17話 この世界で

「わぁ、大きい書店ですわね」


 ソフィアが案内してくれた本屋さんは俺の想像を超える規模だった。

 しかも内装がとても書店とは思えない。

 天井からはシャンデリア。そこここにソファが配置してあって、ずらっと本棚が並んでいる以外はまるで高級ホテルのラウンジのようだった。


「モンルーズは近隣にブリリアント学園がありますから。普通の街にこんな書店はさすがにありませんわ」


 驚いている俺にソフィアがそう説明してくれた。

 なるほど、貴族の学生向けの本屋さんという訳だ。

 それならばこの内装にも納得がいくか。


「みんな読書家なのね」


 俺がそう答えると、ソフィアはちょっと悲しそうな顔をした。


「いいえ……皆さん教養程度には読書をたしなみますけど、本当に本が好きかどうか……」

「あら」

「でもこの書店の品揃えは本当に一級です。ですから! 皆さんにご紹介したかったのです。ここなら面白い本がいっぱいなのでみんな本が好きになってくれるんじゃないかって! シャルロット様も欲しい本があったら言ってください」

「そうねぇ……」


 俺はいつも読んでた少年漫画誌が読みたいけどね……さすがにないだろ。


「じゃあ小説かしら」

「どんなものがお好みですか?」

「えっと……冒険モノとか」

「あら、以外なご趣味ですのね」


 おっと、今のは悪役令嬢らしくなかっただろうか。


「あの、えっとソフィアのお薦めのもので良くてよ」

「お任せください!」


 ソフィアはキラリと眼鏡を光らせると、ずんずんと先に進んでいった。

 彼女はこの店のレイアウトを熟知しているらしい。


「こちらですわ。冒険モノですと……これなんかお薦めです。流浪の騎士と姫君のロマンスが……おっとネタバレになってしまいますわね」


 へー……そういう冒険モノね……。ちょっと思ってたのと違うかな。

 どっちかっていうとこっちのタイトルの方が気になる。

 俺はその上にあった本に手を伸ばした。

 う……そうだ。俺の体は今女の子なんだっけ。背伸びしても届かないや……。


「あっ、書店員さんを呼んで来ますわ」


 それに気付いたソフィアが店員さんを呼ぼうとしてくれた。

 その時だった。


「これか?」


 スッと本棚から本が引き抜かれる。


「ディーン……」


 それは俺よりもずっと長身のディーンだった。


「ありがとう」


 俺が彼を見あげながらそうお礼を言うと、ディーンはふいっと視線を逸らした。


「別に、これくらい。当然のことをしたまでだ」


 ふむふむ。そっけないことを言いながらお耳が赤いですよ。

 そうやって、俺のことをもっと意識すればいいと思うよ。

 だからエマと王子の中を邪魔しないでいてくれよな!


 そうだ、エマと王子はどうしているんだろう。

 俺がキョロキョロと店内を見渡すと、二人は詩集のコーナーにいるみたいだ。

 この間も詩集の話で二人は盛り上がってたっけ……。

 俺は棚の影からそーっと様子を窺った。


「こんなに沢山の詩集があるなんて……あっ、これなんて初版じゃないですか」


 エマは品揃えに素直に感動している様子だった。


「あっ……これも探してた……」


 そう言いながらエマが棚に手を伸ばした時だった。

 同時にレオポルト王子も同じ本に手をかけた。

 二人の指先がそっと触れ合う。


「あっ……」


 エマは驚いてパッと手を引っ込めると、ポッと頬を赤らめた。


「申し訳ありません!」

「ははは、気にすることないよ。……この本が気になるのかい?」

「はっ、はい……」

「そうか。困ったな。私もだ」


 王子はそう言って目を細めて微笑んだ。


「ではこうしよう。この本は私が買う。そして読んだらエマ、君に貸そう」

「よ、よろしいのですか?」

「ああ。その代わり読み終わったら感想を聞かせて欲しい」


 エマの顔がパッと輝く。これは……エマの王子への好感度がぐいぐい上がってるんじゃないかな!?


「それは……是非!」


 エマは嬉しそうに答えた。そして王子はその返事に頷くとその詩集を購入した。


「よしよし! いい感じぃ!」


 俺は物陰でぐっと拳を握る。


「シャルロット様、どうされました」


 ふっと声がした方を振り返ると、カトリーヌが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「……えっと、その! お買い物は済んだかしら?」

「ええ」

「ではそろそろ帰りましょう。門限もありますしね」

「そうですわね」


 こうして俺達は書店を出てた。


「「「楽しかったですわー」」」


 取り巻きズはご機嫌である。


「そうね。学園の外も面白かったです。シャルロット様。お誘いいただいてありがとうございました」


 エマもそう言ってくれた。


「うん、なら良かったわ」


 俺はそう答えて学園に帰る為に王子の馬車へと乗り込んだ。

 そうしてゆっくりと馬車は走り出した。


「……」


 俺は馬車の窓から身を乗り出して、遠くなっていくモンルーズの街を眺めた。

 日暮れをむかえた街。あの窓のひとつひとつにそれぞれの生活がある。

 俺の住む現実の日本と同じ様に。


(このまま、ルートを逸脱してこの世界が崩壊したら……あの人たちも消えてしまうんだ)


 目抜き通りの店の笑顔の店員さんも、陽気な屋台のおじさんも、丁寧な物腰の書店員さんも……みんな無かったことになるんだ。

 所詮ゲームだろ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。

 だけど……生き生きとしたあの人たちを目にした俺は、もうそんな風には思えなかった。

 この世界を守る……か……俺だけがそれを成し遂げることができる。


「シャルロット? どうしたんだい」


 いつまでも外を見ている俺に、レオポルト王子がそう問いかけてくる。


「あ……いえ。今日は楽しかったなと思いまして」


 俺はそう言って誤魔化しつつ、改めて責任の重大さを感じていた。


(がんばらなきゃ……このレオポルトとエマを必ずくっつける)


 俺ははじめて、自分の都合以外のことを考えながら馬車の中の王子とエマを見ていた。

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