第31話 ライバル同士の戦い



 クロソフィは明らかに次の行動をとりかねている。


 彼女が心無いAIのままなら、そんな事で動きを止めたりはしなかったはずだ。


 だからこそ、この事件は起こってしまったのだが、ユウ達は今それに救われている。


「ユウ様ぁ、メールがきました!」

「……エリザか」


 戦闘中にできたわずかな猶予時間。

 その間にアルンがユウに耳うちし、エリザから受けとったメールの内容を教えてきた。


 外からの暗号は、クロソフィを倒す方法だったらしい。


 やはりと思う。


 一応分からなくても保険はかけてあった。

 ソフィから、クロソフィが弱体化している事は告げられていた。

 普通のプレイヤーのよう倒せばいいと聞いていたから、その目標を軸に行動していたが、予備の策もあった方が心強い。


「アルン、ウィーダ、時間稼ぎを頼む」


 もうすぐアイテムの効果が切れる。


「了解ですぅ!」

「おう!」


 ユウはこちらの行動を相手に妨害されないようにアルンに敵の相手を指示し、データ改ざんを行うべくシステムを操作しようとするが。


「んなっ!」


 ウィーダが珍妙な声を上げてその場に停止、一瞬置いてこちらに切りかかってきた。

 ユウはその剣を受けざるを得なくなる。


「なんっだよこりゃあ!」


 驚愕するウィーダだが、ユウとしては特に驚きの感情はない。


「操られたな」


 淡々と事実を述べる。

 そんな事態は想像していた事だ。


「だよな! それは、知ってるよ! 俺の体動かせねぇし。でもどうやって……! ひょっとしてまたスタッフが?」

「いいや違う」


 ウィーダの剣をさばくのにアルンでは荷が重い。

 こうなったらユウは前に出て彼と戦うしかない。クロソフィには当初の予定通りアルンがあたって、彼女に説得してもらう事にした。


「アルンは、クロソフィを」

「分かりましたぁ!」


 先程の通り、クロソフィにはアルンと触れ合っていた頃の記憶が残っている。


 だから、ユウが相手をするよりは彼女が当たった方がいい。

 やはり、つながりが残っているのだ。

 

