第2話 このゲームに勝つためのハウダニット

 俺と海沼ひまわりの関係に、名前なんてなかったと思う。


 友達ではない。当然、恋人でもない。


 俺が脚本を提供して、彼女が演じる。仕事上の付き合い。ビジネスパートナーとかが近いような気がするが、提供した脚本が使われたのは学生の演劇なんで別にビジネスでもないな。


 もちろん、将来的にそうなりたかった、という気持ちはある。


 彼女と付き合いたいとかじゃない。付き合いたくないかと問われれば、そういう気持ちがないというのは嘘でしかないが――そういう想いとは別に、海沼ひまわりという女優を見てみたいという気持ちがあったのだ。


 これは物語を綴る者なら、誰だってそうだろと俺は思う。


 一人の物語を綴る者として、彼女に強い興味を持っていた。


 大仰な言い回しになるが、一人の作家として、海沼ひまわりという女優に認められることが誇りだった。


 だから、彼女とあの『約束』をした時は、本当に嬉しかったんだ。




 ――「……ねえ、またいつか今日みたいな舞台を作りたいね」




 拍手に包まれながら、降りた幕の裏側で、海沼はそう俺に言った。


 それが高三の時の、最後の文化祭でのこと。その後、将来二人がそれぞれ自分が望む自分になれた時、また一緒に作品を作ろうと約束をした。


 幼くて、拙くて、曖昧な約束。


 具体性がない。いつ果たされるかもわからない。


 でも、それがあったから俺は頑張れた。


 はっきり言うが――小説家という仕事は、クソだ。


 ――例えば、必死で書き上げた作品をボロクソに叩かれることもある。そんなのはまだ良い方だ。作品を発表すれば当たり前に起こること。叩かれる分、褒められることだってある。


 ――例えば、どうしようもない編集に当たってしまうこと。


 大して読み込みもせず、まともな感想も言えないくせに、口を開けば『売れるの持ってきてよ』という雑な注文。


 子供は親を選べない。基本、作家も編集を選べない。


 悔しかったら、売れて見返すしかない。売れればクソみたいな編集にデカい顔されることもない。だが、有能でない編集につかれると売れるとか以前に作品を出すという段階に辿り着くことすらままならなくなる。


 ――例えば、俺が全力を込めた作品と、ちょうど同時期にネタが被っている上にクオリティで勝る作品を出されてしまう、ということもあった。


 何ヶ月も、時には何年もかけた作品をパクリだなんだと読んでもいないやつに叩かれる。


 そういう色々な不運と力不足が積み重なって、追い詰められて。


 遅効性の毒が回るみたいに、真綿で首を締められるみたいに、俺の心は死んでいった。


 心が死ねば、書けなくなる。悪循環。スランプ。


 そうして、俺は死ぬことにしたわけだ。


 約束を、果たすこともなく。


 あー、暗い。


 これが俺だ。


 あのフォールとかいう赤髪のガキとへらへら喋ってたのは、変なことが起きて舞い上がってただけ。こっちが性根。これが本性。


 何かをクソだとか言ってるヤツは、結局そいつ自身もクソなことが多いが、俺もその一例。


 ――何よりもクソなのは、俺だ。


 どれだけ言い訳を重ねようが、シンプルな絶対的事実は一つ。


 俺には力が足りていなかった。


 編集も、流行も、不運も、なにもかも言い訳にならない。


 本当に強いヤツは、どんな逆境もねじ伏せる。


 似た作品を先に出された? 


 愚図でノロマな証明だ。後塵を拝するヤツが弱いに決まっている。


 とにかく……結局、答えはわかりきっていた。


 俺には、力が足りていなかった。




 ――俺は、海沼ひまわりに相応しくなかった。




 □




「それじゃ、ゲームの説明をしようかしら」と、フォール。


「――このゲーム、必勝法がある」と、俺。


「まだ説明してない!」


 ぺしん! と赤髪の少女――フォールが俺をハリセンで叩いた後に、水月を的確についてくる。嫌すぎる二段攻撃。一撃目のポップさからの、二撃目の殺意なんだよ。


「さ、説明してもらおうか」


 胸部を抑えつつ言う。うう、痛い……。




「さっきも言った通り、基本は『自分がタイムリーパーだとバレないように、タイムリーパーを探し出す』、これだけよ。注意しないといけないのは、ゲームマスターへ発見したタイムリーパーを報告するアクション――《告発》のリスクね」




 フォールはさらに流れるようにゲームの説明を口にしていく。いっぱい練習したのかな。




「《告発》が正解の場合――告発された側がゲームから退場。要するに、未来からこの時代にやって来ていた『意識』が未来へ送り返される。ゲームに関係する記憶は消えて、ゲーム開始時から退場時までの記憶は辻褄が合うように書き換えられるわ。そこからはゲームに干渉できない、無害な一般人になるからもう気にしなくていいわよ。




 《告発》が不正解の場合――タイムリーパーではない者シロを誤って告発したパターンね、こっちの場合は告発した側がゲームから退場。その時の処理は『正解』パターンの告発された側と同じね、ゲームに関係する記憶が消されて退場。このように、《告発》にはかなりのリスクがあるから、虱潰しに当てずっぽうで《告発》なんて戦法は取れないわ。相手が《リーパー》である確証を得てからすることが大切ね」




 《リーパー》――タイムリーパー、つまり過去に戻ってきた俺のような存在。


 《シロ》――タイムリープしてきていない……つまり、ゲームに参加していない者。


 俺以外の他のタイムリーパーか。


 果たしてどこのどんなヤツなのだろう?


