アオハル・リヴァイバル ~失われた彼女と、時間遡行者人狼ゲーム~

ぴよ堂

第1章 ゲーム開始/青春、再試

第1話 彼女の死のホワイダニット

 





――――人気絶頂の女優、海沼ひまわりが自殺した。





 そんなことはあり得ない、はずだった。

 『これから来る女優』第一位で、彼女が主演する新作映画の撮影だって快調だったはずだ。

 まさにこれからの人生だったはずだ。


 だから、その衝撃的なニュースによって、世間では驚愕や絶望の声が飛び交っていた。


 でも、俺は少し違う。


もちろん驚愕も絶望もあった。喪失も、悲嘆も、あらゆる負の感情があった。


 けれど大勢の人々が抱くモノとは別の想いを抱いていた。


 それは、何か?



 答えは――悔しさだ。



 おかしな話だろう。女優が死んで悔しい? なぜ悔しがる、お前には関係ないだろう、お前に何ができた……、俺の事情を知らない者が聞けばそういう反応になるはずだ。


 ではなぜそうなるか。


 簡単な話だ。俺は、その女優――海沼ひまわりと関係があったからだ。


 ――桜庭春哉(さくらばはるや)。二十六歳。元、小説家。


 海沼ひまわりとは、高校時代の同級生。


 それも、一応はただの同級生というわけではなかった。


 痛い妄想とかではない……、はずだ……。


 俺は確かに、あの人気女優である海沼ひまわりと共に過ごした日々があった。


 あの日々は俺の青春で、いつだって輝いてて。


 彼女との日々は、俺の全部だった。


 ……別に、彼女と付き合っていた、とかではまったくないんだけどな。


 そして、それから数日後。


 すぐに海沼ひまわりの死、その真相をどんな手を使ってでも調べ上げたい気持ちだってあった。でも、無理だった。


 死の真相を知るだとか、あとは亡くなった彼女に報いるために再起するとか、そういう気力はもう俺には残されていなかった。


 彼女の死を知った時点で、もう俺は全てを諦めていた。




 ――俺は、自殺しようとしていた。




 ずっと前から考えていたことだ。


 最後のきっかけとして、彼女の死があって、きっとそうでなくとも、俺は同じ選択をしている。


 俺の夢は――……いいや、人生において達成しなければならない目的は、もう終わってしまった。


 その目的は、もう達成不可能なのだ。


 それは以前からそうだったし、海沼ひまわりの死によってより強固なものになった。


 彼女との約束は、もう果たされない。


 未練だらけの人生だった。


 後悔だらけの人生だった。


 もしも俺の人生が小説ならば、本当に酷い出来栄えだろう。悔しいが、レビューサイトでは☆1が並ぶだろうな。


 つまらなくてダサい、どうしようもない主人公。


 未回収で、なんの意味もなかった伏線、布石に溢れている。


 ヒロイン不在。


 主人公の目的は達成されない。


 ああ、本当に駄作だ。


 人生の最後を締めくくるような気の利いた言葉を浮かばず、俺はその身を空へと投げ出し――地面が迫る、風の音がうるさい、落ちる、落ちる、落ちる落ちる落ちる。



 落ちて、地面に叩きつけられて、



 ぐちゃり――と、肉塊に、



 ――なって、いなかった。




 なぜだ? どうして俺はまだ生きている? まだ思考を続けている? 