 孤独に涙を流す少女の中にも。


 なぜなら、正の感情がなければ、負の感情は生まれないのだから。


「クロソフィ! ううん、ソフィ、こんな事は止めて!」

「誰? その声も、姿も、知らない。知らないはず、でも……何でこんなに胸が苦しいの……?」


 向こうはアルンに任せれば大丈夫だ。

 クロソフィの動きが目に見えて握っている。

 彼女等にしかできないやり取りにこちらが身を挟む余地はない。


 問題はむしろこちらの方……。


「これどういう状態だよ!」


 ウィーダからの切り払いを受け流して、ユウは応じる。


「お前は一度、落書きの件で管理スタッフに操られている。その時にクロソフィがプレイヤーへの行動強制のやり方を学んだのだろう」

「まじか……、やべぇじゃねぇか!」


 喋れもするし、表情も動かせるようだが、体の自由はままならないらしい。

 ウィーダの上段からの攻撃を、ユウは己の武器で受けた。


 剣の技量は純粋に相手の方が上だ。

 ユウではウィーダに勝てない。


 そのうえ、


 目前では、ウィーダが二つ目の剣を左手に出現させて構えていた。


 こうなってしまっては、ほぼこちらに勝ち目は残されていないだろう。


「おいおい、じょうっだんじゃねぇ。こんな大事なところで同士討ちしてたまるかっ!」


 ウィーダは精一杯、己の行動を御そうと試みるが、その努力の成果が実を結んでないのは一目瞭然だった。


 戦闘結果の未来予測はほ零パーセントと、百パーセント数値をはじきだした。

 どちらがどちらの確率化は述べるまでもない。


 それは今までの付き合いを考えれば当然の事で、ステータス諸々の数値を比べれば何よりも明らかになる事実。


 ギルドメンバーとして見てきたウィーダの剣術は、リーダーになるだけあってその実力は自分達よりも確実に上。

 だから、結果を理解するには、実際の未来に辿り着くまでもない。


 しかし

 けれど。


 ユウがここで脱落してしまうと、作戦の成功率が大幅に下がってしまう。

 せっかくエリザが繋いでくれた可能性を無にしてしまうのも、心苦しかった。


 切り札であるアルンがクロソフィの目の前に到達した時点で、勝利の要素の一つは揃っていたが、やはりまだ確実性はかける。


 説得できなかった場合、結末に手を下せるのはユウ意外にいないのだから


 ウィーダが剣を閃かせる。

 その剣筋は、彼らしくないものだが、強者らしい洗練された技が秘められていた。


 参考にした剣技は、一体誰のものだろう。

 ひょっとしたら、この世界で活動しているプレイヤー達の剣技データを集め、このシチュエーションに最適なものを組み合わせたものだろうか。


「おい、ユウ。なに勝手に終わったみたいな顔してんだよ。俺にお前が敵わないなんて誰が決めたんだ」


 防御と回避に専念する事でやっとというありさまであるユウに、彼は声をかけてくる。


「お前はリーダーじゃない。誰かを戦闘で引っ張ってく様な奴じゃない。そんな事は分かってる。ここぞという時に状況を動かすタイプじゃなくて、入念な準備と計画で出来る事だけ選び取っていく奴だってのも。でもそんな風に自分を役にはめたままで良いのかよ!」

「……」

「たまには限界超えてもいいじゃねぇか、役にはまってるだけじゃ駄目だから……エリザさんはあの時……会議の時に、力が足りないって分かってても手を上げたんだろ」


 ウィーダが話すのは、先日の祭りの時に店に集まった時の事。


 そう、その時のエリザは、作戦メンバーに入る程の実力は己にないと分かっていても、自分の過去を乗り越える為に、状況の助けになる為に言葉を発していた。勇気を出して、限界を超えるために、己にあてはめられていた枠から踏み出して行った。


 それがあったからユウ達は今、余分なヒントを手にできているのだ。


「俺はいつも冷静なお前が羨ましい、だから、お前も俺を羨ましがれ!」


 無茶苦茶な暴論だ。


「俺は、お前ができる事を諦めないぞ! お前に出来る事が俺にできないわけないってな!」


 馬鹿の言葉だ。

 だが、難しい事を考えるのが得意ではない代わりに、伝えたい感情はよく分かる。


 それは嫌だからさっさと代われと、要するにそれだけの事を言ってるに過ぎないのだ。

 翻訳要らずで、ひどく単純な思考。


「らぁぁぁっ!」


 ウィーダは自ら気合を入れて、腕を振るったように見えた。


 ユウは、剣を握る手に力を籠める。

 回避する事もできたが、しなかった。


「俺と勝負しろっ!」


 剣と剣が真正面からぶつかりあい、剣撃が響く。

 受け止めた剣に重みと衝撃がきて、腕がしびれた。


「――こなくそっ!」


 彼は、動かせないいはずの己の右腕で、自分の左腕を切り飛ばして見せた。


 部位欠損の異常状態だ、放置していれば通常だったらライフが減るが今はその心配がないのが救いだろうか。


「ほら、これで相手するのはいつもの俺の力にだいぶ寄ったぞ」


 ユウは心の中でひそかにため息を付く。


 そして、一言。


「お前は馬鹿か」

「んなっ」


 奇跡を起こす人間がこの結末にふさわしいというのなら、間違いなくウィーダの様な男であるべきだろう。

 ユウはその傍で、不測があれば足りない部分を補えるようなそんな人物であれば良かったはずだ。


 だが。


 だが。


 ユウが奇跡を起こしさえすれば、その役目は誰だってよくなる。


 特別な人間が、一部の人間が決めた結末でなくなる。

 この世界にいるプレイヤー達みんなで抗って、幕を引いたとそう言える結末にできる。


 それは、デスゲームが終わった後に、残しておくべきものだろう。


「ウィーダ、お前の剣筋は長い付き合いで読んでいる」

「お、言うな。分かるのとやるのとじゃ違うぞ? できんのかよ」

「滅ぼす」

「へっ、そうか」


 己に与えられた役だけをこなすのは誰にでもできる。

  

