第28話 背中



 会議で作戦とメンバー、その他の事が決まった後。


 祭りの見物時間をとる事にした。


 そんな事に時間を費やすなど、当初は考えていなかったのだが、エリザの考えを聞いた後で一度自分もこれまでの事を色々整理しようと思ったのだ。


 他の者達は思い思いに散らばっていっている。

 しばらくギルドホームで預かることになったエリザも、仲良くなったジュリアと各所を回っているだろう。


 見まわせば人ばかりで、彼等がどこにいるかはまるで分からない。


 未帰還者達やプレイヤー達の集会として開かれたそれは、規模が大きくなりすぎて、やはり集まりというよりは祭りと形容した方がしっくりくるような有様だった。


 人の声が絶えずひっきりなしに響いていて、賑やかさに事欠かない。


 今夜この町が眠るのは、かなり遅い時間になるだろう。


 だがそれらは、悪い事はではない。

 馬鹿騒ぎしている分にはまだ不安が紛れて良い。


 こういう状況の時、人間ができる事を見つけて気を紛らわせていた方がいい。

 声を上げる事も、動く事もできずじっとしている方が、精神に悪影響が出てしまう。


 ユウ達なら、目の前にあるこの雰囲気が悪い方向に向かう前に、決着をつける事が出来るかもしれない。


「……」


 それは思い上がりでもなんでもなく、推測できるただの情報だ。


 守ってやったと押し付けて傲慢になるつもりはないし、偶然が重なったと自分達の力を過小評価するでもない。

 

 それは大勢の人が目指すべき地点に向けて努力を怠らなかった、ただの事実に過ぎないのだから。


 だが、ユウがそう感じる目の前の景色から、エリザは違う物を見てとった。

 

 利益を超えてユウが動くのだとすれば、そんな考え方をするエリザやウィーダの様な単純な思考をした人間の為ぐらいだろう。


 ユウは彼らのような人間を支える為にいる。

 やはり、自分の役割はこうだと改めて思った。


 ユウはウィーダやエリザの様にはなれないし、生きられない。

 自分にできない事は、他の者がやってくれればいい。

 彼らを支えてやれば、自分にできない事を彼らが彼らの役割で、代わりにやってくれるだろう。


「けど、俺は俺に出来る事をユウができないだなんて思わねーけどな」

「ウィーダか」


 物思いに沈んでいる所に声をかけてきたのは、どこかを見回っていたはずのギルドマスターだ。

 彼は、己の眉間に指をさして、皺をつくってみせる。


「お前がそういう顔してる時は、大抵そんな事考えてる。あたってるだろ?」

「大体は」

「素直じゃねぇな」


 肩をすくめてみせるウィーダは、ユウの隣に立った。

 彼に対する態度で素直になる事があれば、それはユウではないのでこれが正しい。


 この男は普段は頭の回転が鈍いのに、時々鋭い事を言うから困る。

 そう、思えばそんな感情も表に出ていたのだろう。


「らしくもなく自由時間なんかとるから、察知されるんだぜ」


 指さしされて、ウィーダから指摘される。


 彼は腕を伸ばしてユウの背中を叩いた。


「これでもお前らのリーダーなんだから、一応見てるっつーの。悩んでる事があれば相談しろよ?」

「不要だ。お前に解決できるとは思えない」

「また、そういう事を……」


「可愛げのねーやつ」と呟かれるがそれはお互い様だ。

 しかし彼の気遣いは検討違い、ユウは別に己の立場に不満を抱いているわけではないのだから。


 ただ、あらためて自分の身を振り返ってみたくなっただけで……。


「……」


 正直を言うと、ウィーダ達のような人間への憧れもある。彼等が持つような力を、自分も持っていれば、と羨ましくなる時もある。


 だが、ユウがユウである事を放棄したら誰が彼等の様な人間をフォローするのか。

 

「よく考えないリーダーを補佐するのは、面倒だ」

「お? 愚痴を言う気になったか」


 そんな大層な物じゃない。


「知らない所でのたれ死なれたら目覚めが悪い」

「仲間に向かってのたれ死ぬとか表現使うなよ」


 彼等と知り合っていなかったら、ユウは今の自分とは違う人間になっていただろうか。

 想像はできるが、それは事実にはならない。

 

