼で見れるってすげえな!? やべえなタイムリープ! ありがとう、ありがとうフォール! ムカつくガキとか思っててごめん! 未来人最高!

 いや、そりゃ未来の海沼も綺麗だよ? 二十六歳海沼ひまわりの魅力やばいよ? 

 俺はロリコンじゃねーし、特別若い頃の海沼に執着してたとかはない。ないけど! でも!

 高1海沼には、この時にしかない魅力もあるんだよな~~~~!

 可愛い~~~~~!!! 爽やか~~~~!!! 瑞々しい~~~~~~!!!!

 なにこれマジで、歩くだけで、喋るだけで、そこにいるだけで、清涼飲料水のCMとして成立するほど爽やか! 綺麗! 美しい! 可愛い! 青春! 

 あー、尊い……、神……生まれてきてくれてありがとう……推せる…………。

 海沼ひまわりさえ見てれば後は水と酸素だけで生きていけるんじゃねえの? ってかむしろ水と酸素いる? おいおい、新たな生命体の形が出来上がっちゃうよ……。

 


 ……っつーか……。

 ……なあ、海沼。

 お前はこんなに完璧なのに……。




 …………なんで、自殺なんかするんだよ?



 なんて。

 自殺した俺が言えた義理じゃないけどさ。

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