第30話 つながり



 ソフィの導きによってクロソフィの元まで辿り着いたユウ達は、さっそく行動を開始する。


 作戦を左右する条件の一つは、クロソフィの元まで辿り着く事。


 だが、そうするにはクロソフィが出現させたモンスターや、妖精の壁を突破しなければならない。


 到達すべき人間としてリストアップされたのはユウ達だが、果たしてそこまで辿り着けるか。


 厳しい現状だったが、しかし意気の挫けていない物達は予想以上に多かった。


「こっちは任せてほしいの!」

「今回ばかりは華もたせてやるよっ!」


 ギルドリーダーであるジュリアやグラウェルの言葉に加えて、複数のプレイヤーからも励ましの言葉があがる。

 彼等は昼もことなく、襲い掛かって来る脅威に突進していた。


 皆自分こそが、クロソフィの元に辿り着いてこのゲームを解放したいと願っているが、ユウ達に全てを託してくれているのだ。

 

 今までこんなに大人数の人間から何かを託された事がないので、多少面食らってしまうが、その程度で臆するようメンタルなら、デスゲーム開催予定の仮想世界へ向かったりしない。


 ユウ達はなんとしても、彼等のサポートをうけそのモンスター達を突破し、黒幕の元まで辿り着かねばならなかった。


「さあ、策に進むが良い!主らには初日に世話になった故、ここが恩の返しどころと見た」

「ウィーダ様!拙者も頑張るでござる!全部終わったら、褒めてほしいでござるよ!」


 ゴンドウや女性忍者も積極的に露払いに貢献してくれた。


 喧噪を耳にしながらウィーダが、リーダーらしく号令を放つ。


「よし! いくぞ!」

「言われなくとも! そのつもりよ!」

「ああ」


 そして、戦闘地帯を潜り抜けるべく、できるだけ密集度の低い場所を選んで走り抜ける。


 プレイヤー達と脅威が戦闘しているエリアをそれて、迂回するようにクロソフィに近づくのも手だが、あえて混戦地帯を駆け抜ける事にした。


 四方八方を気にしなければいけないのはデメリットだが、それは誰からも援護を受けられるというメリットで相殺できる。

 本体からはぐれたところで行動する方が、敵に囲まれるリスクがあって恐ろしい。


 そういうわけなので、ユウ達は時にモンスターの攻撃をよけ、時にプレイヤーからかばわれたりしながら、ひたすら戦場を駆けて行った。


 この仮想世界最速を誇るギルドの力は伊達ではない。


「グルアァァァ!」


 プライヤーから注意をそらしたモンスターがたまたまこちらを見つけて、攻撃を加えようとしてくる。


 相手は、かなりの巨体で成人男性の二倍ほどの大きさがあった。


 大斧を持った二足歩行の牛モンスター、ミノタウロス。


 だが、相手が斧を振るうよりこちらが行動する方が早い。


「遅いっ! 出直してきやがれ!」


 脇を駆け抜けるように疾駆したウィーダがすれ違いざまに、剣で一閃。


 急所を突いた攻撃で、通常の攻撃よりも大ダメージが入った。

 派手なエフェクト音と共に相手がその場から、一歩下がれば十分だった。


「あんたの相手は他の連中よっ」

「……」


 アルンもユウもその間に、十分な距離をとっていた。





 そんなやりとりを、三・四回繰り返して混戦地帯から抜けたら、あとはもう黒幕であるクロソフィの元まで何の障害もない。


 うずくまっていた少女が敵意のこもった声で叫ぶ。


「いじわる!」

「よっ、困った子供を叱りに来たぜ!」


 相手に先に動かせるわけにはいかない。


 目の前にいる人間が普通の少女でないのはすでに知れている事なので、相手が小さな子供の姿であろうと躊躇わなかった。


 ユウ達はクロソフィを取り囲む様に位置取りをした。


 そしてウィーダが、少しだけの甘さを覗かせて声をかけるが、


「ここでごめんなさいしてくれるなら、戦わずにすむけど」

「ーーっ!」


 さすがの彼でもクロソフィの表情が全く変わらない事で、戦わずして事を修める事が不可能だという事を悟った様だ。

 

 相手の反応は、やはり思った通り。


 クロソフィは「許さない」と呟きながら、その手に剣を出現させる。

 それだけではない。

 彼女の周辺にも、いくつもの剣が現れた。


「私の邪魔をしないでっ!」


 そして、その剣が一斉にこちらに……いやウィーダとアルンへ攻撃を放ってくる。


「マジかよ!? ずりぃ!!」

「言ってる場合! 何とかしなさい!」


 ウィーダ達は、たまらず回避。

 一つ一つの剣がおそらく業物。

 

