第29話 七日目



 デスゲームになった仮想世界に閉じ込められて七日目。

 ソフィからの情報で、クロソフィの居場所が判明した。


 ユウの視線の先には、大勢のプレイヤー達が集まっている。

 目の前にいる彼らは一人一人が高レベルプレイヤーで凄腕の錬金剣士。デスゲームになる以前もその後も積極的にフィールドに出て攻略を進めている者達ばかりだった。


 そんな大勢をまとめているのは、小柄な少女。

 有名ギルドのリーダー、ジュリアだった。


 各地に移動する際に便利な足となる転移台。

 今回の作戦に重要な存在となる、その台座の元に集まった者達を、ジュリアが見回す。

 そして彼女は、プレイヤー達に向けて最終確認の言葉を告げていた。


「準備は抜群なの。これからジュリア達は一世一代の戦いに行くから、皆もたっぷり気合を入れて欲しいの」


 拳を振り上げるギルドリーダー。

 安心感がある見た目とは言いがたいが、士気高揚の効果はあったようだ。


 ギルドリーダーの言葉に応えるものたちはそれぞれ「おう」だの「よっしゃあ」だのと、声を張り上げたり、腕を振ったり、頷いたりしていた。


 隅の方では、ゴンドウや女性忍者も拳を振り上げている。

 彼等もこの最後の戦いに参加するようだ。


 この期に及んで尻込みするような者達は、そもそもこの場に集まったりはしないのだろう。


 ユウ達も準備はすでにできていた。

 残念ながらついてくる事は出来なかったが、エリザもギルドホームで暗号に取り組みながら自分にできる戦いに挑んでいるはずだ。


 熱気さめやらぬ光景を見ながら、ジュリアはその場に集まった者達へ最後の言葉を告げていく。


「残したい言葉とかあると思うの、交わしたい言葉も、確かめたい想いも。でもそんな死亡フラグはあえて立てる必要ないの。ジュリア達に用意されたフラグは約束された勝利一つだけ!」


 実際デスゲームの実行を止めなかった開発スタッフの狙いが、未帰還者の救出だった事から分かる様に、不測の事態が起きても即死亡になる可能性は低い。

 だが、理屈では分かっていても感情が納得するかはまた別。

 それでもここに集まった物達は、その感情を理性で押さえられるか乗り越えられる者達だった。


「生きて必ず帰る! 必要なのはこの思いだけなの!!」


 その力は少なくとも、この自分にもあるのだろう。


 ウィーダ達を切り捨てると言う選択をしなかった自分を振り返って、一時期はとち狂ったのかとも思ったのだが。

 たぶんそうではない。


 恐怖を、失敗を、リスクを、飲み込んで選んだのだ。

 より重要なものを掴み取るために。


 それがあの賑やかしい祭りの最後に分かった。

 ならば、自分にできる事をする。

 必要ならば、らしくない事にも。

 不可能を可能にしたあの男ができるといったのなら、ユウにも同じ事ができるのかもしれない。


「決意が固まったらやろーども、突撃なのーっ。ジュリア達は派手にぶちかましにいって、黒幕さんのお尻ぺんぺんしてやるの! やるのはたったそれだけなの!」


 締めの言葉にジュリアの仲間が威勢よく声を張り上げ、他の者達も追従する。


 アイドルを祭り上げる様なそれに近かった気もしないでもないが、これから行うのは生死を駆けた戦いではない。挑まれた一つのゲームに挑戦して、決着をつけるそれだ。


 多少浮ついていたとしても問題ないだろう。


 とにかく、彼等の士気はかなり高めに上昇したようだ。


 歓声が収まった後、グラウェルの補佐であるサブウェイが号令を放ち、改めて決めてあった順番通りに転移門をくぐっていく。


 ソフィから教えてもらった決戦の地へいよいよ乗り込むのだ。


「よっしゃ、頑張ろうぜ!」

「あったり前でしょ」


 仲間二人に視線をむければ彼等からはそんな反応。

 不足もなく、不安もないようだ。


 こちらも間違いなくベストの状況だ。


 やがてユウ達の番が来た。


 そこに見送りなのか、NPC達がやってきた。


「ご武運をお祈りしています」


 その顔の先頭には、初日に声をかけてきた店員NPC。


 ユウは聞きたかった事を思い出して、向かう足の行く先を変えた。


 初めて出会った頃、ウィーダに助けられた頃とは見間違えるほど感情豊かになった彼女の顔を見つめる。


「どうかしましたか? ユウ様」

「いや、この世界がデスゲームになった初日、お前たちは特に混乱の激しい初心者プレイヤー達をなだめていたな」


 それはウィーダとケンカ別れした直後に見た光景だった。

 彼らがそうやって尽力してくれたからこそ、この世界の治安は安定する事になった。


「あれは、誰かに言われた事か?」

「いいえ」


 返答は予想通り。

 彼女は首を振った。


「ただ、あの場にウィーダ様がいたらそうするだろうと、想像しただけですわ」

「そうか」


 一つの納得を得たユウは、初めてそのNPCに頼み事をした。


「なら、町に残っていた者達を頼む」

「承知しましたわ」


 これで最後の作戦の前に、やるべき事は終わった。

 背中を向けたユウは今度こそ転移門へと向かって行った。


 これでこの一週間の戦いは決着がつく。

 多くのプレイヤーを巻き込んだデスゲームと、数年前に発生した未帰還者の事件の方がつくのだ。







 転移代を使って辿り着いた場所は薄暗い所だった。


 どこまでも続く平面的な場所。


 ソフィからの情報では、未踏マップの一つだという事が分かっているが、本来のマップにあっただろう障害物やモンスターの影はなかった。


 おそらくクロソフィが手を加えたのだろう。


 その当人……この世界をデスゲームにしたそれらしき少女の影は、ユウ達の視線の先にあった。

 距離にしておよそ、百メートル程にいる。


 現実世界でも仮想世界でも、大した距離ではない。

 だが、書き換えられたルールが存在するこの世界では、予想以上に遠いのかもしれない。


 クロソフィは、おもちゃ箱を大事そうに抱えてしゃがみこんでいた。


 だが、転移してきた大勢のプレイター達の気配に気が付いたのだろう。

 少女が顔をあげて、こちらをゆっくりと見つめた。


 その顔は今にも泣きだしそうで、辛そうで。

 表情を彩った感情が、本物の子供の用にみせかけてくる。


 だが、こんな場所にいる人間が普通であるはずがない。


 事実、


「あいつらをやっつけて!」


その表情に敵意の感情を浮かべた少女は、おもちゃ箱を守るように抱え直し、その場にモンスターと妖精達を召喚したからだ。


 この場に出現した明確な脅威を前にして、プライヤー達に緊張が満ちる。


 この場に集まったのは、多数の場数を踏み、様々な状況にも臨機応変に対応してきた者達ばかりだが、文字通りにわが身を危険に晒した者の数は少ない。


 恐怖に呑まれる物達もいるかもしれない、と懸念を抱くが……。


「予想通りなの! 予定外の事なんて何もないの! なら後はぶちかますだけ!!」


 大集団を率いるジュリアが、辺りに響く様に大声で言葉を発っした。


「皆、気合入れて戦うの!」


 プレイヤー達は頼もしいリーダーの声に応えて行動開始。

 それぞれの武器やアイテムを手にして、襲い来る脅威に雄たけびを上げながら立ち向かっていった。


 このオンライン世界の閉じ込められた多くのプレイヤー達。その命運をかけた戦いが始まる。


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