12話 天使の休息

「お茶会、ですか」

「ええ。あなたが『お友達』になったのに、そのお披露目のお茶会をしてなかったと思って」

「でも、私なんかにそんなもったいないです」

「いいの。私があなたをみんなに紹介したいのよ。いいわね」

「は、はい……」


 翌日、早速そう持ちかけると、エマは戸惑いながらも承諾してくれた。

 にやり。

 こうして俺はエマとレオポルト王子の仲を深めるお茶会を開催することにしたのだ。


「シャルロット様主催のお茶会なんて久し振りですわね」


 放課後の『ルークス』のサロンでうっとりとしながら俺に言ったのは取り巻き一号のカトリーヌ。


「ええそうね」

「それにしてもエマが主役というのはなんだか納得がいきませんわ」


 そう言うのはグレースだ。


「まぁまぁ、先輩としてわたくし達が指導をすべきでしょう」


 グレースを窘めつつ、そら恐ろしいことを言っているのはソフィアだ。


「ねぇシャルロット様?」

「何かしら? カトリーヌ」

「今回のお茶会のテーマは何でしょうか」

「て、テーマ……?」


 なんだよ、お茶会にテーマがあるのか!?


「前回の『薔薇の女王のお茶会』は素敵でしたわ」

「はは……今回はそんなに大袈裟にしないでもいいと思うわ」

「ええー……?」


 カトリーヌが至極残念そうな顔をした。


「そうですわ、私に考えがあります」

「どうしたの、ソフィア」


 突然眼鏡をくいっとあげてソフィアが前に進み出た。


「テーマはエマさんに決めてもらいましょう」

「ええっ」

「これで彼女のセンスもわかりますわ……ね?」


 キラリと眼鏡が光った。……気がした。


「それはいい考えですわ! さすが学年一の才媛ね! ヘタな案ならわたくし達のグループにはふさわしくないということですわね」


 それを聞いてグレースは手を叩く。あっちゃあ……これで不採用にしたら取り巻き達の不満が爆発しそうだ。

 しかたない。エマには気の毒だけど、その方向で進めさせて貰おうか。


「わかったわ。エマにそう伝えましょう。エマ!!」


 俺は少し離れた窓際で本を読んでいたエマを呼びつける。


「……え? お茶会のテーマですか?」

「ええ。あなたの歓迎会なのだからエマに決めて貰おうということになったの」

「……」


 エマは黙り込んでしまった。無理もないよな……お茶会のテーマなんて俺にはなんにも思いつかないもの。


「……『天使の安らぎ』なんてどうでしょう」

「へ?」

「今、天使をテーマの詩集を読んでました。ベストセラーのこの詩集をテーマにしたお茶会なら素敵じゃないでしょうか」

「……ふ、ふーん。いいじゃない」


 詩集をテーマにね……俺にはまったく兼ね備えられてない感性だ。


「ではそれをテーマにしましょうね」


 俺はにっこりと笑うと、取り巻き達にそのことを伝えた。


「『天使のやすらぎ』……」

「悪くないですわ」

「ちっ……」


 不満そうではあったけれど、取り巻きズも納得したようだ。




「アーン!!」

「はい、シャルロット様!」


 さっそく俺は部屋に戻るなり、手に入れた詩集『天使の安らぎ』をアンに押しつけた。


「これをテーマのお茶会をやるから準備して!!!!」

「……えっ」

「いいわね!」

「はい、かしこまりました。お任せください」


 これで良し。詩なんて読む趣味もないし、アンの方がセンスがあるだろうし。


「さて、それよりもお茶会でどうやって仲良くなるかを考えなくちゃ」


 俺はごろりとベッドに横になり、考えを巡らせた。


「うーん、うーん、むにゃ……」


 しかしふわふわのマットレスの誘惑に、俺の瞼はじわじわと下がっていったのである。




「す……素晴らしいっ!」

 

 それから一週間後。とうとうお茶会の日がやってきた。

 お茶会に向かう準備をしながらアンが頬を赤らめて、うっとりとしながら俺に言う。


「そう? これじゃまるで仮装じゃ……」


 俺はアンにふんわりとした白いドレスを着せられて、頭には薔薇の花冠、背中には羽根を背負わされている。髪の毛はいつものぐるぐる縦ロールではなく、ゆるめに巻いてある。

 これがアンの天使のイメージらしい。


「ふふふ……これくらいなさって当然です。シャルロット様主催のお茶会なのですから!」

「うん……」

「シャルロット様、とっても似合ってますよ」


 気恥ずかしくて抵抗感が隠せない俺に向かって、エマはにっこりと笑った。

 そんなエマはギリシャの女神様のようなドレスを着て、これまた背中に羽根、髪には月桂樹を模した金の髪飾り。


「私まで素敵にしていただいて……」

「エマこそ似合っているわ」

「ま……まあ」


 かあーっとエマの顔が耳まで赤くなる。本当にすぐ赤くなるな。エマはこれが恥ずかしくていやみたいだけど、可愛いと思う。


「さ、お嬢様がた。準備は宜しいですね」

「はい!」


 そんな訳で『天使の休息』をテーマにしたお茶会が始まった。


 会場になったのは学生寮の会議室。ここなら男女関係なく集まれるし。

 

「わぁ……」


 そこの扉を開けた俺は思わず息を飲んだ。

 天井からは薄いピンクや紫、青などのパステルカラーのリボンが垂らされ、装花はすべてかすみ草。まるで雲のように大量に飾られている。

 ソファーも白い布で覆われ、クッションが沢山置いてある。


「これをエマが……?」

「ええ、アンにも手伝ってもらいました」

「すごいなぁ」

「ありがとうございます。さあそろそろ皆さんがやってくるころでしょうか」

「そうね」


 俺達は入り口側に立ち、招待客がくるのを待った。


「こんにちは……まあ……」

「これは……」

「むむ……まさに天使の住む城、と言ったところでしょうか」


 取り巻きズもこれには舌を巻いていた。

 ふふん。俺は何もしていないのに得意な気分になった。


「さあさあ、カトリーヌたちはこちらに座って」

「ああシャルロット様、素晴らしい催しですわねぇ」


 そんな取り巻きズは揃いのパステルカラーのドレスに羽根を付けている。

 ……良かった。みんな似たような思考回路で。

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