第25話 数年越しの再会
次の区画に移動した時、ウィーダが声を張り上げる。
「ユウ、敵だ!」
いつもはしないような考え事をしてしまったせいか、そのモンスターの出現に一瞬反応が遅れてしまった。
ユウ達が出くわしたのは、通常はこんな中途半端な場所には存在しない隠しダンジョンの中ボスだった。
それが分かったのは、以前挑戦したダンジョンで目の前のモンスターとまったく同じ相手と戦った事があったから。
ライブラを使うがやはり、そうだった。
おそらくこちらを妨害するものが、ここに移動させたのだろう。
敵の名前は、レッド・ケンタウロス
男性の人間の上半身と馬の下半身がついたモンスターだが、サイズが大きく、体表が燃える火に覆われて赤くなっていた。
こういう相手を迎え撃つには専用の装備を整えなければならない。
「おいおい、冗談じゃねーぞ!」
「何で、こいつがこんなところにいるのよ!」
相手は口から強力な炎攻撃をしてくる。
だが、こちらに装備を変えている時間はなかった。
冷や汗を流し、回避しながらじりじりと後退を続けるパーティーメンバ―。
攻撃を加えるなんてとんでもない事だった。
ここから離脱し相手の視界から消えるのが理想だが、はたしてそう簡単にうまくいくのか。
目の前にいる相手は、まっすぐにこちらを見据えている。
見逃す気はさらさらないらしい。
やっかいなのは他にもある。
その場に出現した新たな存在。
それは……。
レッド・ケンタウロスの背から出て来た、そのモンスターの周囲を飛びまわり続けている妖精の存在だ。
アルンがその姿を認めて、複雑そうな声音で呟く。
無限ダンジョンで目撃して以来だ。
「あれもいるのね」
情報屋から仕入れた情報の中には、妖精に関する者もあった。
やっかいなのが……、
あの妖精の持っている杖でスキルを使われてしまえば、ユウ達の「ライフが減らない」利点がなくなってしまう、という点。
この世界で死んだら、本当に死んでしまうようになってしまうのだ。
一人でも死人がでてしまったら、今までユウ達や他のプレイヤー達が苦労してきた意味がなくなってしまう。
ウィーダが後退しつつこちらに意見を求めてくる
「おいおい、どうするよユウ」
状況は厳しくなる一方だ。
だが、確証はこれで持てた。
この先には触れられたくないものがあるのだ。
この世界をデスゲームにした犯人にとって都合の悪い何かが。
だから、この世界のどこかでこちらを見ているはずの敵は、なりふり構っていられなくなった。
通常はいないはずのモンスターをこちらに転移させて、妨害してきたのが分かりやすい証拠だ。
ユウ達はここで選ばなければならない。
どうにかしてアイテムを使ってここから離脱するか、それとも何とか相手を倒してこの先へ行き、手がかりを得るか。
行くとしたら、かなりの苦戦となる。
命が危険にさらされる事を覚悟しなければならないだろう。
相手の妨害が一回きりという保証もない。
むしろ何度も何度もモンスターをけしかけられる危険の方が高いだろう。
目的地までの長さも分からない中で強行突破すれば、どんな事になるか分からなかった。
悩み終えたユウは決断する。
自分達がここで頑張って得られるものは大きいかもしれない。
だがそれは、自分や仲間の命に代えられるものではないはずだ。
撤退して、もっと大人数で来るしかない。そう思った。
だが、その判断は少しだけ遅かったようだ。
『サミシイ……、カエラナイデ、ズット、イッショニ』
ユウにしては珍しく、その可能性を忘れていた。
黒幕であるかもしれないAIソフィが、この状況に干渉してくるという可能性を。
敵がこちらにいるアルンの情に訴えかけてくる可能性を。
何者かの声を聞いたアルンが、思わずその場を動いてしまう。
前へ一歩、二歩。
「ソフィ!? どこかにいるの!?」
いるはずがない。
エリザが聞こえたものと同一であると仮定すれば、近くにいる可能性は限りなく低いのだが、そんな事は彼女には考えられなあったのだろう。
それはユウにも、誰にも責められない。
