わたしと生きる

 以前、全身麻酔の手術をした時。

 頭の先から爪先まで、生まれたままの身体の他は全て、細い銀の指輪ひとつも外さねばならなかったのを思い出す。


 生まれて来る時も、それからその生命の灯が消えていく時も、人が持っていけるのは、この身体ひとつだけ。

 恋も愛も金も権力も、この世に置いていかねばならぬ。


 ここにあるのは、ただ「わたし」という人格、存在。

 身体という入れ物の中には、ひとつの精神だけ。


 人間が生きていくうえで、完璧ということはないと思う。

 もしも、そんなふうに痛みを知らぬままだと寧ろ怖い。


 誰でも大なり小なり挫折や失敗、後悔をすることで、はじめてうわっ面だけでなく人生を実感して生きるのだから。


 わたしという身体と心に最期まで寄り添うことができるのは、わたしだけ。


 親も子もどれだけ愛し合ったパートナーさえも、最期はそれぞれ自分という舟に、ひとりきり。

 それを思うと正直、とても怖い。


 それでも、この世に産まれて来た時にそうだったように、この世を去る時もまた、わたしたちは、ひとりきりで往かねばならない。


 いや、だからこそ最期まで共にある、わたしと向き合って、わたしはわたしと生きていかねば。


 わたしはわたしに言い聞かせる。


「わたしがいるよ。怖くないよ」


 忘れないで。

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