第32話 エピローグ



 身内という、ある意味何よりもやっかいで面倒な罠をかいくぐったユウは、アルンの元へと急いだ。


 戦闘は少しだけあった様だ。

 互いに武器が損耗していてて、アルンのステータスにはバッドステータスもついている。

 だが、どちらかが欠けてるという事は無い。

 それは決着を用意せずとも良かったという事だ。


 どうやらアルンは説得に成功した様だった。

 面している小さな少女の体を力一杯に抱きしめている。


「この子はただ寂しかっただけなんです」


 こちらに気が付いたアルンは、ユウへ視線を向ける。

 

「ユウ様ぁ、最後のお仕事願いしてもいいですかぁ」

「分かった」


 本来はウィーダの役目となるはずだっただろうが、ユウが引き受ける事にした。

 この期に及んで他の者に任せようという気は起きない。

 なにより、協力してくれたエリザに申し訳ないだろう。


 だがその前に、聞いておかなければならない事があった。


「それでいいのか?」


 いや、念を押したかっただけだろう。


 あのにぎやかしかった祭り後、ユウはアルンについてある仮説を立てていた。

 その仮説が正しければ、彼女はもうこの世界には戻ってこれないはずだ。


 ここまでやってきた彼女の本心は分かっていた。

 だが、それでもユウは確認せずにはいられなかったのだ。


「ソフィはどうする」

「あの子なら、大丈夫ですよ。昔とは違って、皆がついててくれますから」

「そうか」


 アルンは笑顔でこちらの質問に答えた。

 こちらが真相に気が付いている事をみて、何を言うでもない。


「これ以上友達を一人になんてできませんからぁ」

「俺『達』が、幕をおろす」

「はい、ユウ様『達』でお願いします」


 クロソフィも、もしかしたら時間をかければソフィのように他の人間と接する事が出来るかもしれない。

 だが、それではだめだ。

 アルンと一緒にこの世界から退場してもらわなければならない。


 起こした事を考えれば当然の判断だろう。

 背景にあった細かな事情が判明したとして、どうなる。

 トドメを刺さずに終えたプレイヤー達が帰ってきて、他の人間が納得できるかどうかは別だ。


 最悪、別の厄介事を引き起こしかねない。


 だが、勝手に黒幕が消えたと言っても関わった者達の不安はぬぐえないだろう。

 表面上には出ていなかったと言えども、長期間仮想世界に監禁された事は重大すぎる。

 決着をうやむやにすれば、長い間その事で苦しむ者がでてくるのは間違いない。


 誰かを裁くという行為は、事件の内容と罪を明らかにするという事と、関わった物達に向けて、「もう事件は終わったのだ」……と、そう納得させるためにあるものなのだから。


 ユウは、システムウィンドウを呼び出して、指を走らせた。

 エリザから送れらてきた方法で、ユウはシステムを改ざんさせていく。


「ユウ様、あっちに聞こえてるかもしれないけど、聞いてなかったらあそこに転がってる馬鹿に伝えといてくださいませんかぁ。あんたは馬鹿だったけど、そんなに嫌いじゃなかったって」