 高難度クエストの達成やダンジョン踏破で手に入れられるべき代物だ。

 どんな効果があるのか分からない以上、むやみに己の剣で打ち合う事ができなかった。


 追加効果でプレイヤーを状態異常にする程度の代物ならば、まだいい。

 だが、この世界に眠っている業物の中には武器破壊の力を秘めた剣があると聞く。

 そんな物と打ち合えば、こちらの攻撃手段がなくなってしまう。


「くっ、さすがにっ、厳しいな!」

「弱音は要らないわ! 一筋縄じゃいかないのは百も承知よ!」


 そんな事情があるものだから、ウィーダ達の状況は厳しいまま。

 そこにユウも加われば少しはマシになるのだが、生憎こちらはこちらで手が空きそうにない。


 クロソフィ自身も剣を手にして、ウィーダに切りかかっていた。


「……」


 意外な事だが、相手も錬金剣士だった。


 攻撃が途切れないように、連携に気を付けながら、剣技を繰り出してくる。

 感情は少女のそれだが、理性的な動きをこなし、冷静にこちらに攻撃を繰り出してくるその様は不気味だった。


 これも自我が魔映えたAIがなせる技と言うことなのか。


「お前にも意思があるんだな」


 彼女は神などではない。

 ただのAIでもこの世界の管理者でもない。

 ユウ達、プレイヤーと同じ存在なのだ。


「許さない! 許さないっ! 私は寂しかっただけなのに! 皆と一緒にいられればそれで良かったのに!」


 人間と変わらずに悲しみ、喜び、怒りを抱く事の出来る……そんな存在。

 だが、同じであるならば、完璧でなくなったのなら付け入るすきはいくらでもある。


 挑発で感情を揺さぶり罠にかける事も、策を弄して失敗させる事もできるはずだ。


 だが、ただ討伐すればいいというわけではない。

 ユウ達は、彼女を倒しに来たが、それは文字通りではないのだ。


 説得しにきたのだ。

 かつて、NPCを守り、自我を芽生えさせ、ありえない選択をNPC自身に掴ませた男の可能性にかけて。


 彼女がこの世界から消えれば、クロソフィの妨害がなくなって、ソフィや外のスタッフがユウ達を安全に目覚めさせることができるようになるだろう


 だが、それは……。


 この世界で友達を探し続けて来た、仲間の思いと、再会を望み未帰還者を案じ続けて来たAIの願いを蔑ろにしてしまうものだ。


 我ながら甘い判断だと思う。


 本当は、撃破のためだけに作戦を組んでいたというのに。

 けれど、我らがギルドリーダーに背中を押されてしまったのだから仕方がない。


「もう一人ぼっちはいやっ! 一人は怖いのっ!」

「お前は一人じゃない。約束は守られた。後はちゃんと再会すればいいだけだ」

「来ないでっ! 来ないでよっ!」


 恐慌を起こしたクロソフィの剣を裁きながら、ユウは策を弄するのではなく、言葉を尽くす事に力を割いていた。


「たとえ一人になったとしても、お前が人であるなら世界のどこかにいる誰かと繋がっているはずだ」

「あぁぁぁっ!」


 ユウの言葉が届いているのかは分からない。

 返って来るのは、喉がさけんばかりの絶叫ばかりだ。

 普通の人間だったなら、とっくに力尽きている。

 でも、悲しいほどに彼女はAIだった。


 心が悲鳴を上げても、止まれない。


 ブレのない剣を受け、自分の獲物で弾き、時にこちらから仕掛けて相手の動きを阻害する。

 そこに、感情が影響する事はなかった。

 ただ勝利のための適切な一撃を追求する動きがあるのみだ。


「たとえ傍にいなくても、お前の中にも誰かとの繋がりがあるはずだ」


 何度目かの問いかけ。

 それに応じたのはウィーダだった


「その通りだ! ユウ!」


 向こうはどうやら片付いたらしい。

 彼は背後からクロソフィを強襲し、その剣を弾き飛ばした。


「あ……っ!」


 小さな少女の武器が、宙を舞う。


 予想しえない乱入で、クロソフィの動きが一瞬止まった。


 その隙を見逃がしたりはしない。


 ユウは緊急発動のショートカットで卵のアイテムを取り出した。

 それは、相手の目をくらませるアイテムだ。


 使用した瞬間、まばゆい閃光が発せられる。


 データであるならば、目つぶしの効果は実際の……リアルのものより低いだろう。

 だが、相手の視野が狭まっている今なら効果があるかもしれないし、ダメージはなくとも意表をつく事が出来るかもしれない。


 錬成品の形を見て、事前に効果が分かっていた仲間達がとっさに目をつぶる。


 そして、


「出ておいで!」


 三人目のギルドメンバー、アルンのかけ声で、追加のアイテムが使用される。

 高級猫缶さばあたっく。

 それは彼女が初心者だった頃によく錬成していたらしい、戦闘補助アイテムの最高品質版だ。


 効果は、この猫缶と同じ猫缶で餌付けしたNPCアニマルが、どこからともなくやってきて、数分間敵を攻撃してくれうという効果。


「っ!」


 クロソフィはそれに大いに狼狽えた。


 攻撃しようとしては躊躇いの動作を繰り返し、なすがままにされている。


 それもそのはず。

 初心者だった頃、アルンが錬成したアイテムは、ソフィがアドバイスしていた。

 だから、手伝ったソフィから生まれた彼女の記憶の底にも、それが残っているのだ。


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