第3話
今日もいつの間にか朝が来て、太陽が上り小鳥が鳴き出した。カラスがゴミをあさり人は駅に向かい、散る命があることになど目も止めず同じことをまた始める。
今日もどこかの国で衝突があるだろう。こちらから見える景色はどこまで行っても朝で、遠い国の夜に思いを馳せる余裕などはない。
飛び回ると朝から交通事故で亡くなる者がいるのを見た。その魂はどこか別の所へ行ったらしく見当たらず、人によって死後の行き先は違うらしいと知った。
朝から人助けをしている者もいた。人助けなら立派なことだから、それで遅刻したとしても怒られはしないだろう。
動物助けなら怒られる可能性がある。車にひかれ放っておかれる狸は皆に見捨てられ絶命し、何事もないように人は動き続ける。いちいち彼らに構っていてはキリがない。
木が折れてるとか虫が羽化に失敗しそうだからなんて理由で立ち止まる者は皆無であろう。そんなことで足を止めていたら一歩も前に進めない。頭がおかしい、狂っていると思われる。
ところが虫助けをする人もいるようで、車道にいる幼虫を草の上に乗せている者がある。
人は普通どこかで自分と他者の間に線を引く。人が死ねば動揺するが、ネコや鳥の死骸を見かけるたびに同じ気持ちになっていたのでは身がもたない。しかし哺乳類鳥類の味方はまだ多い。
体長2~3ミリの小虫の死骸を見るたびに悲しむような人はいないだろう。道草や微生物を踏み潰すことに悩む人もいないだろう。世界は墓場だ。どこかで他者を他者と扱わねば生きてすらゆけない。
全ての命が同じなどと思ってはいけない。だいたい同じと思って虫を助けようとしたところで、人間の感覚で手を出しているのだからそれが虫にとって本当の幸せかどうかは知るよしもない。
僕は虫助けをする珍しい人間を見つけて、
「あれは悪だろうか」と呟いた。隣で翼をはためかせながら、彼女は
「善意でやったなら善よ」と言った。
見て見ぬふりをし、我が身を守り生きる偽善者たちを、世界は怪しく優しく許容し地上を明るく照らした。僕も彼ら偽善者に
「思いのままに生きよ」と囁き続けた。自らの罪に目もくれず自分は真っ当な人間だと信じて疑わない彼らは今日も仲間と笑いあっている。
人が全ての罪を本気で背負ったのなら、苦しみのあまり胸はつぶれてしまうだろう。だから悪でいいのだと、僕は人々に囁いて回った。
彼らは受け入れられる分だけ考え、自分の生活を守っている。その偽りの笑顔を愛おしいと感じた。笑って生きていればいいと思った。
どうも悪魔になると腹が減ったり疲れたり眠くなったりしないらしい。僕が彼女に
「いつから悪魔でいるの?」と聞くと彼女は
「分からない」と答えた。確かに時間の感覚も無くなっていくようだった。
好きに遊び回った僕はなんだか人が好きになった。怒られてばかりだったこともいい思い出とさえ思えてくる。人も皆虫や草のようなもので、生態は面白い。役割としては宿主の体を破壊する病原菌や寄生虫のようだが、そうとも言い切れないところが興味深い。
なんとなく今日は、動物園へ行ってみた。動物たちはオリに入れられ人間は自由に歩き回って動物たちを見ていた。
こんな小さい世界に閉じ込められるだけでも嫌だろうに、クマもゾウもライオンも毎日人々にジロジロと見られ好き放題言われ大した娯楽も無い。気の合わないやつと無理に結婚させられそうになる者もいるようだ。
戦争時代には銃や毒で殺されたり栄養失調で亡くなったりした動物も多かったらしいが、こんな状況でも最後まで生きた方が幸せなのだろうか。
しかしこの時代も永遠のものではなく、ひとときの夢でしかないのである。差別を楽しむのは今しかできず、やがて新しい時代となるのだ。
動物園を抜け小学校を覗くと、クラスでささやかないじめを受けている子がちらほらいた。ささやかどころかすごく激しいいじめを受けている子もいたが、いずれもいじめっ子は先生に気づかれない所でのみ行動を起こしている。
先生たちは鈍いというより忙しく、いじめにまで気を向けてはいられないようだ。日本人は基本的に忙しく、あまり幅広く目を向けてはいられないようで、やるべき事を押し付けあっている。
クラスの人気者や明るい子たちはたくさん話して遊び、おとなしい子は賑やかさに圧倒され隅で縮こまっている。
悪魔的視点から見ればこの世は実に不平等だ。アンバランスでいびつで、何かを守り抜こうとして規則だの伝統だの言っているがそのせいで犠牲者が出ているなんて思っちゃいない。
訳の分からないところに理屈をつけ必死になるが致命傷には気づかない。身の周りのわずかなスペースしか見えていない。
すぐそばにエサがあるのに気づかないアリのようだ。巨人というものがいたのなら、人間だってまどろっこしい動きをするアリに見えるだろう。
しかしエサにたどり着くことが全てというわけでもなく、遠回りすることで見える道も楽しみ方もある。この不平等を克服し一歩を踏み出したときに人は感動できるのかもしれない。感動している場合じゃないとも言えるが。
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