第29話「愛の伝道師、帰還」

【相坂リンの告白⑮】


 ようやく……

 トイレに立ったクリスさんとジェロームさんが個室『宝剣の間』へ戻って来た。

 少し長かったから、何か相談事をしていたのかもしれない。

 

 でも、良かった!

 シスターステファニーとは恋の火花を散らしていたから、結構辛かった。

 

 そのシスターステファニーは、やはり熱い眼差しをクリスさん、

 否、トオルさんへ送っていた。


 確信した。

 シスターステファニーは本気だ。

 こうなるとトオルさんを巡っての戦いは、避けられそうもない。

 でも、私は絶対に負けない!


「ただいま、戻りました!」


「おう! 戻ったよ!」


 王都騎士隊の隊長、副長のふたりは、大きな声で帰還宣言をして、元の席に座った。

 ちなみにアランさんは一足先に戻って、

 早速シスタージョルジエットと話し込んでいる。


 辺りをはばかるようなひそひそ話なので、良く分からないが……

 どうやら真剣なやりとりを行っている。

 喧嘩ではないのが、幸いだが……


 でも人より自分の恋。

 よっし、ここは先制攻撃。

 シスターステファニーに勝つ為に、ことわざ通り先んじよう。


「お帰りなさい~! 待ってたわ」


「ただいまっ」


 「挨拶は常に元気良く!」が、看護師である私のモットー。

 あ~んど、爽やかな、笑顔を合わせるのが基本。

 

 お互いに気持ち良いから。

 うん、トオルさんも分かっていて、素敵な笑顔で返してくれた。


 でも、トオルさんは私に挨拶した後、きょろきょろしてる。

 あれ、シスターシュザンヌを見てるぞ。

 どうして?


 と、不思議に思った私は、はたと気付いた。

 

 トオルさんはいつもの癖が出たのだと。

 『愛の伝道師』としての、気配り癖が。

 

 案の定、哀しそうな表情をしてる。 

 先ほどジェロームさんから冷たくされたシスターシュザンヌを、

 何とかケアしてあげたいと考えているに違いない。

 相変わらず優しいなぁ……


 ついトオルさんの仕草を観察してしまう私。 

 次にトオルさんは、アランさん、そしてシスタージョルジエットを見た。

 

 先ほども言った通り、

 幹事同士、ずっと『ふたりきりの世界』に入っている。


 私が最後にトオルさんが見たのは……

 恋敵ライバルで、いやいやリュカさんの相手をしている、シスターステファニーだ。

 必死にシスターステファニーを口説くカミーユさんだが

 疲れと焦りの色が見えている。


 改めて見やれば、一番『危険人物』だったシスタージョルジエットが最も幸せになっている。

 古いベタなギャグだけど、な~んでこうなるの!?

 

 シスタージョルジエット以外の参加メンバーは、私も含め、

 いろいろ『難あり』となっている。

 その上、そろそろ男子チームの席が変わる頃だ。

 トオルさんが移動して、シスタージョルジエットの対面に座ってしまう。

 更にその次は……

 シスターステファニーの対面に座ってしまう。


 と、その時。

 トオルさんが一声。

 私の勘は良く当たる。 


「ええと……そろそろ席替えを……」


 どかんっ!

 ミシッ!


「わっ!」

「ああっ!」

「きゃっ!」


 シスター達の悲鳴があがった。


 私だって驚いた。


 わあああっ!

 誰かが、床を思い切り踏んだよっ。

 

 音がした方を「そうっ」と見れば……

 アランさんの傍の床がクラッシュしていた。

 結構大きなひび割れが入っている。

 

 改めて思った。

 騎士さんって、凄いパワーだって。


 でもアランさん本人は一見冷静で、微動だにしていなかった。

 視線さえ動かさず、

 シスタージョルジェットをずっと見つめている。

 ちょっと怖いかも……


 ふとトオルさんを見やれば、 

 アランさんの行為に納得したみたいで頷いていた。

 何か、ピンと来たみたい。 

 

 でも、少し経ってから、アランさんより指示があった。

 「あと10分、席を現状のままで」と、延長申し入れがあったのだ。

 

 これって、凄く分かり易い。

 つまり、あと10分あれば……

 「シスタージョルジェットと、深い仲になれる」という意味だろう。

  

 軽くため息をついた私は、改めてトオルさんを見た。

 ……トオルさんは、何やらジェロームさんと話していた。 


 そして、トオルさんが口を開いた。

 場の空気を和らげる為、わざと3枚目を演じているようだ。

 

「シュザンヌさん! フルールさん! お菓子は好き?」


「大好き!」


「超好き!」


 わぁ、トオルさんが素敵な話題を切り出した。

 女性で、お菓子が嫌いな人を私は見た事がない。

 美味しそうなお菓子を想像して、私は思わず笑顔となる。

 

 シスターシュザンヌも、満面の笑みで応えてくれた。

 会話が少しずつ、盛り上がって来た。


 ここは、『特別なフォロー』のタイミングなのだろう。

 トオルさんが、私ではなくシスターシュザンヌへ話しかけたから。

 

「シュザンヌさんは、お菓子とか、ご自分で作ったりするのですか?」


「ええっと、私は、あまり……」


 トオルさんの質問を聞き、シスターシュザンヌはトーンダウンしてしまう。

 私は全く知らなかったけど、

 彼女はあまり、料理やお菓子つくりが得意ではないらしい。


 シスターシュザンヌの反応を見た上で、

 トオルさんがジェロームさんへ、何か囁いている。


 すると、

 ジェロームさんは「承知した」という雰囲気で、柔らかな笑みを浮かべ、頷いた。

 そして、シスターシュザンヌへ、身振り手振り付きで話しかけたのである。

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