オッサンの真実①

 懐かしい夢を見た。娘のちひろが産まれた時のものだ。

 理解のある上司に休みをもらって急いで病院へと駆けつけた。まだ夫の立ち会いというのが一般的ではなかった頃、私は分娩室の前で祈るようにそのときを待ち続けた。そして、妻は元気な女の子を産んだ。――結婚二年目の春のことだった。


「なぜ、今この夢を……」


 寝室で呟いて、枕元の時計に目を移す。いつもより一時間も早く目が覚めた。なんとなくもう一度寝る気にはなれず、ゆっくりと仕事の準備をしようとベッドから身体を起こした。

 昨晩余ったものをおかずに、ひとり朝食を食べる。いつもなら昼食用の弁当を作ってから朝食に取りかかるのだが、あのような夢を見たあとだとなんとなくやる気が起きない。


「久しぶりにコンビニにでも寄るか」


 誰も答えをくれないそのつぶやきは、ただの独り言として真っ白な天井に吸い込まれていった。



 妻との出会いは、お見合いだった。

 近所の世話焼きおばさんが『良い人がいるから! あんたにはちょーっと勿体ないけど』と紹介してくれたのが、妻のやよいだった。

 社会人5年目――私が23の時のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る