22話 決闘

 結論から言って、誰も助けてくれなかった。

 あれよあれよという間に、一週間後に決闘が執り行われることになった。

 ああも人前で啖呵切ったんだもの、引っ込みが付くはずもないけどさ。

 そしてこれには退屈な授業にうんざりしている生徒達は大喜び。

 校内は世紀の決闘の話題で持ちきりだ。


「ここ学校だろ? 決闘なんてしていいのかよ!」


 そんな俺の疑問に対するマイアの答えはこうだった。


『ブリリアント学園側はこういった事態にはノータッチです。実際の貴族社会に起こることには干渉しない、という不文律があります』

「はーあ!? 役立たず!」


 あれだけ先生がいて誰も止めてくれないのかよ!


「失礼します! 新聞部のアランといいます。この度の決闘について是非インタヴューをさせてください!!」

「お断りしますっ」


 元凶の俺に対しても周りはこんな調子だ。


「まーったく」


 ゴシップ記者くんを追い払うと、どっと疲労感が押し寄せてきた。


「大丈夫ですか?」

「エマ……」


 気付くとエマが心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んでいる。


「ごめんなさい、何もできなくて……」

「いえ、エマは悪くないわ」


 そう、エマはまったく悪くない。悪いのは……そう、レオポルト王子とオクタヴィアン先輩だ!!


「ふう……落ち着かん。シャルロット、『ルークス』のサロンに行こう」

「仕方ないですわね」


 言い出しっぺは王子だが、彼も周りの反応には参っているらしい。

 自業自得だが、サロンに行くのは賛成。

 あそこなら入れる生徒も限られているし、まだマシだ。

 そのはずだったのだが……。


「あ……」

「おや、シャルロット」


 そこにはオクタヴィアンが先客としていた。

 あー……そうか、彼も当然特権階級の生徒だった。このサロンにいるのは当然だ。


「悪いけど、僕は負けるつもりはないよ」

「当然、私もですよ。先輩」


 オクタヴィアンとレオポルトの間に見えない火花が走る。


「大丈夫かい? 決闘は剣術だ。真剣ではないと言っても怪我をするかもしれないぞ」

「私は幼い頃から文武両道を旨とする王家の一員として育てられてきました。あなたこそ油断なぞなさらないほうが」


 バチバチィ!! より一層二人の間の火花が激しくなる。


「どうなるんだぁ……?」

「それはですね!」

「うわぁ!」


 二人の勝負がどうなるのか、予想が付かない俺の呟きを耳にしたソフィアがぴょっこり顔を出した。


「オクタヴィアン先輩の家系は意外でしょうが武闘派なのです。軍部に強い繋がりがあり、剣術に関してはお父上はこの国の二大流派の免許皆伝。オクタヴィアン先輩もかなりの腕前と聞きます」

「なんだって……」


 あの女みたいな顔からは想像つかないが……。なるほど、余裕を見せつけるのも納得だ。


「レオポルト王子はどうだ。勝算はあるのか?」


 この勝負、どっちが勝とうが負けようが究極どーでもいいって言えばそうなんだけど、今レオポルトの側に近寄れなくなるとエマとくっつける作戦ができなくなってしまう……!


「王子も王家の剣術指南役に幼い頃から指導されてきたと聞きます。正直……この勝負、読み切れません」

「そうか……」


 今回に限っては、がんばれレオポルト……!


 そして一週間後……とうとう決闘の日が来た。


「ディーン・ド・バローはこの決闘の立会人としてここに公正に行われることを証明する」


 学園の庭の広場に集まったレオポルト王子とオクタヴィアン先輩。そして俺。

 そしてその何倍もの人数の野次馬たち。

 彼らを前に、ディーンは無表情で厳かにそう告げた。


「では、両者。武器を」


 二人の前に剣が運ばれてくる。剣といっても木刀に板金を施したものだ。それでも当たればかなり痛いだろうし怪我もするだろう。


「シャルロット様……」


 エマが俺に寄り添って、背中をさすってくれた。


「では、我が婚約者の名誉にかけて」

「私は私の愛をかけて」


 両者は互いに剣を構えた。広場は静寂に包まれている。


「ではいざ尋常に勝負!」


 ディーンのかけ声とともに、先に動いたのは王子だった。


「やっ」


 鋭い一閃が、オクタヴィアンを襲う。

 しかし彼はひらりとそれをかわす。その動きはまるで蝶が羽ばたいたかのようだった。


「動きが大ぶりだよ。王子」


 そしてオクタヴィアンの剣先が王子に向かって振り落とされた。


「くっ……」


 カキン! と乾いた音がした。オクタヴィアンの攻撃はすんでのところでレオポルトの剣で防がれた。


「甘い甘い……!」


 すぐにオクタヴィアンの攻撃が雨のように王子に襲いかかる。

 カンカンッ、と音を立てレオポルトはそれを躱す。


「どうした、こんなものか?」


 オクタヴィアンが勝ち誇った顔でレオポルトを煽った。


「そちらこそ……攻撃が軽いですよ?」


 そう言うなり、レオポルトの剣が大きく振り落とされた。


「む……」


 オクタヴィアンがその太刀筋を剣で受け止める。だが王子は構わずに剣を押し込む。


「誓ってください、今ここで! シャルロットにつきまとわないと」

「嫌だね!」


 オクタヴィアンが剣をはじき返す。

 そして再び剣戟が始まった。

 目にも止まらぬ攻防。


「あああ……どうなってるんだ」

「このソフィアが解説します!」

「……お願い」

「王子の方が体格もいいですし、剣筋も重いです。当たれば怪我は必至でしょう。しかしオクタヴィアン先輩はスピードがあります。攻撃も早い。避けきらねば王子も無事ではいられないでしょう。今見たところ、二人の実力は拮抗しています」


 なるほど。ということはどちらが勝つか分からないってことか……。

 そう言っている間にも、戦いは続いている。

 王子に負けられる訳にはいかない。


「レ……レオポルト王子!! がんばって!」


 気が付くと俺は大声で応援していた。


「王子、がんばってくださいまし!」

「ファイトですわ!」

「そこ! ああ惜しい! 諦めずに攻撃を」


 俺の声に、取り巻き達も応援をはじめる。


「どうか気を付けて……!」


 そしてエマも。

 ああ、見守るしかないのがもどかしい……。

 この勝負、どうなるのか?


 その時だった。王子の振り上げた剣がオクタヴィアンの剣を跳ね上げた。

 カァン! と音を立て剣が地面に落ちる。


「勝負あり……!」


 ディーンが慌てて試合を止めた。


「はぁ……はぁ……」

「……先輩」

「この体力おばけめ」

「私の勝ち、ですね」

「……」


 勝負は決まった。これでオクタヴィアンが俺に接触することはできなくなる。


「……ふ、勝負は勝負だ……しかたな……」


 オクタヴィアンが負けを認めた途端に蹲った。

 ……ん? 息が上がってるだけにしては妙じゃないか?


「誰か! 保険医を呼べ!!」


 王子も異変を感じたか、そう叫んだ。

 見守っていた他の生徒達が慌てて動き出し、広場は悲鳴とどよめきに埋め尽くされていった。

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