第9話「聖女隊御一行様、迷宮へ!」

【相坂リンの告白⑤】


 午後5時……

 中央広場の大魔導時計下……

 誰もが使う集合場所に、創世神教会所属である4人の聖女が集結していた。

 陽は西へ完全に傾いている。


 シスタージョルジエットの強引ともいえるお誘いで……

 私シスターフルールことフルール・ボードレールは、今日の今日。

 つまり今夜の午後6時から特別な食事会に出席する事となってしまった。

 前述したように、参加メンバーは私達以外にはふたりである。


「シスタージョルジエット、こんばんわ」


「シスタージョルジエット、今夜は宜しくお願いしますね」


 やって来たふたり、

 参加メンバーのシスターシュザンヌ、そしてシスターステファニーが丁寧にあいさつした。


 そもそも聖女同士、よほど親しくなければ普段あまり話す事はない。

 公私の別をしっかり分けている。

 さすがに面識だけはあるが、私フルールはこのふたりとじっくり話すのは初めてである。


 挨拶をされたシスタージョルジエットが改めて私を紹介する。


「シスターシュザンヌ、シスターステファニー、今日はお疲れ様です。ご存じでしょうが、こちらは今回の参加者シスターフルールです」


「シスターフルール宜しくね」


「シスターフルール宜しくお願い致します」


「シスターシュザンヌ、シスターステファニー。こちらこそ宜しくお願い致します」


 改めて挨拶をし、私はふたりを見た。

 フルールの知識と記憶が私にふたりの素性と経歴を教えてくれる。


 ……シスターシュザンヌことシュザンヌ・オリオルさんは、聖女になって10年以上経つ。

 つまり経験豊富なベテランである。


 彼女の年齢は……

 常識的に、面と向かって聞いた事はないが、確か……30歳だったはず。

 そして出自は騎士爵家の次女。

 シスタージョルジエット同様潔癖な性格で、

 男性にはあまり興味がなく、仕事ひとすじという噂だ。


 片やシスターステファニーことステファニー・ブレヴァルさんはまだまだ若手。

 聖女2年目の20歳。


 本人はあまり言わないが、強い結婚願望があると聞いている。

 だが……

 男性に対する理想がとてつもなく高い。

 なので、中々折り合わないらしい。


 ちなみに彼女の出自は超が付く良血といえる家柄。

 創世神教会のトップ、枢機卿アンドレ・ブレヴァル公爵の孫娘。

 男性へのこだわりが半端ではないのも納得である。


 と、ここでシスターシュザンヌが尋ねる


「シスタージョルジエット、それで今夜の段取りは?」


「はい! シスターシュザンヌ。開始時間、場所の変更はありません。最終的にはこちらの4人に合わせてくれたようです」


「こちらの4人に合わせる? すると?」


「ええ、あちらも同じく4人ぴったり、同じ人数の騎士様がいらっしゃいます。ターゲット以外には、王都騎士隊の隊長、副長、もっと若手の方もいらっしゃるそうです」


 シスタージョルジエットが答えると、ここでシスターステファニーのチェックが入る。


「え? ちょっと待ってください、シスタージョルジエット。それって凄いメンバーじゃないですか?」


 対して、シスタージョルジエットが同意し、頷く。


「確かに……特に隊長と副長のふたりには、注目です。隊長は名門カルパンティエ公爵家の跡取りであるご嫡男ジェローム様、副長はレーヌ子爵家のご当主クリストフ様、おふたりとも凄く硬派で勇猛果敢な歴戦の騎士だと聞き及んでおりますから」


「素敵ですね」

「本当に……そんなに硬派なら多分、彼女は居ませんよね?」


 不埒な? くだんの騎士アラン以外に、大物ふたりが来ると聞き……

 結婚願望が強いシスターステファニーは勿論、意外にも男性嫌い? のシスターシュザンヌまでがうっとりしている。

 来た甲斐があるという雰囲気で、本当に嬉しそうである。


 ふたりの様子を見たシスタージョルジエットは、ちょっとだけイラついたみたい。


「呆けている場合ではありません! 今夜の第一目的は不埒なやからアラン・ベルクールの証拠をバッチリ押さえ、公に告発する事です」


「は、はい、そうですよね」

「り、理解しております」


「ではお店へ参りましょう」


 シスタージョルジエットに先導され、私達聖女連合部隊は開催場所へと歩きだしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 暫し歩くと……

 飲み会を開催する店が、見えて来た。

 

 実をいうと、今日行く店はとても特殊。

 何と!