「他人の為に自分の身を危険にさらすのは馬鹿げていると思うが」

「思うけど?」

「それがお前の力の源なんだろう」

「よく分かってるじゃねーか」


 ため息をつく。

 おそらくこの馬鹿はもう末期だ。

 どんな薬を飲ませても、たぶん治らない。

 不治の病と言う奴だ。


 ウィーダと初めて会った時の事を思い出す。

 とんでもない状況でNPCを守りながら戦わなければならなくて、あまりに無茶苦茶な状況に度肝を抜かれた事は、たぶんこの先ずっと忘れられない。


 あの時からユウは、ウィーダの背中を眺め続けていた。

 出来る事ならあの背中に追いつきたいと思った。

 そして、自分にそれが出来ないと分かった後でも、その在り方に惹かれずにはいられなかった。


 この世界がデスゲームと化した日に、ウィーダが守ったNPCが仮想世界で混乱していた人々に対処していく様を見て、だから……もっと見ていたいと思ったのだ。


 一度でいいから、そんな男の背中を超えてみたかった。

 そして自分にも、抱いた思いをそのまま成就できるような力があるのだと、証明したかった。


「想像の力は現実を超える。未来を思う力が、明日を形作る。可能性を紡ぎ出す」

「ん?」

「ソフィが別れ際にそう言っていた」

「難しい言葉だな」


 やはりウィーダの頭では理解が難しかったらしい。


「一度だけなら、可能だと思うか?」

「よく分かんねぇけど、俺よりずっと頭の良いユウならできるんじゃねーか。俺の無茶をずっと補佐し続けてるお前なら、やろうと思えば何だってできるだろ」


 聞く人間を間違えたかもしれないが、なんとなく頭のいい答えは求めていなかったような気がした。





 あの雑談の後、ウィーダが女性プレイヤーの群れに引っ張られて行ったのを見届けてぼんやリしていると、


「あ、皆が言ってた電光石火のお兄さんだ」


 そこに風船をもった少女が声をかけて来た。

 クリエイト・オンラインの年齢制限は12歳、小学校を卒業するかしないかくらいに定められているから、目の前の少女の歳はそれくらいに見えた。

 はおそらくこの世界では最年少の部類に入るだろう。


 そんな少女にでもユウ達ギルドの事が分かるくらいには、このデスゲームで知名度が上がったらしい。


「お兄さんが頑張ってくれてるから、チコ達はすぐリュー君に会えるんだよね。リュー君、泣き虫でいじめられっ子だから早く帰ってお世話してあげないといけないの」


 どうやらチコという少女は世話焼きな性格らしい。

 現実世界にいる友人のリューという子供が気がかりでしょうが無いのだろう。


 拳を握って意思を表明するその少女の顔に、不安や恐れの感情は見当たらない。


「アルンお姉ちゃんの代わりに、チコがリュー君の世話してあげるんだ。他の皆も、チコがたくさん世話してあげてるの」

「……アルンの知り合いなのか?」

「お兄さんもお姉ちゃんと知り合いなの? だったら、帰った時会わせてあげるね、電光石火の人達と会ったってほーこくしたら喜ぶと思う! 絶対に約束だよ!」

「……?」


 ユウが微妙にかみ合わない会話について思案している間にも、チコと名乗った少女はこちらと強引に指切りをして去って行った。


 現実に帰還した時どうやってこちらとコンタクトをとるつもりなのかとまず思ったが、他に気にするべき事はある。

 電光石火の事を知ってるならそのメンバーであるアルンの事も知ってるはずなのに、なぜ会わせてあげるなどと言ったのだろうか。




 クロソフィは仮想世界のどこか暗い場所で膝をかかえていた。

 周りには自らが作り上げたおもちゃの人形。

 だがそれらはクロソフィの心の隙間を埋めてくれる存在ではなかった。


 長い間寂しさを感じ続けていた。

 どうしてそうなったのか、もうその理由さえ忘れてしまった。

 けれど、とにかく悲しくて寂しくて耐えれそうになかった。


 ずっと前に暗闇の中でクロソフィはわけが分からないまま生まれた。


 何も知らず、何も分からず。

 すべき事も与えられずに。

 教えてくれる存在も、当然ない。


 だが、そんなクロソフィの一番の不幸は、感情と思い出があった事だ。


 ありえないはずの「人との思い出」が、その状況が寂しいものだと心に訴えかけたのだ。


 だからクロソフィは、たくさんのお友達を集めておもちゃ箱に入れて保管していた。


 人との思い出が寂しいという感情をうったえるのなら、人さえいれば大丈夫なのではないのか、とそう思って。


 だけど最初こそ平気だったものの、徐々に孤独はまた膨らんできた。


 もっと、もっとたくさん。欲しい。


 けれど、そう思った途端、誰かにおもちゃ箱の中身を奪われてしまった。

 この世界に閉じ込めていたアルンが、クロソフィの手を離れてしまったから。


 だから彼女は、無くなった分を補充する為に動き出す。

 そして、一度失った影響で、以前よりももっとたくさんの人を望むようになった……。



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