想い出の閉じ込め方

 どうしたって忘れられないことはある。

 忘れたくないのに忘れてしまうことも。


 ***


 抜けないトゲみたいなチクチクや、瘡蓋カサブタになっているのに、がすとその傷口から、また血が吹き出てしまうもの。


 そんなものは、ジクジクと痛み続けて長引く。


 *


 宝物みたいに幸せな記憶。

 忘れないように何度も何度も反芻はんすうするけれど、もしかしたら、あれは夢だったんじゃないかなんて、そのうち思いだす。

 あまりにも、遠ざかりすぎて。


 そんなふうに滲んでしまいそうになるから、なぞり続ける。何度も何度も。


 ***


 カミサマは忘却という優しさを作ってくれたというけれど、忘れたいことだけを忘れることは、さすがにできない。

 忘れたくないことを、ずっと手放さずにいられることも、時にはできなくなるという残酷さ。


 ***


 忘れたいけれど忘れられないことは、脳内で修正をかけて想い出というオブラートでつつんで、半透明の壊れない箱に入れてから、記憶の隅に置いておく。


 *


 真実だけが救いではあるまい。


 *


 反対に大切な楽しかった幸せな記憶は、丁寧に、そうっと透き通った美しい箱に入れる。

 想い出のラベルをつけて、いつでも取り出せるように大切に。


 *


 しっかりと刻みつけておきたい。しるし。


 *


 忘れたいけど忘れられない想い出の箱は、隠しても隠しても目の端に入ってくるから、無理して忘れようとするのは止めた。


 間違って箱に躓いたりして、あんなに頑丈なはずだったものが、呆気なく壊れたりもするから。


 それでもそんな事がある度に、忘れたかったことすら、懐かしさでくるまれているようになっていて、それはもう痛みというよりも果てないうずきで。

 それはそれで、やるせないと思う。


 *


 忘れたくない幸せの記憶の方が、仕舞った場所を見つけられなくなるのは、どうしてだろう。

 あまりにも大事にし過ぎて、奥の方に仕舞い込みすぎてしまうからだろうか。

 あんなに透明な、いつでも中身が見える箱に入れて、ラベルまでつけていたのに。


 忘れるわけじゃないのに見つけられなくなる不思議ともどかしさ。

 でも、思わぬところから出てきて、開けてみた時の嬉しさ、愛しさ。


 ***


 想い出の閉じ込め方は難しい。

 結局、整理整頓なんてできなくて、いつも見つからないと探し物ばかりをしている。


 心を閉じ込めておくのは難しい。

 壊れた箱の修理をしながら、わたしはいつも考える。


 見つからない箱ほど、追い求めてしまうのは何故なんだろう。

 こんなに恋しいのは、どうしてなんだろう……と。

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