第4話 球技大会 後編

「あぁー、めんどくせぇ……」


 ドッチビーをやっている最中、外野で座り込む。こんなスポンジフリスビーを投げて人に当てるだけのゲーム何が楽しいのか。ボールをぶん投げて、相手に当てたほうがいいだろ。


「おい真冬! まじめにやれよ!」


 秀樹が笑いながら俺にフリスビーを投げてくる。


「あ? だりぃ、めんどくせぇ。俺やんなくてもよくね?」

「真冬が一番運動できるんだからお前やんなかったら誰やんだよ!」


 知らん。たかだか学校行事で疲れ果てる意味が分からない。今日はバイトがなくても明日も明後日もバイトがある。今日はできる限り休んで、学校とバイトのために体力を温存していたいんだ。

 中学生にしか見えない秀樹にはわからなそうだな。


「おい!」


 秀樹がうるさいので軽くパスしてやる。

 フリスビーが逸れに逸れて内野のほうへ流れていく。あーあ、やっぱ運動音痴が出ちまうなぁ。


「あ、悠人。すまん」


 悠人がフリスビーを追いかけていく。

 かわいそうに、俺以上の運動音痴丸出しでフリスビーに遊ばれている。

 俺はその間にしゃがみ込む。相手女の子しかいないし、あんまりヤジ飛ばすと小言言われそうだし。あーあ、こういうところがまじめで面倒な学校なんだよなぁ。

 専門学校なんてこんなもんなのかね。


「じかーん! はい、小説コースの負け!」

「あーい、終わり終わり。ヤニ吸いてぇ」


 先生の合図でみんなの力が抜ける。弛緩した空気感が流れて、適当なあいさつでみんな散っていく。

 負けたのは、まぁ、まじめにやってなかったから当たり前か。

 小説書いてばっかのもやしたちじゃ、真面目にやっても無理だな。ほかのコースも漫画とかイラスト系だから大して変わらないけど。


「真冬だらけすぎ!」


 髪の先が青いやつが笑いながら近寄ってくる。胸のあたりに大きく運動不足って書かれてるTシャツを着た、見るからにネタキャラが何を笑っているんだか。


「こういうイベントは周りがどれだけ楽しめるかだろ。ならこれでいいんだよ」


 周りを見ると顔見知りがスマホと俺を交互に見て笑っていたり、蔑んだ目で見てきたり、不機嫌な目を向けてきていたり。

 俺はそんなネタキャラじゃないぞ。


「よし。青よ、タバコに行くぞ」

「うん! 行く!」


俺が声をかけると嬉しそうに青がやってくる。

小動物みたいだな。


「真冬! 佐藤さんに動画送っとくね!」


顔見知り1号。美愛が笑い転げながらスマホを見せる。

げっ! マジで店長に送るのかよ。

バイト先の後輩でもある美愛が、面白がって店長に送るのはおかしい話ではないけど、マジでやるのか……。


「美愛! 送ってもいいけど、ちゃんと面白いところとったんだろうな!」

「完璧! 任せて!」


何を任せるというのか……。

美愛の隣にいる夏葉も笑い転げてるし……。止めるやつ誰もいないな。

俺は存在で笑いを取るしかないのか、よし、店長よ笑ってください。


「たく……。待たせて悪いな、青。行くか」


隣でツッコミもなくただ笑っている青に声をかける。

まだツボにはまってるのか笑いながら後ろを追う。

何がそんなに面白いんだ?



「真冬ってこういう行事真面目にやると思ってた」


笑いながらタバコに火をつける青。よせよせ、そんな付け方したら……。


「ゲホッ!」


青が盛大にむせる。あーあ、やっぱり。


「大丈夫か? まあ、真面目にやる行事ならやるけど、これってそんなに大事な行事じゃないし。みんなが楽しむ行事だろ? クソ真面目にやっても、楽しめなかったらそれまでじゃん?」

