4話 『悪役』令嬢シャルロット

『悠斗! 悠斗ーっ!』

「あ゛? どこ行ってたんだよマイア!」

『エマを探していました、さあ裏庭に行きましょう。今なら誰もいません』

「おっ、そうか」


 王子は後回しだ。まずはエマに悪役令嬢として振る舞わなきゃな。


「よっし行くぞ」


 俺は急いで裏庭に向かった。物陰から覗くと、エマは小さな花壇を手入れしている。こんな所、誰も見ないだろうにな


『……どうする気です?』

「大丈夫だ、マイア。俺に考えがある」


 俺は物陰から踏み出した。悪役……すなわち敵のボス。そう考えた俺はある答えに行き着いていた。授業中に。


「おい……」


 俺は一人たたずむエマに話しかけた。振り向いたエマの顔がちょっとひくつく。


「お前……力が……欲しいか……(助けはいりませんか)」

「はっ!? あの? え?」

「誰をも凌駕する力が……富が! 名声が! 欲しくはないか!(みんなを見返しませんか)」

「えっ、別に……」

「ククク……遠慮する事はない。我が力を持ってすればかような事、児戯に等しい……(なんてことはないですよ)」


 どうだ、これなら悪役っぽくないか……?


「さあ我が手を取れ! 共に立つのだ……!(がんばろっ)」

「けっ、結構です……!!」


 エマは俺の差し出した手をばっと払って駆けだした。


「なにゆえ退ける! ……人の限界を超えて新たな存在となれるのだぞ!(なぜですか、新しい自分に出会いたくないですか)」

『……何やってるんです、悠斗』

「え。悪役令嬢だけど」


 マイアの声が静かな怒りを孕んでいる。それは俺の答えで爆発した。


『今の! どこが! 悪役令嬢だったんですか!?』

「うん……ボスっぽくなかった?」

『悪役令嬢とボスは違いまーーーーす!!!!』

「ごっ、ごめん!」


 ……違うのか。俺はがっかりした。頑張ったのにこの言いぐさだ。


「はぁ……」

『そ、そんなに気を落とさないでください……まだチャンスはありますから』


 あんまりしょんぼりしているから、マイアが慌てたように付け足した。うん、そうだな。次こそちゃんとやろう。俺は気を取り直して部屋へと戻った。


 ――翌日。俺は随分と早起きをした。侍女のアンはぶつぶつ文句を言っていたけど、俺は早速裏庭に向かった。


「いたいた……」

『今度こそ大丈夫なのよ?』

「ああ、夜中に考えに考え抜いた! 完璧だ!」


 俺は自信満々にエマの前に躍り出た。エマは追い詰められた猫のように壁際まで後ずさった。


「ん?」

「また出た……!」


 またとは失礼な。ああでも昨日は二回玉砕したもんな。今日こそ俺が悪役令嬢だと認めさせてやる。


「おい、エマ!」

「はい……」

「何だーっ! 気合い入ってねーな! キ○○ピーマついてるのか!? ああ!!」


 俺は持っていたマイクを地面に叩きつけた。


「ええ?」

「拾え! そして答えろ!」

「あ、あわわわ……」


 エマは俺の怒号に地面のマイクを拾った。そして答えた。


「あの……ついてません」

「そりゃそうだ!」

「ひっ」

「あ、マイク返して。今日こそは! 俺を悪役令嬢だと認めさせてやる!」


 エマはきょとんとした顔をした。そこに俺は追い打ちをかける。


「わかったかー!」

「わか、わ、わかりました……!」

「悪役令嬢だー!」

「あくやく? れいじょう? です、はい」

「なら善し!」


 ザン! と効果音のしそうな勢いで、俺はその場を立ち去った。


「よし、やったぞ!」

『――やったじゃないですよ!!』


 途端にマイアのキンキン声が脳内に響く。俺は耳を塞いだがそれで聞こえなくなるようなものでは無かった。


『なんなんですか、アレ!』

「悪役レスラーを参考にした。エマに悪役令嬢だと認めさせたぞ」

『なんでそっちの方向に行っちゃうんですか。あと、あれは悠斗に向こうが合わせてくれたあだけですよ』

「そ、そんな……」


 俺は地面に崩れ落ちた。考えに考え抜いたのに……悪役令嬢らしくって……なんだ? このまま俺は生き返る事ができずにあの王子と結婚するのか? ウエディングドレス着て教会でキスするのか? そして夜には夜には……よ……あああああ!!!!

 そんな悲嘆に暮れる俺の姿を見て、マイアはため息をついてしばし考え込んだ。



『はーっ、しっかたありませんねー! これは根本的に考え方を変えないとですねっ。悠斗、攻略の為にお手伝いしますから、よーく聞いてくださいなの』

「ひ、ひゃい……」


 俺は涙目で花壇の隅のベンチに座った。


「いいですか、とりあえず悪役令嬢らしくするのは一旦忘れてください。本当に必要なのは正規ルート攻略の為の方法を考える事ですよ」

「ソウデスネ」


 あの苦労は一体なんだったんだ。俺はちょっと抜け殻になって答えた。


「いいですか、やるべき事を今一度、整理しましょう。正規ルートを成立させる攻略の鍵は二つ。『王子の好感度』と『エマの魅力度』ですよ」

「ほう……」

「この世界では魅力度が高いほど、相手からの好感度が上がります」

「ほほう」

「そして高い魅力度で正しい選択――相手が望む事をすれば、相手を落とす事ができるという訳ですよ。こちらをごらんください」


 マイアが掌をかざすと空中に透明な板のようなものが出現した。こ、これは……。


「ステータスオープン!!」

「はい、ステータスです」


 うわぁ、すげえすげえ! ラノベや漫画で読んだアレだ!


【シャルロット】


魅力度: 1000

好感度:レオポルト 100%


【エマ】


魅力度:18

好感度:レオポルト 5%

    サム   30%


 ――絶望的な差だ。あと誰だよサム。


「悠斗は今、この差を埋めないといけません。その為には王子には【間違った選択】をする事と、エマの魅力を上げる事なの」

「なるほど……つまり王子の嫌がる事をすればいいんだな」

「そうです」

「あとエマは分かるぞ。あのもっさくて貧相なのをなんとかすればいいんだろ」

「そうです!!」


 マイアの顔に笑顔が広がった。そこには『ようやくわかってくれたか』と書いてあった。


「……よし、作戦変更だ! おー!」

「おー!」

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