第八話 ウルとショウジ

「もう出てきて大丈夫だ」


 そういう彼は表情を緩めても目つきが悪い。踊士としてはそれも有利に働くのだが、特に低年齢層のファンの数が少ない。それが彼の悩みでもある。


「はい。助かりました」


 にっこりと無防備に微笑まれてショウジは頬を朱くした。


「ケガはないな?」

「はい。お久しぶり、ですね」

「ああ」ドアの隙間から、見覚えのある銀髪の少女が目に入った。「その子が、ねえさんの相方か?」

「ええ。ほら、ウルもご挨拶して」

「……うん」おずおずとドアを潜り、「ウル・ネージュです」ぺこり、とおじぎした。


 だが様子がおかしい。苦しそうな表情でもじもじして、なのに、どこか嬉しそうでもある。無論、目つきが悪く愛想の無いショウジに怯えているわけではない。

 セレネはウルの心情が手に取るように分かった。


「ふうん。ウルはトバルさんに助けてもらいたかったのね」


 図星だった。


「違うよ! そりゃ、トバルさんも好きだけど……」


 今日の対戦相手の名前を出されてショウジは肩を落とした。


「なんだ、おっさんのひいきかよ。おっさんならまだ来てないぜ」

「ち、違うの! ショウジさんも好きだよ。その、闘い方とか、きれいで」


 こんな子どもに気を遣わせてはいけない、と思い、ショウジはウルの頭をなでる。


「いいよ。俺はまだヒヨッコだしな。どうしてもおっさんのファンの方が多い。……だがな、いいかげん王座からは降りてもらう」


 きりり、と決めるショウジをセレネがはやし立てる。


「かぁっこい~」

「茶化すんじゃねえよ。貧乏社長」


 痛いところを付かれてセレネは唇をとがらせた。


「あらやだ。あたしの会社のこと、知ってるんですか?」


 試合終わりで頬紅もさしていない顔が急に恥ずかしくなった。


「ああ。有名だぜ。出雲の……」セレネの顔を値踏みするように見つめ、「そこそこ美人社長が自社の宣伝に機械闘技に出てるって」

「ちょっと。そこそこって、それほめてるんですか?」


 ショウジは首を横に振る。


「んにゃ。世間の評判は正しいなって思ってよ」

「なにそれ。ひっどい」

「しょうがねえだろ。事実なんだから」


 ふと下を見ればウルもくすくす笑っている。じろり、と睨み付けてセレネがいう。


「ウルまでなに笑ってるのよ」

「だって、そこそこ美人って、普通にけなされるよりひどいもん」

「うるさいなあ。顔のこといわれたって、どうしようもないじゃない」

「悪い悪い。きれいだよ、ねえさん」

「いまさらお世辞なんかダメですよ」ここでひとつ思いつき、「……そうだ。ショウジさんって確か自分で人型の修繕とかしてるんですよね。だったら今度ウチを使ってくださいよ。カグツチならあたしにも診れますし、安くしますし、色々特典つけますから」


 商売熱心な女だ、と感心しながらショウジは薄く笑った。


「ああ。考えとく」


 だが同時に浮かぶ。なぜこのふたりが追われているのか、と。今まで何度か顔を合わせているが、そんな素振りは一切見せていない。いくら社長だと言っても第三都市の出雲機工社は貧乏の代名詞だ。誘拐相手に選ぶには見返りが少なすぎる。

 その思いを口にしようとした瞬間、


「牙桜踊士、出場審査の時間です、……って、なんですかその三着!」


 後ろから投げかけられた係員の声にその思考を頭から追い払った。いまから自分は長年の野望を叶えるのだから。係員に振り返ってショウジは、


「ああ、いいんだ。あとで俺が片付けるからこのままにしておいてくれ」


 三人の様子に怪訝なものを感じたが、係員はそれ以上関わることをしなかった。踊士同士のいざこざなど日常茶飯事だからだ。


「はあ、はい。じゃあ機体の審査をお願いします」

「了解」セレネに向きなおり、「……ま、あんたがなにやったかは聞かんが、試合が終わったなら早く帰れ。フェンリルの処理は俺がやっておくから、心配するな」


 もう一度ウルの銀髪をなでてからショウジは、出口へと足を向けた。


「……はい。試合、がんばってください」


 深くお辞儀をしてふたりはショウジを見送る。

 ウルが控え室のドアノブに手をかけると、セレネはさばさばした口調で切り出した。

 

「じゃ、帰ろっか」


 その言葉に驚いたウルはセレネを見上げ、おずおずと問いかける。


「でも、……試合は? ショウジさんの」


 今日の試合はセレネだって楽しみにしていた。

 いくら厳格なルールのある試合であっても、表面上は楽しそうに闘っているように見えても、心のどこかでは闘うことに忌避感を持っている。

 が、ショウジの試合となれば別だ。

 気の弱い者ならば目が合っただけで気を失ってしまうほどの目つきと同様に、その闘う姿は鋭く艶やかだ。余計な力の入っていない、ただ触れただけでは斬ることのできない日本刀のような立ち回りは観戦した誰もが魅了される。

 対するトバルは、試合は興行だ、と公言している通り、弾薬を雨あられと使う派手な試合を好む。

 好対照なふたりの試合は、ぜひ後学のためにも直接見たい、とセレネは記者たちにも話していた。

 

 なのに。

 あっさりと帰宅を告げられ、ウルは動揺さえしている。


「だってウル、具合悪そうだし、あの人たち来ちゃったからね。いつまでもここに居たら、なにされるか分からないもん」

「………………うん」

「大丈夫だって。試合なら家で録画予約してるし、あたしがショウジさんたちと試合することなんか無いから、ね」


 それは分かる。

 でも。

 自分のためにセレネは楽しみを失っている。


 うつむくウルの頭をぽんぽん、とたたき、優しく言う。


「カグツチには先に帰ってもらってさ、いろいろ見て回ろ。試合まで時間あるからさ」


 だったらせめて、とウルは努めて明るく返した。


「じゃあさ、街に出たい。セレネと一緒にぶらぶらしたい」

「ん。賞金もあるから、ちょびっとぐらいならお買い物できるからね」

「あり、がと」


 泣きたくなったけど、がまんした。

 またセレネを困らせてしまうから。



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