第5話 球技大会 閉会

 日が落ち始め、だんだんと気温も低くなってきた時間。

 薄暗く、夏独特のじめっとした空気と熱が体にまとわりついてきて、気持ちが悪い。

 俺たちが無限にタバコを吸っていた喫煙所の扉が勢いよく開く。男性の先生が不満そうな顔で俺たちに大きな声を出す。


「おい! いつまでタバコ吸ってんだ!」


 流石に吸いすぎみたいで、嫌そうな顔をしている先生に笑いかける。


「失礼しやした、なんか集まりっすか?」

「閉会式だよ!」

「お! やっと終わるじゃん! 今行きます!」


 吸っていたタバコをもみ消す。


「真冬! いくよ!」


 先にタバコを消していた青が俺を楽しそうに急かす。

 あと数秒も待てないのかい?

 全然良いんだけど。


「待て待て! 落ち着け?」

「落ち着いてるよ。早く行こ」


 落ち着いてないだろ……。まあいいか。肺がおかしくなるくらい吸ったし。


「今行くって」


 タバコを消したことを確認し、喫煙所を離れる。

 先生たちが嫌そうな顔で俺たち睨む。

 俺ら以外にも来てないやついるだろ。俺らを親の仇みたいに睨むのはやめてもらえないだろうか?

 100人くらいが体育館を出て、建物内にある広間のようなところで騒いでる。

 さすがにこの人数で騒いでいるとやかましい。少しは静かにできないんかね?


「せんせいまだー?」


 アホっぽい女子が先生に質問すると、女性の先生は作ったような笑顔を浮かべる。


「まだ来てない子がいるからもうちょっと待っててねー」

「ええー、おそーい」


 先生よ、表所を作るならもっと徹底しようよ。口元引く付いてるよ?


「おそくなりましたー!」


 これまたチャラついた男子と同じように軽い感じの女子がへらへらとしながら集まってきた。んー、俺らよりもひどいんじゃないかねぇ。


「……何あれ」


 青が小声で嫌っそうにつぶやく。俺も小声でそれに返す。


「ああいうのを一番注意すべきだと思うんだけどな……」

「……青、ああいうの嫌い」


 近くにいた秀樹も聞こえたのか会話に混ざる。


「マジでクソだな。先生も怒れよな」


 秀樹がそういうのは嫌そうな顔をしても何も言わないで、閉会式の打ち合わせをしている先生に向かってだった。

 これはひどいな、こういうのがあるから学校って嫌になるよね。

 青と秀樹が心底嫌そうな顔してる。カラオケ行こうと誘ってきた幸助はいつも通りスマホをガン見している。

 そんな身長は高くなく、ぽっちゃり体系。服装が違うだけのガンダムオタク感がにじみ出ている。実際にガンダムオタクだが。


「じゃあ、閉会式始めるよー」

「やっとだ―」「遅いよー」


 野次がすごいな。運動してテンション高いのはわかるけど、民度が低いな。

 先生もイライラしてるぞ。空気を読め。周りも笑うなよな……。


「……じゃあ、閉会式前にくじ引きの抽選しまーす!」


 待ってましたと言わんばかりの空気。くじ引き?


「あ、真冬は知らないよね? なんか、最初に渡された紙があってね、それでなんかもらえるんだって」

「ほーん、あのド〇キの袋から出てくるのか? でれれれってれーって」

「その効果音だとポケットだろ!」


 秀樹が無駄に元気に突っ込みをしてくる。確かになぁ。


「まあ、何にしろ俺には関係ないな。多少盛り上げたほうがいいか?」


 俺の素敵な提案に二人が珍しい生き物を見るかのような目で見てくる。

 変なこと言ったか? 俺の盛り上げ方完璧だろ。一年生が試合してるときにもヤジ飛ばして盛り上げたろ?


『おいゴラァ! 気合い入れろや!』『任せてください先輩! 優勝しますんで!』


 こんなやり取りしてたろ? 一年生たちめっちゃ楽しそうにしてたぞ?

 こういう盛り上げ方なら任せろ。今までやってきたこととあんまり変わらない。


「お前の盛り上げ方はヤンキーが過ぎるからダメ」

「は? どこがだよ」

「うーん……、真冬の野次怖かったよ」


 青もか。俺はおかしいのか……?

