奇跡の木

チタン

第1話

 時は14世紀。


 その村の外れの林には「奇蹟の木」と呼ばれる神木があった。


 その「木」はそれほど大きくはないし、神々しさを感じさせるような荘厳さも備えてはいなかった。 

 ただある種の均一的な美しさを感じさせる、そんな見た目をしていた。


 では、なぜその木が「奇蹟の木」と呼ばれているのか。理由は単純、その木が決して倒れず、燃えず、傷付かないからだった。


 12年前に台風で林の木々が薙ぎ倒されたときも「奇蹟の木」は傷一つ付かなかった。


 7年前に火事で林が燃え、周りが焼け野原になったときでさえ、「奇蹟の木」だけは焼け跡一つ付かなかった。


 だからこの木は「奇蹟の木」と呼ばれるようになり、村の御神木として村人たちから祀られているのであった。


  ♢♢


 ある日少年は考えた。村の外れのあの神木を切り倒してやろう、と。

 少年は特別悪い子供というわけではなかった。その感情の発端は、大人への反発心という誰しもが通る道であった。


 明くる日の朝早く、両親が目を覚ます前に、少年は斧を持って家を出た。


 少年は内心で「傷すらつかない木などあるはずがない」、「どうせ迷信だろう」と高を括っていた。

 

 30分ほどで神木の前に辿り着いた。


 7年前の火事のせいで、周りには小さな植物が生い茂るのみで、神木ただ一本がポツンと佇んでいた。


 少年にとって初めて見る神木は美しかった。

 しかしそれは、であった。


 神木に実際に触ってみると(触れることは大人たちに禁じられていたが)、触り心地は木の質感に違いなかった。


 少年は斧を両手で握った。

 禁を破る少しの後ろめたさと、大きな高揚が少年の胸の内を満たしていた。


 少年は神木の幹めがけて、力一杯斧を振り下ろした。


 斧の刃先は真っ直ぐ神木を捉えた。


 しかし、神木には傷はおろかほんの小さな跡すらも残らなかった。


 少年はブワッと冷や汗が出るのを感じた。


 目の前に見えている「木」は見た目は木に違いなかったが、その内実はであるという直観が少年の脳裏をよぎった。


 その違和感を拭おうとするように、少年は斧を振るい続けた。しかし、やはり「奇蹟の木」には傷一つ付かなかった。


 少年が、何だかこの「木」が恐ろしく思えてきた矢先、ボトッと何かが落ちる音がした。

 音のした方を目をやると、そこには一つのリンゴが落ちていた。周りにはリンゴの木はおろか、木といえるものはこの神木しかないのに。


 辺りを確認しても、そこにリンゴがいきなり落ちてきたことは不自然極まりなかった。


 恐る恐る拾い上げるとそれは疑いようもなく、リンゴそのものだった。

 少年がこの不可解な事象を、「奇蹟の木」に宿る神の御業だと信じるのには少しの時間もかからなかった。

 少年の心を満たしつつあった「木」への恐怖は、「神木」への畏怖へと変わった。


 少年は神に魅せられたように、リンゴを口に運んだ。そのリンゴは神が造り出したと信じるに相応しい、えも言われぬ素晴らしい味だった。


  ♢♢


 時は24世紀。


 博士は興奮しながら、友人の科学者に電話をかけていた。

 なぜなら、長年の夢であったタイムマシンが完成したからだった。


「おいおい、君には珍しく興奮しているが、本当にタイムマシンなんてものが完成したのか?」


 友人は訝しんでいる様子だった。

 時間を超える技術は、全くと言っていいほど実用化されておらず、友人の疑いは無理もなかった。


「ああ、当然だとも! さっきも説明したが、この『分子分解光照射器』と同時に、ある特殊な電磁波を加えてやると、それが互いに影響しあって……」


「もう理論は分かったとも! それでさっき実際に、部屋の脇にあった人工観葉植物を消し飛ばしたんだろう?」


 博士が友人に理論を説明するのは4度目だったから、こうした友人のつっけんどんな態度も無理からぬことだった。


「消し飛ばしたんじゃあない。アレは!」


「過去、ね。けど見た目には、単に分子分解されたのと見分けがつかないじゃないか?」


「あらゆる計器がアレが過去に跳んだと証明している! 時代は14世紀ごろのはずだ」


「ほーう、14世紀ねぇ」


 友人は疑わしげな態度を崩さなかった。


「では、通話をビデオに切り替えて見ていてくれ。次はこのリンゴを過去に送るから」


 博士は友人の疑いを払拭しようと、意気揚々とタイムマシンを作動させた。

 機器が唸り声を上げる。

 『照射器』が動作すると、品種改良で味・色ともに完璧に調整されたリンゴは、分子分解光に包まれて跡形もなく消え去った。

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奇跡の木 チタン @buntaito

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