21話 愛だの恋だの

「これ……」

「あ、失礼」


 オクタヴィアンはかがみ込んでそっとそのロケットを広うと手のひらに大事そうに包みこんだ。

 そこには金髪に青い眼の女性が描かれていた。それはどこか頼りなく儚げに俺には映った。


「……母だよ」

「おかあさん」


 えー……こいつマザコンキャラ?


「お美しいのね」


 とりあえず俺はそんなことを考えながら口ではそう答えた。

 するとオクタヴィアンは俺の手をまたぎゅううっと握る。


「そうだろう!? ……シャルロット、君に似ていると思うんだ」

「えええ?」


 同じなのは髪と目の色くらいだと思いますけど?

 ああ、随分マザコン拗らせちゃってるんだなぁ。

 そんな俺のあきれ顔なんかに気が付かずに、彼は俺に囁いた。


「……僕は君をきっと王子から奪ってみせるよ」


 うわっ、ぞわぞわする!!


「――言ってろよ」

「え?」


 自分でもビックリするくらい低い声が出た。


「俺が優しくて控えめ? 何処見てんだ? お前の母さんとだって見た目がちょっと似てるくらいじゃないか!!」

「え?」

「それで恋だの愛だのなんて……馬鹿らしい」

「シャ……シャルロット」


 突然、化けの皮を剥いだ俺に、オクタヴィアンが呆然としている。


「しっ、失礼します!」


 俺は色々と限界が来て、食堂の個室を飛び出した。


「はぁ……しんど……」


 俺は外の空気を吸おうと、庭園に出た。そこのベンチに座って考え込む。


「オクタヴィアンは俺に母親の面影を見ているのか……」

『みたいですねぇ』


 気が付くと、頭の上にマイアがちょこんと乗っている。


「ごめん、マイア。思わず本音がだだ漏れちゃった」

『あれでいいんじゃないですか? 元々賑やかしのさほど重要ではないキャラクターですし』

「そっか……ならいいんだ」


 これからはあのオクタヴィアン先輩に近寄るのはよそう。

 あっちもあんな俺を見たらもう寄ってこないだろう。




 ところが翌日。


「シャルロット……!」

「うわっ、また出た!!」


 あれだけ冷たくあしらったのに、放課後になると同時にオクタヴィアンは一年生の教室に現われた。


「な、なんの用ですか」

「……君に謝りたくて」

「へぇ?」


 するとオクタヴィアンは俺の前に跪き、頭を垂れた。


「昨日、君にああ言われて僕は目が冷めた……! 俺は恋に恋しているだけだった。その証拠に、君というものをちゃんと見ていなかった」

「うんうん」


 ま、その通りだな。理解してくれてなによりだ。


「だから……」

「ん?」

「僕はシャルロットの下僕しもべになりたい……!」

「えええっ!?」


 いきなり何を言い出したんだこいつは。下僕ってなんだよ……!?!?


『あー好感度が80%! 甘やかされて育ったお坊ちゃんだから悠斗の切れっぷりが逆にツボってしまったのかもなの』


 マイアのそんな声が聞こえてくる。じょ、冗談じゃない!


「お、お断りします!」

「そう言わないでくれ、昨日ガツンと君に言われて俺は魂が震える思いがした! 君の側に居たいんだ!」

「ちょ、ちょっと。いい加減立ち上がってください、先輩」


 彼の言い分にもびっくりだが、一番まずいのはクラス中のみんなの前だってことだ。


「先輩だなんて……どうかオクタヴィアンと呼んでくれ」

「だーかーらー」


 俺がまた断ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。

 振り向くとそこにはニコニコと貼り付いた笑顔のレオポルト王子がいた。


「それは聞き捨てなりませんね」


 スウッと見開かれた目の色はまったく笑っていない。


「私だってシャルロットにレオと呼んで貰えないのに……!」


 あ、そこーー!? っていうか今まで日和見気味だったレオポルト王子がマジで怒ってるみたいなんですけど?


「先輩と思っていままで見過ごしてきましたが……いい加減にしてください。シャルロットが嫌がってるじゃないですか。それに彼女は私の婚約者です」

「……それは周りが決めたことだろう?」

「なんだって?」

「僕は本当の恋に目覚めた。でも彼女はどうだ? 親たちが勝手に決めた相手を本当に愛しているのか?」


 レオポルトが俺を見た。その目はどこか不安そうである。

 安心させてあげたいけど……それだと俺への好感度がまた上がってしまう。

 むしろコレは好機だ。


「シャルロット……」

「王子、私は……」


 言うんだ、悠斗。別に好きじゃありませんっって。

 そうしたら俺はこの世界から解放されて生き返ることが出来るんだ……。

 だが、俺が口を開く前にレオポルト王子が俺に語りかけた。


「シャルロット、私は君が好きだ。もし私の態度が君を不安にさせていたのなら済まない」

「えー?」

「だから……」


 レオポルト王子は白い手袋をオクタヴィアンに投げつけた。

 どこから出てきたんだ、その手袋!!


「決闘です、オクタヴィアン先輩」

「け、決闘!」


 なんてこと言い出すんだよ、王子!!


「負けたものは金輪際、シャルロットにつきまとわないこと!」

「……ふ、いいだろう。その勝負、受けてたつ!!」


 ちょおっとまってぇ!!!! 俺を置いてけぼりにして勝手に盛り上がらないでぇ!!

 俺の内心の悲鳴は誰にも届かない。

 やがて、呆然と事の成り行きを見ていたクラスメイト達の間から拍手が湧き起こった。


「さすがシャルロット様、あんなに麗しい二人を相手に……」

「シャルロット様を巡る熱い戦いですのね!」

「むむーっ、これはレオポルト様派のわたくしも目が離せません!」


 取り巻き達も好き勝手言いやがって。

 どうするんだよ。誰か、誰か助けて……!!

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