「そんなのとーぜん、アンタが死んでいないからよ?」




 声がした。

 気がつけば、俺は真っ白い空間にいる。


 目の前には、見知らぬ少女が。


 非現実的な炎のような赤い髪。非現実な程に長い髪は地面につくどころか、燃え広がるように彼女の足元に散っている。さらに髪色と同じ赤い派手なドレス。


 年齢は……若そうに見えるが、奇抜な格好のせいでイマイチわからない。


 どこもかしこも現実感がない。そんな印象を受ける少女だ。


「――ああ、わかったわかった。あんた女神様的なヤツだ? で、俺はこれから異世界にいけるってやつだろ?」


 この超速理解。腐っても元小説家か。


 なんだかあまりに非現実的な展開に、全てが馬鹿らしくなってきて投げやりになってる。

 ……まあ、一度死のうとしたというか、死んだはずの身だ。遠慮とかなくなるな。


「はぁ? そんなわけないでしょ?」


 違うのかよ。


「嘘だろ……他に何があるんだよこの流れで」


「それならトラックに轢かれるなりしてくれないかしら?」


「やだよ……、運転手さんとかいろんな方に迷惑だろ……」


「飛び降りも迷惑でしょ」


「うっ……」


 いや……、死んだ後のことなんて考えられないというか……すみません。


「……で、君はなに? 迷子?」


 俺はしゃがみ込んで少女に目線を合わせ、そう問いかける。

 都合が悪くなったので話を逸らそう。


「よく言うわね人生迷子が」


「言い返せねえー……」


 なんだこの子供は。優しくしていればつけあがる……。


 まあ、子供への対応をするには一手どころか何手も遅かったな。


 明らかになんかただの子供じゃなさそうだ。


 というかこの状況がもう常識では考えられない。


「じゃ、質問変えるけど……ここはどこだ? 俺はどうなった? マンションから飛び降りたと思ったらこうなってたんだけど……何かわかるよな?」


「面倒だから、アタシが答えたいところだけ答えるわ。『どうなったか』ね。正確にはアンタはまだ死んでない。もちろん、どうしてもって言うならこのまま死ぬこともできるけれど、それ以外の選択肢もあるの」


「やはり異世界か……いつ出発する?」


「花京院……じゃなくて。……アンタ、自殺したのよね? 本当は元気なんじゃないの?」


「逆だよ。もうどうでもいいからテキトーなこと言えるんだ。普段はもうちょい暗い。継続的に会うことのない人の方が雑に接しても尾を引かないだろ」


「……。あっそ……。楽しいからいいけど、痛々しさもあるわね。このアタシに雑に接するんじゃないわよ……。まあいいわ、いちいち話の腰を折るのも面倒だし。で、話戻すけど、アンタにある選択肢ってのは残念ながら異世界へ行くことじゃないわ」


「そうか……」


「行きたかったの?」


「いや、今はそんなに」


 俺が死にたかったのは、現実でやりたいことができなかったからだからな。


 どこか別の世界に行ったところで代わりが見つかるとは思えない。


 今更新しい人生を始める気力なんてもうないのだ。


「あっそ。なんなのよもう……。さて、じゃ本題に入るけど――アタシはアンタに、ある提案をしにきたの」


「ほう、提案……っていうと?」




「アンタ――過去に戻りたくはない?」




「……は?」


 過去に、戻る……?


 震えた。


 俺は恐る恐る、その事実をガラス細工を扱うみたいにゆっくりと口にしていく。


「……で、できるのか、本当にそんなことが……?」


「急なシリアス顔なに?」


「いいから答えろよ。本当にできるのか?」


「がっつくわねえ……。できるに決まってるでしょ。これだけもったいつけておいて嘘を言うなんてつまらないことしないわよ。それに、実現できるかどうかって点なら、実際に今アンタは死の直前で止まっているの。なら、過去に戻れてもおかしくないでしょう?」


 非現実的な少女は、そんな非現実的なことを口にする。


 しかし俺はもうそれが現実に成り得ることを、感覚的に理解してしまっている。


 彼女の言う通り。もう、俺の常識では理解できないことはとっくに起きている。なら、彼女が何を言おうが、ありえないなどと言っても、もう遅い、意味がない。


 で、ありえるとしてだ――それならば……、




「過去っていつだ? 俺が選べるのか? 何年前まで? 戻れるのは、ずっとか? ああ、というかそれってタイムトラベルなのかタイムリープなのか……、つまり意識を過去に戻すのか、それとも今の俺の肉体のまま、過去へ行くのか。正直、後者はいろいろ面倒そうだ。過去の自分に会ってもいいのか? その場合、タイムパラドックスみたいなことには……、」




