20話 憂鬱な昼食会
「はぁ……まったく……」
「シャルロット様、大きなため息」
その日、学校を終えて帰ってきた俺はエマを部屋に誘い、メイドのアンによるスペシャルトリートメントを施されている。
「二週間に一度ほど、このように特別なお手入れをすることをお薦めします」
「……」
まるで職人のような手さばきでアンは俺とエマの顔をマッサージしている。
どこでその技術を得たのか不明だが、とにかく気持ちがいい。
これで明日の用事がなければ御の字なんだけど。
「ねぇ……エマ。オクタヴィアン先輩のことどう思う?」
「先輩ですか……そうですね、女生徒達にいつも囲まれていてちょっと大変そうって思ってます」
「そんなになの?」
「ええ。シャルロット様という許嫁がいる王子と違いますし、あの美貌ですから」
「ああ……」
あわよくば家柄も良くてハンサムな彼を射止めたいという女生徒が群がってる訳だ。
一方、レオポルト王子の周りは俺……シャルロットが睨みを利かせているから混乱は少ない。
「先輩は演劇部に所属していて、彼が出る舞台が始まると大騒ぎになるんです。ですから親衛隊なんてのもあるんですよ」
「へぇ……」
そんな感じでこの学園一の人気を誇っていた訳だ。だけどそこにレオポルト王子が入学してきた。
俺から見ても完璧な麗しさと、この国一番の家柄をひっさげたレオポルトが。
まぁ、正直面白くはないよな……。
「エマはオクタヴィアン先輩のこと、どう思う?」
念の為、一応エマにそう聞いてみる。
「はぁ……素敵な方だとは思いますが」
真っ白なパックでエマの表情は分からなかったが、口調から他人事のようなニュアンスを読み取った。
この調子ならエマと王子の邪魔をする心配はしなくてもよさそうだ。
「シャルロット様こそ大丈夫ですか?」
「え、なんで? ……ですの」
「……オクタヴィアン先輩からその……堂々とアプローチされて……」
「私はなんてことないわ」
何度だっていうけど俺は女の子が好きなんだから!!
「そうですか。シャルロット様がそう言うなら……」
「逆にオクタヴィアン先輩が心配だわ。王子が怖くはないのかしら」
「そうですね……王子も元々争い事はお嫌いですし、隣国との関係性を考えると強い態度に出られないのではないでしょうか」
「そういうことね……」
王子がバシッと言ってくれればそれで済むのになぁ。
俺はそう一瞬考えて慌ててその考えをかき消した。
……いいんだよレオポルト王子とはいずれ別れるんだから!
そうだ、逆にコレは好機じゃないか? 王子がのらりくらりしてるからシャルロットは別の男と浮気しちゃうって訳だ。
(待て、そしたらディーンはどうなる?)
せっかくこっちに関心を向けさせている最中のディーンがくるりとエマの方を向いたりしたらやっかいじゃないか。
「うう……やっぱり面倒くさい」
昼食会がますます憂鬱になった。だけど、約束を破ったりしたら余計にややこしくなりそうだ。なんとかやり過ごすか……。
翌日。俺は学生食堂の個室に招かれていた。
なんだって学校の施設にそんなものがあるのか小一時間問い詰めたいところだけど。
「ようこそ、シャルロット」
「はい」
俺は仏頂面のまま、オクタヴィアン先輩の向かいに座った。
「僕のお抱えのシェフは隣国の出身なんだ。コモナの料理を是非楽しんで欲しい」
「はい」
ここまでは俺も冷静だった。
だけど運ばれてきた料理を見て、思わず俺は前のめりになってしまった。
(これはお好み焼き……っ!?)
運ばれてきたものはどう見てもお好み焼きだった。しかも焼きそば入りのモダン焼き。
うそだろ……!
「さぁ、温かいうちに」
「はっ、はい……」
ナイフとフォークで戴くのが変な感じ。ぱくり。
……やっぱり味も食感もお好み焼きだ。
ちょっと! ゲーム開発の人に関西人でもいた訳!?
「おいしい」
このところ小洒落たフレンチみたいな食事ばかり取っていた俺は、久々のソース味に感動していた。
「そう良かった。コモナ料理は見た目は簡素だけど、味はいいだろう?」
「……ええ」
俺が思わず微笑んだのを見て、オクタヴィアンも微笑み返す。
おいおい、お好み焼きで買収されてるんじゃない! 俺!
「あの……お料理はとても美味しいんですけど、こういうのはこれっきりにしてくれませんか」
「……どうしてだい」
「だって私にはレオポルト王子という婚約者がいるんですよ」
「それがなんだっていうんだい」
向かい側からオクタヴィアンの長い手が伸びてきて、俺の手を取った。
「僕の父は隣国の王女であった母に一目惚れをして結婚した。僕も欲しいものには妥協はしたくない」
「だとしても、なんで私なんですか」
いい加減にして欲しいという気持ちを籠めて、俺はオクタヴィアンにそう言い放った。
「簡単に手折れる花に僕は興味はないのさ」
「王子と張り合うおつもりならやめた方が良いかと」
「……それだけじゃない。優しく控えめな君を本当に好きだからさ」
――ん!? 今なんて言った?
優しくて控えめ? 俺はナイフに映っている自分を見た。
気の強そうな瞳、主張の強い巻き髪……これのどこが優しく控えめなんだ?
どちらかといえば、それはエマを指しているように思う。
「……ごちそうさまです。お料理美味しかったです。では、先輩私はこれで」
「待ってくれ!」
一方的に話を切り上げて、席を立った俺の腕をオクタヴィアンが掴む。
その時だった。
カツーン……と何かが床に落ちた。
「あ……」
落ちたのは銀色のロケットペンダント。衝撃で中が開いてしまっている。
その中身を見た俺の目は大きく見開かれたのだった。
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