第五話 王座防衛

『さぁ、感動の再会を果たした御影踊士ですが、試合はまだ継続中です!』


 そうだ。弁士に言われて思い出したが、自分は王座戦をやりにきたのだ。


「カグツチ、まだやれるね」


 問題ない、とウルから手渡された鉢金に彼からの返信が踊る。鉢金と引き替えにウルへ濡れせんべいの入った袋とマイクを渡して花道に向かわせる。セレネは鉢金をかぶってブーツの土汚れを払ってカグツチの太ももに足をかけた。


『お待たせしました、ドゴッダさん』


 ドゴッダもふたりの再会に感動していたのか、声をかけられて、わずかに肩が震えた。

 鉢金の留め金をはめたセレネは油断なくサルタヒコを観察する。外観に損傷は見られないが、肩が激しく上下している。中にいるドゴッダ自身に疲労が溜まっている証拠だ。ウルが引っかき回していた、とカグツチが補足してくれた。


『あたしはいまからやれますけど』カグツチに足と腕を通し、ハッチを閉める。『まさかあんな子どもを相手にしただけで息が上がった、だからちょっと待てとか言わないで下さいよ?』


 観客から賛同の歓声が上がる。よし、もう少し挑発しておこう。


『こっちはこんなにダメージ負ってるんです。サルタヒコは傷一つ付いていないんですから、これでやっと五分五分ですよね?』


 歓声が機闘場全体を大きく揺さぶる。これでドゴッダが退けば、彼の踊士としての栄誉は地に落ちる。

 焼散剣の切っ先を地面に突き立て、ドゴッダは高らかに宣言する。


『言われずともやってやるさ! 弁士! さっさと再開の合図を出せ!』


 戦士のにおいをたっぷりと含んだ野太い声だ。いまはサルタヒコを着ているので見えないが、肉体も寸法ぎりぎりの巨漢で、生身で戦ったのならセレネだって数分と保たない力自慢だ。その彼を肩で息するまでに引っかき回したウルに、セレネは素直に感心した。


『終わったあとで、あれは子どもが着ていたのだから、そもそも無効試合だ、とか言わないでくださいね』

『誰が言うか!』


 よし、少しだけど挑発に乗ってくれた。

 見た目は大きく傷ついて見えるカグツチだが、実際は右手が吹き飛ばされただけ。無数に付いた装甲の細かい傷も表面だけで中には進行していない。左手の強重槍グラビトン・スピアも、両肩の燦暗光サンアンコウも十分余裕がある。カグツチも元気だ。問題ない。やるなぁ、ウル。


『ふふ。あたしも、ウルをかわいがってくれたお礼は、たっぷりさせてもらいますから!』


 天井が破れんばかりの大歓声が起こる。普段は冷静さを売りにしている弁士でさえ内からわき起こる興奮を隠しきれない。


『両踊士とも準備が整ったようです。それでは試合、再開です!』


 弁士の合図を受けてふたりはこつん、と一度互いの拳を軽く打ち、即座に間合いを離す。少しは体力が回復したのか、サルタヒコの動きに鈍さは無い。セレネ自身に体力は有り余っているが、カグツチは違う。勝負が長引けば、ウルがやってくれたことの全てが徒労となってしまう。


「せっ!」


 先に仕掛けるセレネ。サルタヒコが装備する焼散剣よりも外の間合いから強重槍で攻めてガードを崩し、両肩に装備したビーム砲、燦暗光でとどめを刺す作戦だ。

 ドゴッダもそれを読んでいる。両肩に装備された縦長のミサイルポッド、九連砲塔からの弾幕で牽制しつつ、どうにかカグツチの右手側から懐に潜り込もうと必死だ。


『さあ、両者とも間合い取りの攻防が続きます! しかし、右手を失っているカグツチが若干不利か?!』


 悔しいが弁士の実況通りだ。右利きのセレネには、攻撃と防御の両方を左手だけでやることに戸惑い、反応が数瞬だけ遅れる場面が何度も生まれる。そこに付け入らせないのは彼女の実力によるものだが、長引けばどう転ぶかは分からない。


