3話 とにかくイケメン! レオポルト王子

『悠斗、何をぼんやりしているんですっ。あれが主人公のエマですよ! ほら、ダークブラウンの髪に緑の服を着たのが彼女です』


 頭の中に再びマイアの声が響いた。俺が顔を上げると、少し離れた席になんだかサイズの合ってない制服を着た痩せて眼鏡の地味な女の子が席に着くところだった。


「あーら、嫌だわ。エマじゃない。なんであんなボロボロの制服を着ているのかしら?」


 取り巻き一号のカトリーヌが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「そうね! そうしてあんな没落貴族がどうしてこの学園に入れたのかしら?」


 あからさまにエマに聞こえるような声で言ったのは取り巻き二号のグレース。


「なんでも入学試験の成績が大変よかったとか……でもわたくしには及びませんわ」


 くいっと眼鏡をあげて答えたのは取り巻き三号のソフィア。カトリーヌはそれに頷きつつ付け加えた。


「それに試験なんて形ばかりのもの。この学園にとって大事なのは、財力……そしてなにより……家柄!」

「「「それを全部満たしているのがシャルロット様ですものねー」」」

「は、はは……ありがとうございます……」


 取り巻き達の大合唱に、俺は苦笑いをするしかなかった。すると、エマはカタンと朝食のトレイを持って遠くの席に行ってしまった。


「あらー? 聞こえてしまったかしらー」


 カトリーヌは勝ち誇ったように言って、笑った。うう……怖い……。


「み、みんな……そんな事より早く朝食を食お……いただきましょう……」

「そうだな。授業に遅刻してしまうぞ」


 レオポルトもそう促したので、一同はようやく朝食を取り始めた。きっと最高の素材を調理した朝食なのだろうが……俺はおがくずでも食べているような気分だった。


***


 そうして俺はその後、廊下でエマとぶち当たり……そして華麗に散ったのだった。


「しっ、失礼しました!」


 その顔に困惑の色を滲ませてエマが走り去った後ろ姿を見送りながら俺はため息を吐いた。人気が無かったのが不幸中の幸いである。

 そして分かる。マイアが怒り狂っている気配がする。


『悠斗~~~~!!』

「うわあ! ごめんなさい!」

『悪役令嬢らしくと言いましたよね!?』

「つ、次はちゃんと悪役・・をやるよ!!」

『頼みましたよ……ほんとに……』


 マイアのどでかいため息が頭に響く。悪役……悪役なぁ……。俺は思いつく限りの漫画やアニメの悪役を思い浮かべた。


「……うーん、よし。次はアレで行こう」


 俺は密かに頷くと、予鈴の音を聞いて慌てて教室に向かった。




「ふう……」


 知らない国の歴史を学ぶ事がこんなに無意味に感じるとは……俺は授業を終えて静かに教科書を閉じた。遠くのアフリカとかブラジルとかじゃないからね! 本当の本当に架空の国だからね! っていうかこの辺はスキップとか出来ないんですかね!?


「シャルロット、お疲れのようだね」

「……レオポルト」

「そんな時はお茶を飲んでリフレッシュだよ。サロンに行こう」

「サロン?」

「ああ、この学園でも選ばれし生徒だけが入会を許されたフラタニティ……。社交クラブ、通称『ルークス』のラウンジさ。今日はシャルロットのお気に入りのショコラティエの新作を取り寄せてあるよ」


 レオポルトは葡萄みたいな瞳を細めて、俺ことシャルロットに話しかけた。ショコラ……チョコレートかー。そうだね、疲れた時はやっぱチョコだね。


「うん、あ……ええ、行きます」

「では」


 レオポルトは肘を差し出した。ええ……ここに掴まれって事ですか? 一人で歩けますけど。俺は渋々とその腕に掴まり、教室を出た。


「きゃあ、レオポルト様とシャルロット様よ……!」


 廊下に出るとモーセの十戒みたいに人垣がぱっかーと割れた。うう、これは恥ずかしい。長い廊下をもじもじしながら進んで行くと、豪奢な金の彫刻が重たそうな扉が突き当たりにあった。


「本日も学業お疲れ様でした」


 扉の前に控えていた燕尾服のおじさんがその扉を開く。


「わぁ……」

「さぁ、サロンの女王のお出ましだ」


 レオポルト王子がそう言っていたずらっぽくウインクする。イチイチ絵になるのが腹が立つ。

 それにしても……朝も自分の部屋や食堂の豪華さに驚いたけど、ここはまた桁違いだった。なんかで見たな。ああ、テレビかなんかで見たヴェルサイユ宮殿みたいだ。うわぁ、すげぇ。


「落ち着くな……」

「え?」


 隣でそう呟いたレオポルトを俺は思わず見上げた。


「寮の部屋は狭くて簡素でかなわん」

「そ、そうですね……」


 とりあえず合わせて頷いたけど、全然同意できない。シャルロットの部屋だって俺の部屋の三倍くらいの広さがあったし内装や家具も凄かった。まぁ、あれかな。王子様ともなれば感覚が違うのかね。と、思ってるとコックコートの男性が銀のお盆を捧げ持ってきた。


「こちらが新作の『ルージュ・エ・ノワール』です。甘酸っぱいジュレとカカオの香りがお楽しみいただける自信作です」

「いただきます」


 黒い丸いチョコにピンクの苺チョコでレース模様の描かれた芸術品みたいなチョコだ。本当にこれは食べ物なのだろうか。


「食べるのがもったいない」

「ありがたいお言葉です」


 俺の言葉に、ショコラティエのおっさんの顔がほころぶ。俺はそんなキラキラした視線を受けながらそのチョコを口にした。


「う……」


 俺は思わず呻いた。


「どうしましたかっ」


 おっさんの顔が不安に曇る。俺の肩は細かく震えていた。


「お……美味しい……」


 嘘みたいに繊細に溶けたブラックチョコレートの中からとろっと甘酸っぱい苺のソース。最初はちょっと苦いな、と思っていた所から一気に酸っぱさと甘さが湧き上がって……味蕾が爆発しそう!


「すっごい美味しい!」


 俺の語彙力は消失した。そんな俺をみてオッサンもレオポルト王子も微笑んだ。


「気に入ったようでなによりだ。しかし……」


 レオポルトの言葉に俺はびくっとする。もしや今のは悪役令嬢らしくなかったのか? おいマイア、マイア! 俺は心の中でマイアに呼びかけたが、こんな時に限ってマイアは居ない! あ、でもこの王子には嫌われなくちゃ行けないからいいのか。


「……そんなにはしゃいで……シャルロットは可愛いな」

「うっ!?」


 ああ! なんだか分かんないけどまた好かれてしまった。くそ……なんか方法はないのか。そっかそうだ。


「あっちのケーキも持ってきてくださらない?」

「ああ、いいとも」


 俺はとにかくケーキを食べまくる事にした。どうだ、豚みたいに食ってやる!


「ははは、シャルロットは甘い物が好きだね。紅茶もお飲み」


 くっ、この王子……懐が深い……! 俺はただ腹をパンパンにしただけでサロンの部屋を出た。

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