11話 世界の歪み

「非常にまずいぞ……」


 俺は冬眠前のクマよろしく、寝室をうろうろとしていた。


『どうしました悠斗』


 気が付くと、マイアが誰もいないのをいいことに、大人サイズになって浮かんでいた。


「マイア、何か間違いじゃないのか?」

『なんのことです?』

「エマからの好感度のことだよ! サムってやつのことならともかく、なんで保険医が入ってくるんだ!」

『エマへの好感度と彼女からの好感度はイコールではないですから』

「ぐぬぬ……じゃあ……今のエマからの好感度ってどうなってる?」

「……こんな感じです」


 マイアがさっと手をふる。するといつか見た透明なアクリル板のようなものが現われた。


【エマ】


魅力度:359


好感度:レオポルト 25%


    アンリ  52%


    ディーン  15%


    オクタヴィアン  10%


    マリユス  5%



 魅力度は随分上がったな。うーん、まだ俺の会ったことのない男の名前があとふたつもあるじゃないか。

 これ、全部レオポルトのライバルってことになるんじゃないのか?


「なんでレオポルト以外にこんなに気があるんだ!?」

『普通に生活していれば、恋愛感情までいかなくても好意をもつことってあるじゃないですか』

「うう……そうか……」

『ちなみに50%以上だと恋愛感情になってきます』


 ということはアンリ先生に対してエマは淡い恋愛感情をもっているってことか……。


「あのさ、マイア。俺はこのゲームをクリアすればいいんだよな。もしエマがほかの誰かとくっついたらどうなるんだ? そいつらも攻略対象な訳だろ?」

『それは私からのクリア条件にはなりません。悠斗は死亡したままになります』

「だよな……」

『悠斗、悠斗にはエマとレオポルト王子ルートを是非成立されていただきたいのです。でないと……』


 マイアがそう言った時、ぐらりと足元が揺れた。


「……地震!?」

『いえ、これはこのゲーム内世界が歪んだ証です』

「歪み?」

『ええ。歴代のプレーヤーがイレギュラーな選択を繰り返した結果、この『ブリリアント・キャッスル』の世界は崩壊間近にまで歪んでしまったのです。それを正すことができるのは、いまのところ悠斗あなただけです』

「俺……?」

『ええ。だからこそあなたにはエマとレオポルト王子ルートを確立させて貰わなくては……!!』

「聞いてねえし!!」


 俺はマイアの勝手な言い分に吠えた。なんだ、世界の崩壊って!?


「そんなの背負えないよ!」

『そー言うと思ってたから黙ってたんじゃないですか』

「んな勝手な!」

『……こんな喧嘩をしている場合ではありません。今この時になにか歪みが大きくなる事象が起きたということですよ』


 え……ってことは……。


『エマの身になにかが起こっていますなの』

「そ、そんな……」


 行かなきゃ……!! あっ……そう言えば、一応聞いておこう。


「マイア、このゲームって」

『安心してください、全年齢ですよ』

「よし!!」


 俺は大きく頷くと、部屋を飛び出した。




「駄目だよ、子ウサギちゃん。こんな時間に出歩いては」

「ごめんなさい。でも私……」


 ふわあああああっ!

 俺は思わず絶叫しそうになるのをぐっと堪えた。

 ここは学園の中庭。夜の誰もいないはずの庭園に月明かりを受けて佇んでいるのはエマと……アンリ先生だ!!


「なんだか眠れなくて」

「温かいミルクでも飲めばいい」

「そんなの……子供扱いしないでください」


 なーに言ってんだオメー!!!!

 

「そうかい? 確かに最近キレイになったものね」


 それは俺とアンの努力のたまものだ!

 そんな俺の無言の叫びは二人に届くはずもない。

 アンリ先生はエマの顎に手をやり、二人は――。


「きえーーーー!!!!」

「きゃあ!」

「……シャルロット?」


 俺は耐えられなくなって植木を踏みつけにしながら二人の前に躍り出た。


「ああーーら、月の綺麗な夜ね?」

「……そうですね、シャルロット様」

「どうしたんだい」

「ちょっと散歩を。そちらは? こんな時間に、先生といえど異性と一緒にいるなんて、品性を疑われますわよ」


 俺はどん、とエマに言い放った。


「……私も散歩を」

「私もだよ。たまたま会ったんだ」

「そうですの。ではそろそろ寝ませんと。お肌に悪くてよ」

「そうですね」

「はい、じゃあ解散、解散!!」


 俺はそう言ってパンパンと手を叩いて強引にその場をお開きにした。


「まったく油断も隙もないザマス!」

『悠斗……なんですかそれ……』


 俺はぷんぷんしながら部屋に戻った。……ん? ぷんぷん? なんで俺がぷんぷんしなきゃならないんだ。あーもう、わけわからん!

 俺はぐったりしながらベッドに潜り込んだ。


「どっと疲れたよ、マイア」

『そうでしょうね。さあ明日も沢山やることはありますよ』

「うん……そうだな。今日みたいなことがやっぱあるのか?」

『ないとは言えません、が……基本は王子ルートを辿るよう仕向けていけばそう多くはないはず』

「そうか。やはり基本は忠実に守らなきゃってことか」

『そうですね。物わかりが良くて助かります』


 うーん、もっと王子とエマを親密にする……どうしたらいいかな。


「そうだ、合コンとか?」

『合コンという概念はこの世界にはないですが……そうですね。お茶会とかはどうですか?』

「なるほど」


 こうして俺は、エマを迎えてお茶会を開くことを心に決めた。

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