第28話「将軍、作戦開始です!」

【大門寺トオルの告白⑭】


 凄まじい万力のように、俺を抱き締めていたジェロームさんは……

 5分ほど、そのままだった。

 だが……

 さすがに飽きたのか、解放してくれた。

 ちなみに、たった5分だが、凄く長~く感じた。

 

 と、いうわけで……

 ようやく身体を離され、安堵した俺は、

 未だ荒い息で、思いっきり噛みながら尋ねる。


「はぁ、はぁ、はぁ……で、で、ではっ!」


「おう!」


「お、俺が、ジェローム将軍の軍師、もしくは参謀ということで……よ、宜しいですね?」


「おお! 構わない! 今夜の『聖女攻略大作戦』……成功は軍師である、お前の指示にかかっている」


 あれ?

 ジェロームさん……『聖女巫女攻略大作戦』って……

 機嫌が完全に直ってる。

 

 ああ、良かった。

 それどころか、却ってノリノリになっている。

 

 落ち着いた俺がジェロ―ムさんと、改めて色々話すと……

 結構ユーモアがある人だって事も分かった。

 硬派で真面目なのは既に分かっていたけれど、実に意外だった。

 

 俺と同じ甘党同士という事で、趣味もバッチリ合いそう。

 これなら、更に良き上司となってくれる。

  

 そして、こんな時は、素直に本音を告げておいた方が良い。

 俺がさりげなく、

 「真向かいのフルールさんりんちゃんが気に入った」と伝えたら、

 ジェロームさんは、協力しようと返してくれた。


 これで良し!

 多分、誠実なジェロームさんは裏切らないだろう。

 リュカが気にはなるが、リンちゃんは身持ちが堅いし、俺ひと筋……

 絶対、相手にはしないだろう。

 とりあえず、今夜は上手く行きそうである。


 こうして……

 俺とジェロームさんは個室『宝剣の間』へ無事、帰還した。


「ただいま、戻りました!」


「おう! 戻ったよ!」


 俺とジェロームさんは、大きな声で帰還宣言をして、元の席に座った。


「お帰りなさい~! 待ってたわ」


「ただいまっ」


 おお、リンちゃんたら、

 気を利かせて、嬉しい事を言ってくれる。

 相変わらず爽やかな、笑顔もまぶしい。


 俺もつられて笑顔で元気よく返事をした。

 

 そして「ええっと、他のメンツは?」と、俺が見やれば……


 特に気になっているのは……

 『空気詠み人知らず』のジェロームさんから余波を受けたシュザンヌさん。

 このままではでは、とても可哀そうだから、必ずケアしないといけない。

 

 そして……

 アランとジョルジェットさんは幹事同士、

 相変わらず『ふたりきりの世界』に入っている。


 ぶっちぎりで不機嫌MAXなのが……

 好みではないらしいカミーユの相手をずっとしている枢機卿の孫娘ステファニー殿だ。

 片や、カミーユは必死だけど、顔には少々の疲れと大きな焦りの色が見えている。


 場の空気が、……よどんでいる。

 ちょっとだけ、流れを変える必要がありそうだ。


 そうだ!

 最初に決めたルール通り、時計回りで席替えをするのが吉。

 

 愛するリンちゃんと、離れるのは、正直辛いが……

 ライバル達の目標は見えている。

 ジェロームさんには根回しをバッチリしたし、リンちゃん対策はもう大丈夫。

  

 よし、決めた。

 それしか方法は、ないだろう。


「ええと……そろそろ席替えを……」


 アランから司会進行役を任された俺が、そう言った瞬間。


 どかんっ!

 ミシッ!


「わっ!」

「ああっ!」

「きゃっ!」


 誰かが、床を思い切り踏んだ。

 

 吃驚して、音がした方を「そうっ」と見れば……

 アランの傍の床が半壊していた。

 迷宮の古い敷石には、大きな亀裂が入っている。

 

 おお!

 何という、パワー。

 さすが、赤い流星。

 戦いと恋のパワーは、共に常人の10倍らしい……


 しかしアラン本人は、視線をこちらへ動かさず、

 標的であるジョルジェットさんをじっと見つめたままだ。


 おお!

 凄い集中力である。

 

 し、しかし、床を破壊したこのデモンストレーションは?

 一体どのような意味があるのだろう?


 暫し考えた俺にはピンと来た。

 

 そうか、分かったぞ。

 まだ、席順を動かすな! 

 そういう指示……だよな?

 

 分かった!

 アランよ、了解だ!

 合コンの極意って、全てにおいて、臨機応変さに尽きる。


 雰囲気が、凄く微妙だが……

 気を取り直して、仕切り直しと行こう!


 でも、さすが。

 アランは公私混同せず、この微妙な状態を放置しなかった。

 結局、「あと10分、席を現状のままで」と、

 彼自身の口から延長申し入れがあった。

 

 そうか……

 あと、10分あれば……

 「標的のジョルジェットさんを、確実に落とす」という意味だろう。

  

 ここでアランの『意向』を、ジェロームさんだけは伝えておく事にした。

 

 さすがに、分かってはいるだろうが……

 戦いとは違い、恋に関しては経験値が絶対的に少ない、

 真面目過ぎるジェロームさんだ。  

 

 常に、俺は万全を期す。

 ただし、声が大きくなってはまずい。

 なので、小声で話すようにも言う。


「ジェローム将軍、アラン参謀の目標は……ジョルジェットさんです」


「ふうむ、我が軍師よ……あのジョルジェットという娘の優先交渉権は、この会の発案者であるアランの既得権……という事だな」


 優先交渉権?

 既得権?


 何か、表現が凄く政治的だ……

 でも、当たってるし、そういう事。

 さすが、ジェロームさんは上級貴族。

 女子への接し方はともかく、このような話の理解は素早い。


 まあ、良い。

 『軍師』の俺も愚図愚図せず、早速、作戦開始だ。

 

 さあ、話題を変えよう。

 ジェロームさんが……

 つまり『将軍』が得意にしている、あのネタを振らないと!


 俺は、場の空気を和らげる為、またもおどけた表情を見せる。

 ははは、俺は完全におとぼけキャラ。

 硬派でならした元のクリスにはすまないと思うが、もうやけくそ。


「シュザンヌさん! フルールさん! お菓子は好き?」


「大好き!」


「超好き!」


 やっぱりだ。

 女性で、お菓子が嫌いな人は見た事がない。

 

 ふたりとも、満面の笑みで応えてくれた。

 良いぞ!

 会話が、少しずつ、盛り上がって来た。


 よっし、ここはジェロームさんの為に、更なるフォローだ。

 話題を、シュザンヌさんへ振ろう。

 

「シュザンヌさんは、お菓子とか、ご自分で作ったりするのですか?」


「ええっと、私は、あまり……」


 俺の質問に対し、シュザンヌさんが、極端にトーンダウンしてしまう。

 彼女はあまり、料理やお菓子つくりが得意ではないらしい。


 おお、これは凄いチャンスだ。

 俺は、ジェロームさんにこっそりと囁いた。


「チャンスです、ジェローム将軍、作戦を開始しましょう」


「うむ!」


「ほうらシュザンヌさんが、お菓子の事で困っていますよ。女性に、優しくするのが騎士の本分でしょう?」

 

「おお、クリストフ。さすが我が軍師、ナイスフォローだ」


 ジェロームさんは笑顔で頷くと、

 シュザンヌさんへ、大きな身振りで話しかけたのである。

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