「んー? そうなの?」

「そうなんですよっと、フー……。俺らみたいなヤニカスはタバコ吸ってるだけでいいんよ」


火をつけたタバコを見せるように振る。

紫煙が揺蕩う中で俺は顔をくしゃっとしてやると、青が吹き出す。


「変な顔!」


これでええんよ。専門学校で2個上が真面目にやって、高卒たちが引いたらダメだろ。

俺みたいな年上もいるぞっていうのを見せて、遠慮なく人と付き合うっていうのを学んでもらえればいいんだよな。


「真冬って優しいよね?」


急に真面目な顔をする青に動揺する。


「は? え? お前は急に何言ってんの? 恥ずかしい……」

「え? なんで!? 真冬が優しいって思ったから、言っただけなんだけど!?」

「どこが!? 頭の中空っぽの21になってもガキなやつだぞ!?」


何を言ってるんだこいつは!?

普通に可愛い女の子にこんな風に言われる経験が、少ないんだからやめてよね!?


「だって、周りのこと優先にして、自分のこと後回しって優しいから出来るんじゃないの?」


ふむ……。あれ? もしかして俺良いやつ? 確かに周り優先にするな……。

いや、俺はただただ、俺にそんな価値はないって思ってるだけで……。わからなくなってくるな。


「そうなんかな? 俺は自分勝手にやってるだけなんだけど……」

「それでも、やってることがそう見えるんだからそう言うことなんじゃないかなって私は思うよ?」

「そうなのか……。まぁ、そう言うことにしとくか」


自分の中で納得は行かないけど、そう言うことにしておいた方が、変に悩むことないか。

でも、自己肯定感皆無だけど、承認欲求はそれなりにあるから嬉しいもんだな。

 褒められることもほぼ無かったし、勝手に口角が上がる。

 少し恥ずかしくて、口元を手で隠しながら青から顔を晒す。


「あー! 真冬照れてるー!」


 指差しながら笑う青がおかしくて、俺は声を出して笑う。


「うるせぇやい!」

「おいちゃんに褒められるの嬉しかったんだー! 可愛い奴め!」


 ここぞとばかりに言ってくる青にますます面白くなって笑いが止まらなくなる。


「楽しそうだな!」


 喫煙所に秀樹がやってきて野次を投げてくる。面倒な奴が来た……。


「おお! ひーちゃんだ!」


 タバコを持っていないほうの手を大きく振ってよくわからない名前を叫ぶ青。

 ひーちゃんて誰だよ……。


「……? っ!! ひーちゃんて俺のこと!?」

「うん! 秀樹くんだからひーちゃん!」

「やなんだけど! 俺女性恐怖症だし!」


 出た、こいつの女性恐怖症。そんなんだったら青に話しかけないだろ。本当なのか疑わしいな。


「そっかぁ……。じゃあやめる」


 落ち込んだ青に微妙な顔する秀樹。そんな顔するなら最初からやめとけよ。


「まあ、べ、別に? す、好きにすれば?」

「え!? じゃあひーちゃんって呼ぶね!!」


 コロコロと表情を変えて、子供みたいだな。


「ところで、秀樹どうした?」


 多分用事ないんだろうけど。


「あ、そうそう! 幸助がこれ終わったらカラオケ行こうって言ってるんだけど」

「お? いいんじゃね? その前に飯食いたいけど。あ、そうだ、青もこいよ!」

「え? いやいや邪魔したくないし!」

「邪魔じゃないから安心しろ! こい!」


 戸惑う青を勢い任せで誘う。人を誘う時は勢いで誘うとその場のノリ来てくれるから、一気にいこう。


「な、なら行こうかな……」


 戸惑う青にサムズアップしてやる。


「よし、なら決まりだな。先に飯食おうぜ!」

「え? う、うん」

「よっしゃ、じゃあ、この前行った北海道うんたらの店に行こうぜ!」


 北海道うんたら……? ああ、ザンギの店か。あそこはうまかったな。豚丼とかもあってうまかった。


「よし、秀樹のおごりな!」


 にやっと笑って秀樹を見てやると秀樹が噴き出す。


「金ねぇよ! まあ、青の分は出してやってもいいけどな!」

「下心満載だな」

「そういうのじゃねぇよ!」


 新しい煙草に火をつけて終わるまでの時間をつぶす。

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