18話 悪役令嬢らしいって

「マイア! 出てきてくれ」


 俺は部屋に戻ると、さっそくマイアを呼び出した。


「はーいなの」


 ぽんっと空中にマイアが現われる。うたた寝でもしていたのか眠そうに目をこすっている。


「おかえりなしゃい、悠斗……」

「寝ぼけてないで、ほら『ステータス』!」

「はいはい……」


 マイアは緩慢な動きで空中にステータスを出した。


【エマ】

魅力度:400


好感度:レオポルト 30%

    アンリ  52%

    ディーン  20%

    オクタヴィアン  10%

    マリユス  5%


  魅力度が少し上がってる。それからレオポルトへの好感度も上がった。だけど……。


「エマへの好感度はどうなってる」

「はい」


 するともう一枚ステータスが現われる。


【エマ】


好感度:レオポルト 20%

    ディーン  10%

    サム    50%


 ……だから誰なんだサム。とうとう恋心にまで到達したじゃないか。

 問題はそこじゃない。


「はーっ、まだまだ恋心には遠いかーっ」


 俺はがっかりしてバッタリとベッドの上に倒れ込んだ。


「でもどちらの好感度も上がったじゃないですよ」

「そうなんだけどさー」


 俺が不満そうにむくれていると、マイアは俺の顔を覗き込んだ。


「……何かあせってますの?」

「う……」


 ずばりと言い当てられて俺は呻いた。


「どうしたんです、いきなり」

「その……早くしないとこの世界が崩壊しちゃうと思って」

「ええ……」

「そしたらこの世界に住んでる人もいなくなるんだろ」

「そうですが」

「だから……だからさ……」


 俺がうまいこと説明出来ずにいると、マイアがポンと肩を叩いた。


「悠斗の気持ちは嬉しいです。ですがこればかりは焦りすぎてもいけません。確実に好感度を積み重ねるしかないですよ」

「そうだけど……」

「そうですね、もし悠斗がなにか他にできることとしたら、きちんと『悪役令嬢』としてふるまうことなの」

「『悪役令嬢』として」


 俺がマイアを見あげると、彼女はコクンと頷いた。


「そう、前に説明したですの。ゲーム内の役割を全うすることで崩壊を押さえられると」

「ゲーム内の役割……そっか。俺頑張ってみる」


 焦っては駄目か。ありがとうマイア。お前にそう言って貰えると気が楽になるよ。

 こうして俺はメインシナリオ通りにゲームを進行するとともにゲーム内の役割らしく振る舞うよう努めることを改めて決意した。



「それでね、エマ」

「はい……」

「次の週末はどう過ごそうかしらって考えてるの……イテッ」

「はい……」

「なにかいい案はなくて? イテテッ」

「あの……」


 自室に呼び出したエマに語りかける俺に、エマは不可解そうな目でじっと見ている。


「なーに?」

「どうしたんですか、その……ちゃん」

「えっと……」


 ほ、ほら悪役といったら膝の上に猫を乗せて喋るあれだろう!?

 てなわけで学園の庭にいた野良猫を餌で釣ったのだ。

 ところがこいつは甘噛みしたり爪を立てたりしてまるでじっとしてくれない!


「うにゃにゃん!」

「庭にいつもいる猫ちゃんですよね。帰りたがってるんじゃないですか」

「うん……そうね」


 俺は猫を窓からそっと庭に追い出した。


「にゃおおーん」


 エマはぜんぜん怖がってくれないし。駄目だったか。


「週末の予定ですか……」


 エマは別のことでうーんと考え込んでいる。失敗だ。まるで効いてない。

 俺はがっかりしながら庭の茂みに消えて行く猫ちゃんの姿を目で追っていた。


「あら」

「どうしたんですか? シャルロット様」

「……雨!!」


 突然のにわか雨が降り出した。これはチャンス!


「アン! 傘はある!?」

「はっ、ここに」


 俺はアンに差し出された傘を引っつかむと、そのまま中庭から外に出た。


「こんな雨の中、どこに行く気ですか!? シャルロット様!!」


 そんな俺の後ろをエマが追いかけてくる。

 そうだ、付いてこい。そして俺のこの姿を見ろ!!

 えーっと確かこの辺にいつもいたような……。

 あ! いた!


「……お前、寒いだろう」


 俺は時々庭に入り込んでいる犬に話しかけた。

 どうも誰かが餌付けしてるみたいなんだよね。

 そんなワン公が濡れないように俺はそっと傘を差し掛ける。

 どうだね、エマ。悪役の見せる意外な優しさ……。これは効くだろう!


「シャルロット様……」


 エマはそんな俺の姿を見て、ハッと息を飲んだ。

 そう、俺は悪役な令嬢なのだ。この姿にはびっくりだろう。


「シャルロット様、ワンちゃんが心配だったんですね。なんてお優しい……」

「……ん?」

「やっぱりシャルロット様は素敵な方ですわ」

「んんっ?」


 ちょっと、そこはすんなり納得しないで欲しいなぁ!!

 今までの悪役ぶりが足りなかったのだろうか……。

 俺がぶつぶつと考え込んでいると、エマがハッと視線を移した。


「シャルロット様、危ない!!」

「えっ?」

「ワンちゃんから離れてください!」


 フッと見ると、ワンちゃんは歯を剥き出しにしてなぜか臨戦態勢に入っていた。


「わわわ! なんで!?」


 俺は傘を放り出してその場から逃げ出した。エマも一緒に駆け出す。


「わわわわん!! わん!」

「わーっ!!!!」

「ぐるるるるるっ」

「来るなってーっ!」


 駆けだした俺達に余計にワンちゃんは興奮したのか追いかけてくる。

 ぎゃーっ、どうしよう!?

 その時だった。


「ふんっ!」


 何かが目の前を掠めていく。それは棒だった。


「ひゃんあひゃんあひゃーん!」


 俺達を追いかけることに夢中だったワンちゃんは棒を追いかけてUターンして去って行った。


「……大丈夫かい」

「レオポルト王子……」


 霧雨に濡れた黒髪は艶々と美しく、艶めかしい。


「シャルロット?」

「あ、ああありがとう……」


 俺はようやくそこでどうやら通りがかりの王子が棒を投げて犬を追い払ってくれたということに気が付いた。


「お見事でしたわ、レオポルト王子!!」


 エマはそんな王子に手放しで拍手をしていた。

 えーっとこれはどういうことなのかな、と俺が戸惑っているとマイアの声が脳内に響いた。


『おめでとうございますなの! エマの王子への好感度が上がりました! さすが悠斗です』

「あは……あははは……」


 えっと、俺は悪役令嬢らしくしようとしただけで好感度アップする為に動いてた訳では……。複雑だ……。


『やはり、悠斗だけがこの世界を救えるのですよ!』


 マイアの賞賛が胸に痛い。ああ、俺はどうやったら悪役令嬢らしくできるんだ……。

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