第二十一話 祈り
こんっ、と乾いた音を立てて、人型の拳が小さくぶつかる。片方はスサノオの、もうひとつは見慣れない白銀色の人型のものだ。それを開始の合図に、二着はざっ、と間合いを離す。仕掛けたのはスサノオ。修繕が終わったばかりの両足の感触を確かめるように深く、強く踏み込んで白銀に迫る。
『シッ!』
小さく気合いを吐き、間合いのわずかな外側から右フックを放つ。だがこれは反撃を誘う一撃。こいつのことだから上体だけを後ろに反らして、前に来た!?
『せっ!』
白銀は左肘でスサノオの腕を突き上げ、破壊力を削ぐ。力の流れが変わる。右上に吊り上げられるようにスサノオは右足を浮かせてしまう。ただの棒となったスサノオの右手を白銀は掴み、一本背負いで投げる!
『うおっ!?』
地面に叩きつける柔道式の投げではなく、白銀はそのまま前方へ強く投げ飛ばした。投げに入った数瞬でスサノオが左手に焼散剣(ショウサンゲン)を握っていたからだ。
『やるなっ!』
まだ宙を飛ぶスサノオを追いかけて白銀がダッシュ。ショウジの逆さまの視界もそれを捕らえた。白銀が真下に潜り込む。ぐるりと機体を捻り回転させ、その勢いで白銀の肩口を狙う!
『せえのっ!』
白銀が気合いを吐き、真上にあるスサノオの腹部へアッパーを放つ。振り下ろした焼散剣の刃が白銀の胸を掠め、火花が散る。白銀の拳は、ぎりぎりで避けられてしまった。
スサノオはそのまますれ違いながら着地し、大きく間合いを取る。先に構えを解いたのはスサノオだった。
『っし、お疲れ』
声をかけたのはショウジ。
遅れて白銀が圧搾空気を吐き出し、胸腹部のハッチを開けて上体を後ろに反らしてもらった。
『あ、は、い。……、はい』
白銀を着ていたのはセレネだ。
『なんだ。まだやりたいのか?』
「い、いえ。そうじゃ、ないんです」
『顔に書いてあるぞ。暴れ足りないって』
半分、図星だった。体を動かすことで心の内にわだかまる苛々を消却したかった。
でもそれは子どもっぽいことだと思ったので、わざと大声で否定した。
「だ、大丈夫ですっ。それより、スサノオの調子はどうです?」
『ああ、問題ない。さすが冬十郎のじいさんが選んだパーツだ。ねえさんの縫製もいい。むしろ試合前よりも良くなってるぐらいだ』
言いながらショウジもハッチを開け、半脱ぎの状態にする。
「そ、そうですか?」
整備士としては超級一位のショウジにほめてもらえたことは素直に嬉しかったが、踊士としてのセレネはそうは感じなかった。整備するに当たって彼らの癖を掴もうと、可能な限りの試合映像を取り寄せて視聴し、分析した。それでもショウジの試合内容すべてを把握できてはいないが、今日のスサノオの動きは何かが足りないように思う。
それを察し、ショウジが補足する。
「試合じゃないからな。俺もスサノオも本気じゃない、ってのもあるけど、ツクヨミの性能はカグツチよりも数段上だ。ねえさんが強くなってるからそう感じるんじゃないのか?」
セレネが着ているツクヨミは、カグツチの原型となった機体。最初期に建造された人型三着のうちの一着で、まだ人型の建造技術が発展途上だったためにリミッターという概念が無いまま完成した。後年、建造技術の安定とともに機械闘技という競技が成立すると、あまりの高出力から使用が禁止された、いわく付きの機体でもある。ちなみにリミッターを取り付けようとすると電脳が猛烈な勢いで抵抗するので、取り付けられないまま本社の倉庫で埃をかぶっていた。
「そう、でしょうか……」
「なんだよ。納得行かないのなら、あとでもう一回見てもらっても、なんならねえさんが着て確認してくれてもいいぞ」
「あ、はい。そうします。こんな大がかりな修理は初めてなので、よく分かってないんだと思います」
セレネが着ているのはツクヨミ。カグツチの原型機で、性能はこちらの方が数段上だ。初めてなのに難なく着こなしているセレネの方がむしろすごい。
「あの、なんだったら、このツクヨミ……」
「いらねぇよ。性能がいいからって着替えてたら、スサノオに悪い」
安心したのは、社長としての彼女だ。
「嬉しいです。スサノオはあたしが造ったんじゃ無いですけど」
満月のような笑顔が眩しかった。子どもみたいにショウジは照れた。
「そう、か。……それよりもツクヨミはどうだ?」
「ええ。問題ないです」
ツクヨミにはカグツチの戦闘経験値が移植してある。性格はツクヨミの方が頑固に感じる。リミッターを付けさせないのも分かる。頑固さはどことなく工房長にも似ている。それがちょっとかわいい。ウルが望むのなら、彼女が大きくなったら着てもらおうと決めた。セレネもカグツチから着替えるつもりはない。
「……なあ、セレネ。この一件が片づいたら……」
ショウジが何を言いたいのか予想が付いた。だからぴしゃりと断った。
「やりませんよ。機械闘技は面白いですけど、踊士は副業です。あたしこう見えても社長なんですから」
惜しい、と思う。これほどの逸材が地方リーグに埋もれたままになっていることが。だが無理に誘うほど彼も強引ではない。
「そうか。まあまた手合わせと修繕は頼む。個人でやるには限界が見えてきてな」
「はい。その代わり、出雲の宣伝してくださいね。ショウジさんがウチで整備してるって言ってくれればお客さんだってもっと増えるに決まってますから」
「いまなら模擬戦の相手は伝説のツクヨミ! って宣伝文句付けておくか?」
「それいいですね。ショウジさんのミニ道場もおまけに……」
盛り上がっているところへ携帯端末に通信が入った。なによもう、と回線を開く。
『……わたしは、ウル・ネージュです。今より六時間後、イザナミを浮上させます。逃げられるひとは早く逃げて下さい』
カグツチ、いやツクヨミが「この通信は火星全域へ、全周波数帯を使ってのものだ」と補足した。ならばいまの通信を聞かなかったひとはほとんどいないことになる。
『……セレネ、もし聴けない状態ならショウジさんにお願いします。早く一緒に逃げて。そして二度とあたしに……、かかわらないで』
イザナミが浮上すれば火星はかつての姿に戻る。地球の四割程度の引力では大気を引き留めることは出来ずにゆっくりと地表から離れ、やがて丸裸に。そうなれば惑星表面の約五割を占める海も蒸発するか凍結する。あとに残るのは砂と岩石。人と、人が持ち込んだ命は全滅する。
―─ウルの、ばか……っ!
「ショウジさん……」
ショウジは鉢金のマイクに向かって怒鳴りつけている。発信先は軍の司令部だ。
「おい、いまの通信をごまかせ! あと、絶対に軍をイザナミに向かわせるな! イザナミは俺がなんとかする。お前達は住民のパニックを抑えてくれ!」
軍の階級でいえば中佐でしかないショウジに、本来そんな権限はないのだが、上層部もそれを承認してくれた。下手に軍を動かせば住民がさらにパニックに陥るからだ。遠回しに押しつけられたようにショウジは勘繰ったが、すぐに止め、スサノオの上体を起こした。
「……ショウジさん……」
『急ぐぞ。全力でダッシュすれば余裕で間に合う。何としてもお嬢ちゃんを止めるんだ』
「はいっ」
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