何処にもいかないで、と言えるものなら

 独りぼっちになるのは怖い。


 ***


 別に、沢山の人達に囲まれて、ちやほやされたいなどというのではなくて。


 たった一人だけ、どんなわたしでも受け入れて愛し続けてくれるひとが、いてくれたら。

 何処までも地の果てまでも、共に寄り添い続けてくれるひとが、いてくれたら。

 あなたが、そうしてくれたなら、どんなに。


 そんな夢をみる。


 *


 でも


 これって考えてみれば、とても一方的で身勝手なものじゃないだろうか、と。

 ここまで相手に求めるなら、自分もまた相手に同じだけの想いを持っているべきだろう。

 それほどの覚悟が自分にあるのか? それを迷わず持てるのか?


 そう考えた時におののく。

 それは簡単に他人ひとに求めていいものなのか……と。


 *


 誰でも、この世を去る時には一人きりだ。

 こればかりは、人という身体に宿る魂がひとつだけである以上、逃れられない宿命だろう。


 でもだから、その直前まで願うのかもしれないし、切望するのかもしれない。

 まだ知らぬ道を往かねばならない、寄る辺なさ頼りなさに怯えて。

『お願い、ずっと側にいて。何処にもいかないで 。何処までも共に 』と。


 その往く道をも、離れは離しはしないと、そう答えて答え続けて欲しいのだ。


 *


 嘘で構わないから優しい嘘が欲しい。

 その嘘を、つき通して欲しい。

 安心させて欲しい。

 我儘な願い。それは叶えてはいけない願いだろうけれど。


 それを言えたらいいのに。

 でもわたしは多分、一番言いたいひとに、その言葉は言えないだろう。言わない。


 ***


 わたしは今まで生きていて、身近な色々なひと達を見送ってきた。

 看取ってきた最期の瞬間が、時に脳裏を過ぎる。


 その別れの数が多いか少ないのかは、わからないけれど、どれも魂を引き裂かれる切ないものだった。


 人がひとり、この世からいなくなるということは、それほどの事なのだと思う。

 そして同時に、それが呆気ないほど儚いものでもあることも、わたしは知っている。


 *


 わたしも歳を重ねてきた。

 そして今、わたしはもう、これ以上、見送る側になるのは辛いなと思う。


 祖母も母も見送った。

 早くに逝った従姉妹の歳も越えた。

 父も見送らねばなるまいと覚悟している。

 けれど、それ以外の愛しいひとたちは、もういけない。


 夫の時のように置いて逝かれるのは、もう嫌だ。

 だから、父を見送った後は見送られる側がいい。


 せめて、それが最期の願い。


 独りぼっちになって遺されるのは、もう耐えられそうにないと思うから。


 *


 置いてきぼりは、一度だけでいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る