第10話「教育的指導」

【大門寺トオルの告白⑤】

 

 アランから指示を受けた後……

 俺は順番待ちをしながら、カミーユと話していたが……

 

 やがて順番が来た。

 さあ、入店だ。

 

 迷宮を改造した店『ラビュリントス』の外見は、少し豪華だが、ごくごく普通の建物である。

 しかし、中へ入ると……

 迷宮の入り口を補修した、大仰ともいえる石の扉が目に飛び込んで来た。

 

 そう、この店はくだんの迷宮の真上に家屋を建ててある。

 客は入店して、屋内から迷宮へと潜るのだ。

 

 一画をふと見れば、『レンタル衣裳完備!』という看板がある。


 何と!

 貸し衣装屋が営業していた。

 有料で希望者に貸し出す、冒険者の職業別貸し衣装を取り揃えているらしい。


 「気分は、迷宮探索をする冒険者!」

 というのが、店側のキャッチフレーズ。

 

 『ラビュリントス』のイベントフロアでは旧迷宮の構造をそのまま活かし、

 探索ごっこが出来ると聞いている。

 カップルでデートを兼ねて遊ぶ者も多いようだ。

 俺は仕事で本物の迷宮も入った事があるから、

 金を出してまで遊びたいとは思わないが……


 と、その時。


「お~い!」


 叫んだのはアランだった。

 先に入って手招きしている。


「副長ぉ! 交流会の会場は地下9階のレストランで~す。魔導昇降機で降りますよぉ!」


「了解だ、カミーユ、行くぞ」


「ま、待って下さいっ」


 カミーユの奴、周囲に綺麗な女子がたくさん居るものだから、さっきからず~っと「きょろきょろ」していた。

 興奮しているのか、完全に目が泳いでいた。

 

 牝馬に興奮した牡の競走馬じゃないけど、これでは入れ込み過ぎだ。

 今日は王国の完全貸し切りだから、目の前に居る彼女達も全員参加者だろう。

 運が良ければ話せるし、更に幸運なら……知り合いになれるかもしれない。


 でも、今日はカミーユへ告げておく事がある。

 硬派な騎士隊副隊長のクリスの鷹揚さなら敢えて注意などしないだろう。

 

 だが、『愛の伝道師』大門寺トオルとしては、

 可愛い?後輩が幸福を掴む為には諫めておかねばならない。


 クリスの記憶で知ったが……

 カミーユは、最近スタンドプレーヤーぶりが目に余るらしい。

 

 以前、珍しく俺が参加した時も、カミーユは超が付くマイペースだった。

 自分だけ女子と仲良くなる事しか考えていなかった。

 ここ何回か、合コンに出席したメンバーから、奴が名指しで言われた事もあったという。 

 こいつは誰に注意されても全く変わっておらず、人の忠告を聞かないんだ。

 

 ちなみに、スタンドプレーとは……

 チームの勝利よりも個人が自身の成績を優先したり目立つことを目的にしたプレーだ。

 合コンにおいていえば……

 参加女子達と自分だけが上手く折り合うという禁断の幸福だけを追い求め、チームプレーに非協力な奴の事である。

 

 知る人は知っている。

 合コンとは、時にチームプレーが必要だ。

 ようは、助け合いの精神って事。

 

 好みの女子がバッティングした場合も、よほどの事情がなければ、譲り合いの精神だって持たなきゃならない。


 周囲を見回していたカミーユが、ようやくこっちを向いたのを頃合いと見て、俺は言う。


「カミーユ、今のうちに言っておく」


「え? 何すか」


「いろいろと、お前の噂を聞いている」


「え? 僕の噂?」


「ああ、俺も以前注意しただろう? お前はマイペース過ぎるって。今回俺達は、ジェローム隊長のフォローもするんだ。自分の事ばかり考えるなよ」


「ええっ!? 僕、そんなにマイペースっすか?」


 カミーユ……お前、何だそれ?