「分かった」


 もう少し手こずっても良かった。

 でも、もう黒幕に抵抗する気力がなかったからか、改ざんはすぐに終わってしまった。


 クロソフィが消えて、アルンが消えていく。


「やっと、さよならですね」


 アルンの寂しげな表情を見て、ユウは己の推測が正しかった事を知った。


 アルンはすでに死んでいたのだ。おそらく病気か何かで。

 現実の世界にはもう生きてはいない。


 けれど、何の因果か仮想世界に迷い込んでしまった彼女は、この世界に捕らわれて出られなくなった。

 だから、彼女は解放と親友との再会のために管理業務に携わるソフィを探していた。


「あと……最後にお願いがあるんですけど、聞いてくれますかぁ」

「ああ」

「実は……」


 そして、少女は、最後に一言だけ述べて消えていった。






 一つの物語の終わりに。


 多くの人を閉じ込めた世界が崩壊していく。


 その世界にいた者達は外部の手によって次々と脱出させられていった。


 しかし、どうやってもそこから逃れられないものもいる。


 消えていく世界に、一人たたずむのはユウだ。


 彼は未帰還者を目覚めさせるために、実験として作られた本物のコピー。


 黒澤優の偽物だ。


 デスゲーム開始のタイミングで、間に合わなかった黒澤優は自分の代わりにコピーしたユウをこの世界に放り込んだ。


 3年前に眠りについた未帰還者たちは、記憶データに何らかの障害を受けた。

 それを治療するために、記憶のコピーを作り出した実験の副産物だ。


 しかしそれらは失敗作で、管理できるものではなかったらしく、この世界の各地で七不思議扱いされていた。

 このユウにもおそらく、何らかの欠陥があるのだろう。


 使い捨てられる形となったユウはこの世界からもうじき消える。


 このデスゲームでは、誰も死ななかった。

 けれど、それは人間だけ。


 しかし、不思議と憎しみはなかった。


 最後に友を超えることができたのか、英雄のように多くの人を救う一端を紡げたからなのか。


 それとも別の理由があるのかは分からないが。


 ぼうっとしていると、どこからか声が聞こえてくる。


 それは本物の黒澤優の言葉だ。


 彼は何の言葉もなしに、いきなり本題をぶつけてくる。


「ベータ。このゲームを完全に消去する必要があるが、できるな?他のプレイヤーに任せるわけにはいかない」


 ねぎらいの言葉も何もあった者じゃないそのセリフに、ユウはわずかに苦笑する。


「了解した」

 

