心の距離感

多分わたしはヒネクレモノなのだと思う。



辛い時苦しい時に気遣われることは、有難いし、心底嬉しい。

少なくとも、わたしという人間を知っている人達の言葉や思いは、こちらを向いている。だから、ちゃんと心に届いて響くし、深く沁みて心を癒してくれる。感謝しかない。



わたしが苦手なのは、わたしをよく知らない人からの憶測の理解と優しさの押しつけだ。


ああ、きっとこの人は、とてもピュアで優しい人なんだろうなとは思う。

だから、悲しんでいる苦しんでいるように見える人があれば、寄り添ってあげなければ……という使命感に燃えるんだろう。


確かに、それを必要とする人達はいて、だからその思いやりに溢れた心を否定しようなんて思ってるわけじゃない。


ただ、誰もがその形を必要としているわけではないということもわかって欲しい。


”辛いんでしょう?苦しいんでしょう?わかってるからいいのよ。さぁ心を開いて!”


慈愛に満ちた目をして頷きながら、グイグイとデリケートな心の奥に入ってこられるのが苦手なのだ。


いや、わたしは大丈夫です、結構ですと言っても


”そんな無理しなくてもいいから……”


いやいや、なんで無理してるとか決めつけられちゃうの?

ズカズカと無神経にわかった顔で踏み込まれるのが耐えられないんだって。


その思いがピュアな人ほど、やんわり言っても、使命感からか引き下がってくれなかったりする。

正しいことをしているって思ってるからなんだろうなぁ。



わかるけど、わかるけど……なんだかとっても疲れる。



触れられるだけでツライ時もあるから……。


だからわたしとしては、ちゃんとここにいるよ、と伝えて、後は相手が振り向いて、相手から必要とされた時に応えられたらいいな、というスタンスでいるのだけど。


反対に、そんな風に考えるわたしは冷たい人間なのかもしれない。



近くなりすぎて見えなくなる時もある。

遠ざかりすぎて見失うこともある。


心の程よい距離感を保つのは難しい。



✂︎-----------------㋖㋷㋣㋷線-------------------✂︎


【追記】最近、リアルの知人(友人ではない方)とのやり取りの中で思うことがありまして……。愚痴っぽくなってしまってゴメンナサイ(ぺこり)

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