 どんどんと番号が読み上げられ、楽しそうに生徒がド〇キの袋から出てくる商品をもらっていく。その間ずっと拍手しなきゃいけないこの空気。好きじゃないんだよなぁ。

 お、同じ学科のやつらがもらってるやんけ。よかったな、すげぇいらなそうなやつだけど。


「あ、俺だ」


 悠人がだるそうに先生たちのところに行くと、渡せれたものを見て少しうれしそうな顔で帰ってくる。


「そーめんもらった。食料」

「ええやん。お前作れんの?」

「さすがに作れるよ。面倒くさいけど。真冬作って」

「あー、暇あれば作ってやるよ」


 悠人の家に行ってよく料理作るからなぁ。評判いいから悪い気はしないけど、時間と金がなぁ。朝から学校、夜中までバイト。余裕がないからあんまり作りに行けないんだよな。


「え? 真冬って料理できるの?」


 青が不思議そうに聞いてくる。え? 俺が料理できると不思議なん?

 一応居酒屋の厨房でも手伝いするし、賄担当ぞ?


「意外か? うまいらしいぞ、俺の料理。人気なのは麻婆豆腐と油淋鶏とかの中華だな」

「食べてみたい! 私辛いの嫌いだけど……」

「あー、今度な。余裕あるとき作ってやるよ、辛くないのな、任せろ」


 嬉しそうにする青と、ニヤつく秀樹。飯を考えているときの顔をする悠人。こいつら顔だけで芸になるな。

 んー、ラーズーチーが好きだから作ろうかと思ったんだが、俺以外に食えそうなやつが思いつかんな。

 しゃーないから回鍋肉とか、青椒肉絲あたりか。棒棒鶏作ったことないしワンチャンあるな。


「真冬の味覚おかしいから、こいつの辛くないは信じないほうがいいぞ!」


 あ? 秀樹のやつ、ひどくねぇか?

 青も信じるなよな。すごく疑いの目を向けてくる。


「そうなの?」

「信じるな。俺の味覚は正常だ。……多分。少し辛いの強いくらいだ」

「いや、絶対嘘だ。真っ赤なラーメン食べて顔色変えずにうまいはおかしい」

「普通だろ、赤くても辛くないのなんて腐るほどあるぞ」


 青が信じられないって顔で俺を見てくる。おかしくないだろ? 悠人も心底嫌そうに俺を見る。

 みんなでそうやって俺のことをいじめて楽しいか? そんなに普通じゃないのか?

 マジで辛いのって味覚がなくなって痛覚のみを感じるくらいじゃないの? 今まで辛いって言われてたの基本おいしかったんだが? みんなの味覚がおかしいんじゃないの?


「ちなみに、真冬が今までで一番辛いなって思った料理って何?」


 青がなぜか恐る恐る聞いてくる。

 あー、何だろうな。秋葉原で食べたデスソースケバブか、どっかのラーメン屋で食べた超激辛ラーメンかな? ラーメンのほうは店員さんが止めるぐらい辛いやつ入れたけど、おいしかったんだよな。

 あ、あった。超絶辛かったなってやつ。


「デスソース使われたケバブとか、超激辛ラーメンとかも辛かったけど、今のバイト先の賄で出てきてたカレーだな。外人が作ってて、粉末の唐辛子がおかしいくらい入ってるやつ。でもめちゃくちゃおいしいんだよね」

「…………おかしい」


 ほーん、そんなおかしいんか? みんな辛いの弱すぎじゃない?


「なんでそんなに辛いの平気なん?」


 悠人がふしぎそうな顔で訪ねてくるから、考える。

 要因か……、あぁ、育った環境か。


「昔から以上に辛い麻婆豆腐とか食ってたし、カレーは辛口でも足りない家系」

「あぁ……」


 みんなが納得したような顔をするのを見て、育つ環境大事だなって思った。


「そんなことよりも、なんか言ってるぞ、聞いてやれよ」


 そう顎をしゃくって刺すのは先生たち。帰るときの注意事項だったりを話し始める。ようやく終わりか、もう日も落ちて、完全に夜になってしまっている。

 とりあえず、


「「タバコ行く」」


 青とセリフがかぶる。やっぱタバコを吸うやつは同じ考えだな。


「かぶったー! 一緒!」

「はいはい、行くぞ」


 また俺たちは喫煙所に戻る。


「幸助たちとカラオケ行く前に飯食おう。どっかで適当に、俺は腹減った」


 みんなうなずくのを見ながら煙草に火をつける。


「ふぅ……、これ吸ったらすぐに行こうか」

「私もいっていいの……?」

「いいからこい」

「そうそう! 行こうぜ!」


 秀樹もうざいテンションで誘う。

 なんかこう、どことなく腹が立つんだよなぁ。


「行こうぜぃ! せめて飯いこうぜ! な!! な!?」


 まあ、いいか。青が行く気になってるみたいだし。


「行く! 少しならお母さんも大丈夫だと思うし!!」

「よし、んじゃあいくぞ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

根暗が、叶わぬ恋で瞬きの夢を見る 働気新人 @neet9029

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