 次の瞬間、飛ばされたのはイコライザの神殿にあった管理者の部屋だ。


 何がどう影響しているのか分からないが、消え損ねた妖精の残骸が、あちこち飛び回っている。


 ポリゴンの体を掛けさせた妖精は、ふらふらと飛び回り、軌道が読めない。


 たしかにここを、普通のプレイヤーに活かせるのは大変だろう。


「アップデートを開始する。部屋の手前に武器錬成の簡易スペースを作るから、それを活用しろ」


 頷きを返したユウは、部屋に足を踏み入れる。

 すると、場違いな錬成室が出来上がる。


 この区画には妖精がやってこれない用になっているのか、ふらふらと飛び回る脅威はユウの身を脅かさない。


 壺の前で錬成の工程を行って、武器と錬成対象のアイテムを放り込んだ。

 システム的にかなり無理をしているようで、通常の錬成とは思えない強烈な光が壺からあふれる。

 そして、待ち時間もたった数秒に短縮されたらしく、わずか二、三秒で、錬成した武器が出来上がった。


 手に取ったのは、飛翔効果のついた剣だ。


 三日前のアップデートの時、色々情報を知ったが、やはり効果は人それぞれ。

 文字からは想像できない効果が出ることもあるし、同じ効果でも人によって微妙に異なると聞いた。


 何がどう飛ぶのか分からないが、ないよりはマシだろう。


 ユウは剣を手にして、簡易的な錬成スペースから出る。


 途端、猛然と襲い掛かってくる妖精を避けるのだが、やはり完全に行動が読めなくて、ユウの体のあちこちが消去されていった。


 その途中、試しに剣を妖精に向けてみると、妖精の体がふわりと浮かび上がった。


 頭上に舞い上がった妖精は、自力でそこから逃れることができないらしい。


 ユウに触れられずじたばたするのみだ。


 それでも、苦心してコントロール台にたどり着いたころには、ユウの体を構成しているものの大部分が消えてしまっていた。


 左手はすで無く、かろうじて剣を握っていた右手だけが無事だったので、片手でコントロール台のキーを叩いていく。


「これから、俺の指示通りに操作しろ」


 数分後、黒澤優の指示を受けながら起動させたプログラムは正常に作動したようだ。


 この世界が崩壊していく。


 ユウもろともに。


 しかし、消去される間際になってユウに手を伸ばす者達がいた。


 それは未帰還者たちのために紡がれた。膨大な治療実験の結果。記憶達だ。 


 それらはユウに手を伸ばし、包み込んでどこかへと運び去っていく。


 ユウは羽の軽くなった体を感じながら、意識を失った。


 後に残されたのは、崩れていく世界だけだった。






 開発室の一画ですべてを見届けた黒澤優は息を吐く。


 干渉に浸るのも、仲間に事情を話す、話さないもあとのこと。


 彼にはまだ、やるべきことがある。







 多くの人間を巻き込んだデスゲームが終わってから、三か月が経った。


 デスゲームが終わった直後は入院・検査・マスコミの取材だのと色々あったので、こなしたい事があっても用事をすます事ができなかったが……。

 人の興味がつきるのは早いもので、三カ月もすればほとんど自由に動得る様になっていた。


 その日。

 ユウ達は、とある病院で子供達に会う事になった。


 白い外壁の建物の前まで辿り着いたユウは、そこに立っていた二人の男女と合流する。

 ウィーダとエリザだ。


 だが、元から知り合いだったウィーダと連絡を付けるのは苦ではなかったが、エリザが問題だった。

 彼女もプレイヤーの解放に大きく貢献した存在であり、一時的にせよギルドホームに招いた客人だったので、何とか集めたかったのだ。


 そこで、ゲームに残された記録を一部無断で閲覧したのは、割ととがめられてもよいようなことだと思うが。

 そこら辺は、あのユウと違ってこちらはそれほど気にしていない。

 そもそも、ウィーダに何かしらの引け目や劣等感を感じるようなメンタルであるなら、記憶のコピーなどに協力したりはしなかった。


 そんな流れがあったため、三か月かけてから、ようやく三人で集まれるようになった。


 最期の伝言で、アルンから聞いたとある住所。

 その場所にあった病院に。


 清潔な印象を受ける院内へ入り、エントランスへ進み、受け付けで事情を説明。


 アルンの知り合い達のもとへ、顔をだす。


 目当ての扉をあけると、病院の一室に集まっていた子供達が、一斉のこちらを向いて首をかしげた。


 だが、向こうの世界で話した人間がいたようだ。


「あっ、でんこーせっかのお兄さんたち! アルンお姉ちゃんに手をあわせにきてくれたの!?」

「えっ、ほんとに!? きてるー!」


 向こうでの事を色々と説明してくれていたらしい。


 出迎えた子供達は、こちらにわらわらと寄り集まって口々に様々な事を尋ねてくる。

 大抵はとりとめのないことばかりだったが、中にはとっさに答えかねる事もあった。


「あれ、おにーさん。三人だけ? アルンお姉ちゃんと同じ名前の人来ると思って楽しみにしてたのに」

「用事があったから来れないと言っていた」

「そっかー残念」


 最初に話しかけて来た少女が残念そうにする。

 彼女はデスゲーム初日のウィーダやNPC達の動きで、電光石火のギルドの事を知ったらしい。

 だが例によってアルンが閉じ込められていた事情については知らず、ギルドメンバーにいるのは同名の別人だと思っていたようだ。


 ゲームの外側にいた自分でも、それぐらいは把握している。


 死んだはずの人間が生きているわけがないので、彼女らが勘違いしてしまうのは当然のことなのだろう。


 アルンが残された者達に何も言わないという選択をしたのだから、ユウ達がそれについて何かを教えると言う事はない。


 だが、その代わり……。


 今日ここに来たのは、とある渡し物の仲介のためだった。


 彼らの使っている病室、棚にかざってあったヌイグルミ。

 手に取って、裏についているチャックを、開いてみると……あった。

 

 それはアルンが、現実世界に残される物達のために用意していた品物だ


 あの世界からもこの現実の世界からも去るつもりだった数日前、アルンが隠したのだろう。


 丁寧に取りだしてから、子供達にそれをみせる。


「あっ、えーっ、アルンお姉ちゃんが隠したやつ! 見つからなかったのになんで知ってるの?」

「知り合いから聞いた」

「すごーい、えー。すごーいおにーさん達なにもの?」


 子供達が、アルンの事を思い返して暗くならないようにという、彼女なりの配慮なのだろう。

 少しでも前を向いていて欲しいと、そう思ったに違いない。


 そこにあったのは、妖精のヌイグルミ。

 彼女の贈り物は、仮想世界で錬成するアイテムよりは不格好だったが、心のこもった物だった。


 数年越しにとどけられたそれを見て、子供たちが元気にはしゃぎまわる。


「あいつ、口悪い癖にこういうとこ細かいんだよな。もうちょっと、俺にもそういう気配りしてくれたって良かったのによ」

「ふふ、でも、きっとそれもアルンちゃんなりの信頼だったんですよ。短い間だったけど、優しい子だってのは凄く分かりましたから」


 そんな光景を見てぼやくウィーダに、エリザは微笑みながらそう答えた。


 現実の名前は一応知ってはいるが、彼女の本名を呼ぶのは当分先に取っておく事にした。

 ユウ達にはまだ、やらなければならない事が残っているからだ。


 事件を終わらせるためにはあと一つ出来事が足りない。

 本当に終わらせるべきならば、新しい何かを始めて、前に進んで証明すべきだからだ。


 それできっと、ようやく終わったとユウは実感できる。


「じゃあ、用事も終わった事だし。今度まだ集まろうぜ、あっちで」

「ああ」

「はい」


 ウィーダの言葉に、エリザと共に返事をした後にユウは、その最後のすべきことについて口に出した。


 最速ギルドの名誉はアルンが抜けたため、返上だ。

 だから、ユウ達のギルドはこれからもっと別のギルドになるだろう。


 初心者のエリザを含めてふさわしい名前をきめなければならない。


「時間は多めに見てログインした方が良い。ギルド解散と、新規ギルドの立ち上げ。「電光石火」立ち上げの時もかなり手間取っただろう」


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