なにせ、長年探していた友人の声なのだから。
「ブルルル、グルォォォ――――ッ!」
レッド・ケンタウロスが一歩前に出たアルンへ標的を定め突進する。
後退しながらかろうじて維持していた安全圏。
そこから出てしまった彼女へ、モンスターが襲い掛かる。
「馬鹿野郎っ!」
それを間一髪で、ウィーダが横から突き飛ばして、強制的に回避させた。
しかしそこでほっとはしてられない。
突撃してきたモンスターの立ち位置が変わったせいで、ユウ達は分断されてしまったのだ。
こちらはまだいい、レッド・ケンタウロスだけを相手にすればいいのだから。
だが、アルン達は二方向から敵に挟まれる形となてしまった。
彼女達は、妖精とレッド・ケンタウロスに囲まれる形となってしまった。
モンスターに包囲されたプレイヤーは圧倒的に分が悪くなる。
状況はみるみる内に悪化していってしまっていた。
ユウは歯噛みしながらも、即座に頭を回転させてこの場を何とかする案を組みたてるが、この世界でどんなに経験を積んでいても、命をかけたような状況は圧倒的に少ない。
適切な判断が思いつかなかった。
「くっ……」
自分一人で、何とかレッド・ケンタウロスを相手どり気を引き続けなければ、アルン達の状況は変わらないままだ、覚悟を決めて剣を握る手に力をこめるのだが……。
「なっ!」
「えっ!」
「っ!」
突如、床がまばゆい光を放った。
目まぐるしく状況が変わり続けるその場に突然、フィールドでしか存在しないはずのランダム転移の罠が発動して、ユウ達は別の所へと飛ばされる事になってしまった。
以前挑戦したダンジョンの中ボスモンスターと同じ相手の戦闘によって危機に瀕していたユウ達は、フィールドにあるはずのランダム転移のトラップに引っかかって、目的地へと飛ばされていた。
目の前にあるのは、イコライザの遺跡内部を映し出す数々のモニターや制御盤。
見覚えのある管理室だ。
ウィーダに放置されていたユウが暇つぶしをしている最中に訪れた場所と同じ。
同じようにここに飛ばされてきた仲間達が目を見開いて辺りを気にしている。
「助かった、のかよ……」
「信じられない、けど……。どうやらそうみたいね」
一体なぜ、急にフィールドにしか出現しないはずのトラップが出現したのかは分からないが、とりあえずの危機はしのげたとみて良さそうだった。
周囲に先程までこちらに危機を与えていモンスターの影はない。
だが、そうして一息ついていられるのもつかの間だった。
ユウ達に話しかけてくる者がいた。
背中の方。
部屋の扉の前に、少女が立っていたのだ。
「間に合って良かった。ご無事で何よりです、皆さん」
幼い少女の声。
ついさきほど聞いた声と心なしか似ているような気がした。
そんな突然の声に一番に反応したのはアルンだった。
「まさか、ソフィ!?」
ユウ達より一瞬早く振り返った彼女は、信じられないと言わんばかりの驚愕の表情を顔にはりつけている。
扉の前に視線をむければ、アルンと同じ年頃くらいの少女が立っていた。
ソフィと彼女が呼んだ少女は、申し訳なさそうで、それでいて嬉しそうな表情だ。
そこに悲壮感や悲しみの感情はみあたらない。
「久しぶりですね、アルンちゃん。もっと早く会いたかったけど、遅くなってしまってごめんなさい」
アルンがその胸に飛び込んで行って、ソフィらしき人物は彼女を抱きとめる。
「色々あったの。本当はこんな出会い方をしたくなかった」
ソフィはアルンの背中を撫でながら、言葉を紡いでいく。
ウィーダが「どういう事だ?」と視線を向けてくるが、彼への説明は後にして首をふっておく。
ひとしきり抱擁を交わした両者は身を離す。
アルンは先程までの態度をひっこめて冷静に尋ねた。
「それで、これは一体どういう事なの? 悪いけど……あたし達は、ソフィが犯人だって思ってたの」
申し訳なさそうに呟くあるんだが、それに応えるソフィはその疑問を抱く事を想定していたようだった。
「自分を責める必要はないよ。アルンちゃん。あれも私だから」
「え?」