 その言い方だと、やっぱり自覚していない。

 

 だから、俺は念を押す。


「はっきり言おう。俺の下へ結構な数の苦情が入っている」


「ふ、副長へ? く、苦情? 僕のっすか?」


「そうだ、カミーユ、お前への苦情だ。少し態度と行動を改めろ……騎士隊の評判にも影響するぞ」


「…………」


 俺の言葉に不満なのだろう。

 認めたくないのだろう。

 カミーユの奴は、顔をしかめて黙り込んだ。


 一応、俺は聞いてみる。


「何だ? 不満か?」


「ええ、副長の仰る意味が、全く分からないっす」


 首を横に振るカミーユ。

 仕方がない、分からないようなら……

 容赦なく、引導を渡そう。


「じゃあ、ここでもう帰れ」


「へ?」


「たわけめ! へ? じゃない。今回のイベントだってアランが尽力してくれたお陰だ。お前が自分の事しか考えない『クレクレ君』なら、参加お断りだ」


「えええっ!」


 予想もしなかった俺のきっつい物言いに、カミーユは驚いたようだ。

 口を「ぽかん」と開けてしまう。

 

 やっぱりそうだよ。

 こいつは俺が優しいと思って、存分に甘えていたのだ。

 注意した事もすっかり忘れているし……


 でもここで、俺が少しでも手綱を緩めたら、こいつの為にならない。


「さあ、すぐ帰れ。俺からアランへは伝えておく」


「ご、ごめんなさい! あ、改めますから!」


 うん、さすがに、こいつは馬鹿じゃない。

 俺が、本気で怒っているのを感じ取ったらしい。

 

「本当に反省したか?」


「しましたっ」


「だったら今日、行動で見せろ。俺は、しっかり見ているからな」 


「うう、了解っす」


「お~い、どうしましたぁ?」


 アランから離れて話していたから……

 今の会話は、聞かれてはいない。


 俺は片手を挙げて応えると、ダッシュして、アラン達へ追い付いた。

 

 全員で、魔力により動くエレベーター、魔導昇降機に乗り込む。

 俺達と他の客を乗せ、魔導昇降機は発進。

 

 あっという間に、地下9階へ到着。

 そして、扉がすうっと開けば……

 目の前はすぐ、レストラン『探索クエスト』の入り口なのである。


 レストラン入り口扉は、大きく開け放たれていた。

 既にたくさんの人々が参集しており、様々な衣装が目につく。

 皆、ここぞとばかりに気合を入れており、女性は派手にお洒落をしている。


 アランが壁に掛かっていた魔導時計を見た。

 そして、全員へ言う。


「じゃあ、ここで一旦解散です。……午後7時少し前、店内にある宝剣の間で、待ち合わせとしましょう」


 宝剣の間……それが店内にある、貸し切り個室の名前なのだろう。

 そこで、アラン主催の食事会を行うのだ。


 待ち合わせ指定時間は……

 午後7時少し前……よっし、覚えたぞ。


「了解した」


 俺は小さく頷いた。


 えっと、カミーユには頭を下げさせ……

 って、何だ、こいつ!

 アランの話など聞いちゃいない。

 

 また綺麗な女子達に見とれていやがる。

 ホント、懲りない奴だ。


 仕方なく、俺は拳骨を喰らわせてやった。


 ごっつん!


「あだっ!」


 頭を押さえて、痛がるカミーユへ、俺は冷たい声で言う。


「……お前、俺の話をもう忘れたのか? ここから……帰るか?」 


「あううう……す、すみません」


「可愛い子が多いから、気持ちは分かるがな」


「で、ですねっ」


 怒った俺が一転、笑顔を見せたので、カミーユはホッとしたようだ。

 これくらい薬を効かせておけば、こいつも少しは反省するだろう。


 俺とカミーユの『じゃれ合い』を見て、アランがニコッと笑う。


「会の冒頭に行われる、殿下の挨拶だけは、きっちり聞いておいてください。副長、さっきの約束……お願いします」


 ああ、ジェロームさんフォローの念押しね?

 当然ながら俺は、元気良く返事をする。


「了解!」


「後ほど」


「では、クリス、一旦失礼する」


 アランは店内へ去って行った。

 そして、ジェロームさんも一緒に。


「さあ、カミーユ……俺達も行くぞ」


「は、はいっ」


 俺の機嫌が、完全に直ったと感じたのだろう。

 カミーユも、嬉しそうに笑っている。


 大きく頷いた俺は、混雑する店内へ入るべく、後輩を促したのであった。

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