『セレネ、聞こえる?』


 セレネの鉢金にウルの声が響く。踊士は助手からの指示を受けながら戦う。セレネの場合はウルがその役目を担っている。そのウルはいま、試合場を覆うフェンスのすぐ内側に設置されたベンチから試合を見ている。


「き、聞こえてる!」


 ウルの落ち着いた声は、戸惑うセレネを落ち着かせ、何よりも勇気を与えた。ウルがベンチに居て指示を出してくれるなら、自分は絶対負けない。


『右手はごめん。ドゴッダさん、今日は調子いいみたい』

「うん。わかる。気迫が違うもん」

『! 四時、ミサイル!』


 セレネは視認もせず、右足を大きく後ろへずらしながら体を回転させる。ミサイルを正面に捉え、右、じゃない、左手の槍で弾頭を突き刺し、爆散させる!

 爆煙がセレネの視界をふさぐ。カグツチが一時的に重力子センサーへと映像を切り替えると映像から爆煙が消え、試合場を覆う重力膜は線画で描かれた目の細かい網となって現れる。サルタヒコの姿は見えないが、爆煙が晴れるまではこの映像でいい。


『六時、今度はサル!』


 焼散剣を大上段に構え、サルタヒコがカグツチの背中を狙っている。セレネはやはり視認せずに、ぐっ、と両足に力を溜め、大きく軽やかにジャンプ。そのまま機体を捻りながら宙返りをきめ、頭が下になった刹那、通り過ぎようとしているサルタヒコの脳天に狙いを定めるっ。


『おおおっ!?』


 真下でドゴッダが驚嘆の咆哮をあげる。下からの焼散剣では絶対に届かない距離。苦し紛れにミサイルを乱射するサルタヒコ。しかしセレネは強重槍で全て切り捨てたたき落として一発も命中しない。


『いまだよ! セレネ!』

『うん!』


 強者が王者で有り続けられる条件のひとつ。どんなわずかなものであっても、訪れた好機は絶対に見落とさず、鮮やかに手中に収めること。いまがその好機。そしてセレネは王者の椅子に座り続けなければいけない。


『これで、終わり!』


 ぎゅっ、と左手の強重槍を強く握りしめ、サルタヒコの脳天へ穂先を突き落とす!


『ぐおおっ!』


 ドゴッダの悲鳴と共に、サルタヒコの脳天からすさまじい爆発が起こる。九割以上は機体の各所に設置された演出用の爆薬によるものだ。

 立ちこめる爆煙の中、カグツチはサルタヒコと背中合わせに着地。そのままダッシュして爆煙を突破。観客から歓声が起こる。爆煙が収まる。と同時にサルタヒコは膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。


『あたしたちの、勝ちぃっ!!』


 強重槍を高々と掲げ、晴れやかに勝利宣言を叫ぶ。頭部の破壊は敗北条件のひとつだ。


『やりました、御影踊士! 五度目の王座防衛、成功です!』


 弁士の実況に会場が割れんばかりの大歓声が巻き起こる。


『やったよ、ウル! 今夜はごちそうだからね!』

『もう、恥ずかしいこと言わないでよ!』


 ウルの怒鳴り声が歓声を爆笑に変えた。


『えへへ~。でも、今日は本当に助かったよ。ありがと、ウル!』

『こ、今度は遅刻しちゃだめだからね!』

『今度は、ね』

『あーっ! その次の試合は遅刻するつもりね?!』

『次の試合は、ってウル言ってたじゃない』

『卑怯者! 社長のくせに!』


 ふたりの掛け合いに観客はさらなる歓声を上げる。むしろこれを聞きたくて観戦に来る者も多いのだ。


『さあ、御影踊士の鮮やかな逆転勝利で幕を下ろした、第三都市上級王座タイトルマッチでしたが、忘れてはいけません。一時間後には、統一超級王者クロス・トバル踊士と、牙桜ショウジ踊士の防衛戦が……』


 弁士の実況など誰も聞いていなかった。

 

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