 気になることは他にも山程ある。


「ゲームを行う範囲は? 例えば相手がアメリカにいるとかだと、勝負にならないよな」


 ちなみに俺が住んでいる場所は日本――は当たり前として、神奈川県、鎌倉市。


 鎌倉なんかよくいろんな作品の舞台になってる。青春ブタ野郎シリーズとか。あ、二〇一〇年にはまだ出てないから、迂闊に口にすると未来人バレか?


「はぁ? バカ? アメリカなわけないでしょ」


「お前が説明しやすいようにわざと外れたことを言ってるんだよ……」


 いちいち怒られるならやめようかな。傷つく。


「ま、そうね……『範囲』。着眼点はいいわ。現状言えるのは、その『範囲』を推理するのもゲーム内容ね。アンタの言う通り、行動範囲が重ならない相手とじゃ面白くならないわ。だから相手はアンタの生活圏の中にいる、これくらいは現状でも開示可能情報ね。もう少し狭い括りになる『参加者の法則』があるけれど、そこも今は推理するポイントよ。このこともそうだし、他にもゲームが進めば新たに開示される情報がいろいろあるわ」


「ふむ……『参加者の法則』ね」


 ルール説明という都合上仕方ないが、一度に大量の情報を浴びせられたので少し思考する。


 そういうポーズを取っておけば、フォールもさらに矢継ぎ早に言葉を重ねたりはしないようだ。まあ、ルールをわかってもらえないままゲームに放り込んでも即死するだけで、ゲームマスターとやらの立場的にも面白くないだろうしな。


 その辺りのスタンスを考えると、参加者は百人も二百人もいるわけじゃないのかもしれない。


 もしそうなら、ルール説明についてこられないやつが即死するのを楽しむ、というのも有りになってくるかもしれない。


 馬鹿を篩ふるいにかけるという訳だ。代替がいくらでもいるのだから。


 だが、参加者がある程度少ないのなら、あっさりやられてもつまらないだろう。


 ――と、このように推理してみるのもゲームの一環だろうか?


 思考しつつ、フォールに次の質問をぶつけてみる。


「現状わからないことが多く、あとから開示される情報がある、ということもわかってる。今は派手なことをしてボロを出さないように、なにもしない……ってのが得策じゃないのか?」


「当然そうなるわね。ただ、そもそもこのゲームは性質的に『なにもしない』というノーリスク戦法が強いのよ。それは見てる側としても面白くない。だから、《告発》を成功させて相手を撃破した数に応じて特典があるわ」


「特典?」




「――――撃破一人につき、一億円」




「いぃっ、一億ぅぅ!!!!?」


 なんかゲームの趣旨変わってこないか!? 


 過去に戻ってる時点で、それ自体があまりにも巨大なメリットで、そこを守るってのがこのゲームの――……ああいや、基本は全員がそう考えるから、ゲームが成り立たないのか。


 全員がディフェンスを重視して、誰もオフェンスをしなくなる。


 だからこそ存在するのか、プレイヤーを動かすためのルールが。


「なあに、驚いて。そんなにお金が欲しい? 過去よりも、お金が大切?」


「それはない。金額に驚いただけだ。売れっ子作家ってわけじゃなかったんでな」


「急に冷静ね……」


 フォールの言う通り、いきなり我に返ってしまう。


 『過去より金か?』――彼女はそう問うた。


 そんなの人によるかもしれないが、俺としては断然、金より過去だ。


 いくら払おうが、金で夢は買えない。金で時間は買えない。金で過去には戻れない。


 俺の目的は、そういう類のものだ。


 自分の誇れる自分になりたい。そういう青臭くて、曖昧なものが俺の目的だ。


 金で解決しようとした時点で、俺は自分を誇れなくなる。


 ――だが、あくまでそれは俺のスタンス。当然そうじゃないやつもいるだろうな。金があれば、大抵の問題は解決する。参加者全員が、俺みたいに金でどうにもならない『動機』だとは言い切れない以上、そういう相手が出てくることも警戒しておかないとな。


「……他にも質問いいか?」


「いいわよ。たぶん答えられないけど、『答えられない』ってことは自分で考えろってこと。まずどこから考えるかって取っ掛かりを掴むことは大切になるわ」


 俺は頷いた後、質問を口にしていく。




 ・ゲームの期間はいつまでなのか?


 敗北した場合、未来に戻される以上、俺の場合は十年というのはさすがにないだろう。十年経って元の二十六歳になれば、『過去に戻る』というメリットが終わる。ゲームに参加する意義が消えるなら、敗退しようが関係ないだろう。それに、『観戦』を意識している発言も散見される。長過ぎるのは見ててダレるだろう。




 ・ゲームの勝利条件・終了条件はなにか?