 地下迷宮を改造した『ラビュリントス』という現在大人気のレジャー施設。

 その中にあるレストランなのである。


 何故、迷宮が王都内にあるのか?

 理由というか、私がフルールの知識から得た話はこうだ。

 

 ……今から数百年ほど前、ひとりの男性魔法使いが居た。

 どうしてひねくれたのか分からないが、曲がった性格の彼は、嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に自分の住まいとなる迷宮を作り上げた。

 

 地下10階まである、そこそこの規模であり……

 魔法使い自身は、最下層へニートみたいに引きこもった。

 

 だが迷宮のある場所は、王都の近くとはいえ、とんでもなかった。

 何と!

 入り口が、正門の真ん前だった。

 

 さすがに、王国も放ってはおけず、迷宮の封鎖と退去を魔法使いへ命じた。

 だが、くだんの魔法使いは完全無視を決め込む。

 

 仕方なく王国はその後も、何度か命令の受諾を求めた。

 実力行使の警告も含めて……

 しかし魔法使いは従わなかった。


 こうなると、もう強引に撤去&退去させるしかない!

 という事で、王国は説得の為、屈強な騎士隊を派遣した。

 しかし、なかなかうまくは行かなかった。

 

 魔法使いが、迷宮をコントロールする魔道具ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……

 彼が召喚した、様々な魔物が徘徊はいかいしていたからである。


 野戦では絶対的な強さを誇る騎士も、狭く暗い迷宮では勝手が全く違う……


 結果、魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。

 これはもう相手へ撤去&退去を命じるレベルではない。


 激怒し、業を煮やした王国首脳は、冒険者達にも迷宮探索を開放。

 憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じたのである。

 

 こうなると、数多の冒険者達が迷宮攻略を目指した。

 だが、迷宮に慣れているはずの冒険者達も結構難儀したらしい。

 

 その魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……

 彼が引きこもってから約100年もかかって、迷宮は遂に攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。


 長き討伐の間、多くの騎士や冒険者が亡くなり……

 とても不吉な場所とされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。

 そして、ず~うっと、そのままになっていたらしい……

 

 迷宮が、再び注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。


 元々、迷宮があった場所の、街壁が老朽化した為……

 ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。

 

 そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……

 迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであった。

 なので、殆ど無傷だったらしい。

 王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して今度は最初から冒険者のみで迷宮の探索を命じた。


 度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。


 幸い、迷宮内には人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。

 嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……

 冒険者達は、実入りの良い仕事をバッチリこなし、莫大な金を得たという。


 こうして……

 安全となった迷宮は……

 暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。

 だが、5年ほど前に民間へと払い下げられた。

 

 迷宮を取得したのは王都の大手某商会であり、彼らは迷宮を大幅に補修した上、改造を施した。

 センスの良い装飾を加え、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。

 地下商店街がオープン後、物珍しさから客足は多かった。

 商会は更なる収益を見込み、更に増築工事を行った。

 

 何と!

 疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地まで備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。


 そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年なのである。

 また今夜行われるのは単なる飲み会ではなかった。


 シスタージョルジエットいわく、

 最近、王都で噂の男女が巡り会える最大のイベント、

 王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』に参加した上での2次会という形を取っていた。


 それってフルール、否、私・相坂リンにとってもスペシャルなイベント。

 けして興味がなくはない。

 いいえ!

 突然異世界転移し、相性が抜群に良かったトオルさんには二度と会えなくなり……

 『新たな出会い』を求める私には大いに興味がある。


 シスタージョルジエットの目的はさておき……

 飲み会の相手が女子に人気職業の騎士という事もあり……

 シスターシュザンヌ達は気合を入れ、参加したのだとも推測される。


 いきなり誘われ、強引に連れて来られ、当初は結構なストレスがあったが……

 新たな出会いへ、完全に気持ちを切り替えた私。

 高まる期待に胸躍らせながら、店の入り口へ向かったのである。

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