 だから、今だけユウは、この世界にきた本懐を果たそうと思う。

 現実では得られない何かを求めて、この世界に来た者の一員なのだから。


 なにより男なら誰だって思う。


 ここで止まったら面白くない。

 と。






 仕切り直しのやり取りを経て、戦闘は次のフェーズへ。

 腕一つになった、ウィーダがこちらに切りかかって来る。


 その剣筋から繰り出される剣筋は、見知らぬ剣技ばかりだったが、上書きするようにときおりウィーダのものが交ざり始めていた。

 

「うらぁっ!」


 ユウはそれらに、剣を振り抜いて対処。

 相手の行動はある程度計算できた。


 軌道に感情の影響がでやすくなっている。

 前へ動くときは大体敵を倒すという意思が高まっている時だ。


 だから、数度の打ち合いを見て、好機を掴んだ後、ユウはこちらから動いた。


 相手が勢いに乗っている場面で、こちらは引くのではなく、応じる様に前に出た。


 剣の柄を逆手で持って。


「お……?」


 相手の意表を突く。

 そして思考を止め、動きを止める。


 柄を殴りつける様に、ユウは放った。

 狙うのはアゴ。

 脳を揺らしてショックを与える為だ。


 この世界は現実に即した世界だが、大抵はやはり偽物だ。

 リアルさでは遠く及ばない。

 戦闘不能を狙ったとして脳を揺らしたところで、脳震盪を起こすわけではない。相手はただ衝撃をもらうだけになってしまうだろうが、今はそれで十分だった。


「っ!」


 入れる一撃を、相手は重大な脅威と認識してしまう。

 そして、強引にでも回避行動をとろうとするだろう。


 ウィーダは頭を後ろに引いた。


 結果どうなるか。


 伸ばしていた剣の腕が、宙に浮くのだ。

 安定感を失った腕を、ユウは左手で掴んだ。


「いっ、おい――」


 パラメータに物を言わせ、相手の体を釣り、投げる。


「ぅおぉっ!」


 投げられたウィーダはしかし、態勢を直して着地を試みようとするだろう。


 剣を振らせてはいけない。


 ユウは仕留めにかかった。


 しかし剣先を上に向けると、同じく相手の剣先がこちらに向いているのが分かった。

 来る。


 不安定な態勢の中で、ウィーダは突進技のスキルを使った。

 踏ん張りをつける足場はどうなるのかと思うだろう。


 問題はなかった。


 空中に出現させていた彼の錬成アイテム、「重力の金平糖」が大地の役割を果たすからだ。


 足裏で彼は大地を模した小さな星屑の菓子を蹴る。


「……っ」


 スピードに乗った剣を見つめ、ユウは経験から弱点を導き出した。


 仲間として、何度も見てきた技だ。


 頭上から迫りくる鈍色の武器の速度は視認して対処する速度を超えているが、ユウにはどのタイミングで動けばいいのか分かった。


 この距離ならば、エフェクトの光が強く瞬いた三秒後。


 ユウは、一歩距離を詰めて、地を蹴り、相手のインパクトの瞬間をずらした。

 そのうえで、剣で相手の剣の腹を沿わせるように火花を散らして、その先に存在するわずかな柄の部分に、全力の突き技を叩き込んだ。


「んなあっ!」


 狙いは武器根本への、最大攻撃での武器破壊だ。

 試みは成功する。

 砕け散った武器の破片が舞う中。


 しかしウィーダは、空中ですら逆転する可能性を持っていた。

 だから、ユウはその彼の手札を失わせたうえで、堂々と相手に剣を叩きつけ肩口から真っ二つにした。 


「剣で勝つつもりねぇかと思ったぜ」


 通常ならここでアバターが消失しているが、今は改ざんのおかげでしなない。

 彼はその場に倒れ伏すだけだ。


 地面に横たわった彼が、「へっ」と笑いを発する。


「やればできんじゃねぇかよ。でも途中やっぱり泥臭くなったな」

「搦め手や体術も、必要なものだろう。特にお前に勝つなら」

「そうかよ。へいへい」


 倒れた体は消えやしないだろうが、操られている影響なのか、彼は動き上がる気配はない。


 本気を出せば、それくらいなんとかしそうな気がするが、挑戦しないのはこちらに結末を任せてくれるという事だろう。


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