「待って待って、なに? 食い気味の食いつき」


「……ずっと、そういう妄想ばかりしててな。この日のためにしてたのかもな」


「ふぅーん……。ま、百聞は一見にしかずね。とりあえずいきなさいよ」


 口端を吊って楽しげに目を細める赤髪の少女。


 パチン、と彼女指を鳴らした瞬間、電源を乱暴に切ったテレビみたいに意識が消え去った。


 パチリ、と目を覚ますと、そこは――……。




 ◇




「…………うっそだろ……?」


 口をついて言葉が驚きがこぼれる。




 目を覚ますと、そこ俺の部屋だった――ただし『十年前』の。




 二十六歳の俺は、マンションで一人暮らし。でもここは、俺が住んでいたはずの部屋じゃない。十年前――高校の時に住んでいた実家の部屋だ。


 俺は目についた漫画雑誌を手に取る。


「……うわ、マジか……ナルトがまだ載ってる! ブリーチも!」


 雑誌に掲載されてる作品、作品の進行具合で、いかに自分が過去に戻ったかを実感する。


 オタクが過去に戻った時特有のムーブ……、いや、そんな『あるある』が存在してるかは知らないが。


「二○一○年……、マジで十年前か」


 未来の俺がいたのが二○二○年。俺は二十六歳から十六歳へ。


 ってことは、海沼ひまわりも十六歳――当然、まだ生きてて、俺と出会う前で……。


 また海沼に会える。それだけで泣き出しそうな程嬉しかった。彼女が自殺したことを知った後に廃人のような日々を送っていた間、どれだけそれを夢想したか……。


 そうやってまた暗い思考に足を取られそうになるのを振り切って顔を上げると、そこには鏡があった。


 鏡に映る、今の自分を見つめる。


「うわ、若っ……なんだこれ……」


 自分の顔に触れながら、思わず声が出る。


 ヒゲがねえ。顔つきも随分幼い……さすがに十六歳なのでショタでもないが、やっぱり十歳も違うと印象はかなり変わる。


 もっと部屋を探索してみたくなった。


 十年も前だ。さすがにいろいろ覚えてないことも多くて、過去の自分の部屋だというのに新鮮だった。


 っつーかちょっと散らかってるな、掃除でもするか……。




「いや掃除って。テスト前じゃないのよ?」




「……うわっ!?」


 いきなり現れる赤髪の少女に思わずのけぞった。俺の地味な部屋に、そこら中に真っ赤な髪を散らす少女がいるのはどうにも奇妙な組み合わせで、現実感が……いや、そんなもん過去にいる時点でないけど。


「ね? 本当に過去に戻れたでしょう?」


「……意識だけ十年前に戻してる、って感じ……だよな? タイムリープの方だったな」


「そうね。ホント、理解が早いわね」


「妄想の中では飽きる程やったシチュだからな。定番の王道で助かる」


「なら、これは定番の王道かしら。これで動じずにいることができるかしら」


「……なんだよ?」


「――アンタには今から殺し合いをしてもらうわ」


「……な、に……ッ!?」


 殺し合い? ありえるのか、そんな、ことが? 


 いいや、過去に戻ってる時点でなんでもありか。しかし、そうか。上手い話には裏があるってのは当たり前のことだが、ここまでとは。


 死にたかったはずの俺でも、殺し合いなんて言われれば嫌だった。怖かった。


 死ぬのはいい。でも、殺すのは嫌だ。それはまったく別だ。殺すのは、怖い。


 それに、本当に過去に戻れたのなら、どうしてもやり直したいことがあったのに……。


「――……いや……、嘘よ?」


「……嘘かよ! マジでふざけんなよお前!? お前なぁ! お前ぇぇ!!」


 タイミング的にマジにしか聞こえねえだろ!?


 焦った、マジで焦ったわマジでさあ。マジでマジでさあ、マジでほんまこいつお前マジ。


「でも、ちょっとしたゲームをしてもらうのは本当よ? なんて言うと、デスゲームモノの導入みたいでしょう? でも、死なないから安心しなさい。物理的には極めて安全な楽しいレクリエーションよ?」


「……で、俺はなにやらされるんだ……」


「そうね……人狼ゲームみたいなものかしら? 正確に言うと全然違うけれどね」


「ほう?」




「今のこの時代に、アンタ以外の《タイムリーパー》……未来からタイムリープして来ている者がいるわ。それが誰なのかを暴くことができればアンタの勝ち。逆に、アンタが未来からきていることが暴かれれば負け。ね、簡単で楽しそうなゲームでしょう?」




 そう言って、赤髪の少女はまた楽しそうに笑うのだった。




 この時、俺は知らなかった。


 けれど、予感はしていた。


 このゲームが、このタイムリープが。


 俺の運命を、俺のクソったれだった人生を、大きく変えることになることを。




「ああ、遅れちゃったわね……アタシの名前はフォール。アンタにゲームを説明するゲームマスターってところね。……ふふ、皮肉な名前でしょう?」




 フォール。『fall』。落ちる、ね……。


 確かにマンションから落ちて死のうとした俺には皮肉だな。




 俺はこのゲームを勝ち抜く。


 そして、彼女の――海沼ひまわりの死の真相を確かめる。


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