 『期間』と重なるが、何をすれば終わるのか。例えば、残り何人、というところまで《リーパー》が減れば終了、というような具合だ。




 ・ゲームの参加者は何人なのか?


 先程俺はそう多くはないと考えたが、実際どうなのだろうか。参加人数によって動き方も変わってくるだろう。




 他にも山程疑問があるが、一度に大量に聞いてもお互い大変だろう。一度に処理できるキャパを見極めて、分量を調整する。




「それだけ?」


「今んとこは」


 そう言葉を交わした後、フォールは回答を語り始める。




 ・ゲームの期間はいつまでなのか?


「まだ答えられないわ。でもそこまで秘匿の優先度が高いものじゃないわね」




 ・ゲームの勝利条件・終了条件はなにか?


「いずれ明かされるわ、いずれね」




 ・ゲームの参加者は何人なのか?


「少なくとも『ゲームの期間』より後に明かされるわね。大事なところよ」




 結局、どれも謎か。


 だが当然、質問しておいてよかった。


 『答えられない』『が、いずれ明かされる』『明かされる順番がある』。これだけわかれば収穫と言えるだろう。


 フォールが言ったことだが、『考える取っ掛かり』には十分だ。




「……アンタ、意外と考えるタイプ?」


「そうじゃないとこんなゲームやらないんじゃないのか……?」


「ま、そうね。馬鹿にはできないゲームよ」


「だろ。ったく失礼な」


 何も考えてないやつが面白い小説を書けるかよ。天才なら感覚で書けるのかもしれないが、俺には無縁の話だ。


「ま、とりあえず今日はこのくらいにしようかしら。いずれ開示する情報があるって言った通り、また出てくるわ。それと、はいこれ」


「ん?」


 フォールから何かを手渡される。薄い透明な、ガラスの板みたいな……。


 触れてみると、そこにはSF映画じみたホログラムウィンドウが浮かび上がる。


「うわっ、なにこれすっげえ! 未来!」


「未来よ。アンタにとっては当然ね」


「すげえ、フォルえもん!」


「語呂が悪い!」


 二○二○年時点の最新のスマホとかよりずっとハイテクだ。


 薄い、軽い、それでいて、ホロの画面は端末自体の大きさに左右されないので、ウィンドウの大きさをいじれば好きに調整できる。便利~……。


「その《プレート》の機能として、《告発》があるわ。それ使えばアタシを呼び出せるから。無駄に使わないことね。くだらないことに使ったら怒るわよ?」


 薄型透明端末――《プレート》の中にはいくつかアプリのようなものが入っている。メッセージアプリらしきものを起動させると、宛先には最初からフォールが登録されていた。


『ねえ、今なにしてる?』


 俺は早速フォールへメッセージを送信。


 瞬間、ぺしん! とハリセンで叩かれた。


「怒るって言ったわよねぇ!?」


「だって、これ、すごいし……」


「子供かっ! ……ったく、過去に戻ってる時点で、もうそれより驚くことなんてないでしょう。なにはしゃいでるのよ」


「いやいやまた別腹だろ。っつーかすげーなこれ……未来だと当たり前なのか?」


「そんなの教えないわ。未来の技術なのは確かだけれどね。アンタに無駄にいろいろ教えて歴史を変えられると困るでしょう? まあ最悪記憶消すけど……。アンタが知ることができるのは、ゲームと関係あることだけよ」


「仕方ないなあ……」


 なんで偉そうなのよ……とフォールに睨まれる。


「じゃ、一通り基本は教えたから、あとは流れでまたいろいろ教えるわね、その時が来るまでじゃーね」


 ぱちん、と指を鳴らしたかと思えば、炎が散るように赤髪の少女は姿を消した。


 ――と、そこで。


 足音。


 ヤバい、誰か来た。


 ってか足音でわかる、この落ち着きのない足音は……。


 ぴろん、と電子音。


 《プレート》に文章が表示される。




『あ、言い忘れてたけど(アンタがムカつくからわざとだけど)、《プレート》は他の《リーパー》に見られたら、アンタが《リーパー》ってバレるから、他人に見られない方がいいわよ? 誰が《リーパー》かなんてわからないんだから周囲全員を疑うのは当たり前よ』




「お兄ちゃんうるさぁーい……なにやってんのぉー……?」




 やべえ。


 ドアの向こうにいるのは桜庭モモ、俺の妹だ。


 っつーかそういう大事なことは早く言えよ! いやこれ仕返しなのか!?


 ちょっと待て。


 モモが《リーパー》って可能性は……あるのか? 


 正直モモはアホだ。敵じゃない気がする。だが、今の俺の手には《プレート》が。


 これが他の《リーパー》に見つかったら一発アウト。


 モモが《リーパー》だとしたら……。


 そして、ゆっくりとドアが開いていく。


 ああ、そうだった、こいつノックとかしねえんだよ。変わってねえ。当たり前か、過去なんだしな。


「嘘だろオイ……」


 せっかく十年前に戻ってきたのに、こんなとこで、もう終わるのかよ……!?


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