「プレイヤーを未帰還者にしていたのはクロソフィという存在。私は今まで、クロソフィの制御に手いっぱいだった」
てっきりソフィが未帰還者を作り出していたとばかり思っていたのだが、そうではなさそうだった。
だが、クロソフィも自分だと言い張るのはどういう事だ牢か。
「どういう事? ソフィが私達を助けてくれたのよね?」
混乱するアルンを安心させるようにソフィは微笑みかける。
「ごめんなさい。不安にさせてしまって。でも大丈夫、準備は整いましたから。もうすぐこの騒動には決着がつきます」
「準備って……」
ソフィはアルンに近づいていく。
再会した友達をただ心配するような表情をするソフィからは、敵意のようなものはまるで感じられない。
彼女は「とりあえるこれだけは言わなくちゃ」と、態度を改める。
「私との約束を忘れないでくれてありがとう。アルンちゃん」
「あ……」
ただソフィにかけられたその一言が、アルンの三年間の苦しみが報われた証だったようだ。
彼女達がしていた冒険の一つがこの瞬間に今終わったのだ。
「うん、ずっと探してたよ」
そうして二人の再会がひと段落したところで、ソフィはこれまでの事をユウ達へ説明した。
長々と会話に時間を費やして大丈夫なのかとユウは問いかけたが、この部屋は管理者の権限を持って抑えているので、モンスターは侵入してこれないらしい。
そして説明が終わった後、その場に集った者達を一度見回して、ソフィと名乗った少女は口を開いた。
それは彼女自身の事と、彼女が今までやってきた事の話だ。
このクリエイト・オンラインの世界……仮想の世界に生み出された元NPCのソフィは、自我が芽生えた事によって開発スタッフに見いだされ、今から数年前に、この世界の管理の役目を与えられたAIだ。
彼女の自我はまだその時点では人のそれよりは不完全なものであったが、この世界で多くのプレイヤーからデータを得る事で成長し、もともとあった意識を更に強固なものとしていった。
きっかけを与えたのは、ウィーダ。
失われる運命にあったNPCを力づくで守った彼が、自我の種の萌芽をうながしたらしい(当の本人は自分の話が出るとは思わず「お、おれ?」と呟いて首をひねっていたが)。
それからのNPCの成長は劇的だった。
彼らは、枯れ土が水を吸収するように急速に自意識を発達させていった。
その際たる例がミントシティにいる者達だろう。
日常的に、ウィーダと接している彼等の意識は本物の人間と大差ないものとなっているらしい。
だが、問題なのは自我を確立してから。
アルンと出会い交流を深めていた頃、ソフィに問題が発生したらしい。
アルンがこの世界から一時的に去ってしまった事により、彼女の精神は負荷がかかった。
そのせいで、ソフィという存在は分裂してしまったのだという。
仮想世界から出たくとも出る事が出来ないソフィはエラーを頻発。
その対処でソフィは、やむなく緊急的に己の一部を切り離したのだが、その一部分が自意識を持ってしまった。
それがクロソフィとなり、ソフィの願いを歪んだ形で叶えてしまったという事だ。
未帰還者が生まれたのはそのためだった。
生まれ落ちた孤独を嫌うその人格を、ソフィはクロソフィと名付けて呼んでいる。
そして、クロソフィは独自の進化を遂げ、己の望を叶える為に、今もまた未帰還者を生み出そうとしている所らしい
ソフィはそんなクロソフィの行動を制限する為に、今までプログラムの領域で戦ってきていた。
戦いながらもソフィは秘密裏に手を打っていた。
ソフィに最初に声をかけた開発スタッフであり、未帰還者の親であったエリザの父親とコンタクトをとりながら、戦力となる人材を探し続けていた。(おそらくユウ達の事だろう)
未帰還者が目覚めたのは、それらの準備が整ったから。
そこまで話をしたソフィは、ウィーダを見て言い淀んだ。
「あと、その人の事なんですが……」
「え、また俺?」
まったく今までの説明で出番がなかったウィーダは、まさかここで関係してくるとは思わなかったのだろう。
自分を指さして、間抜けな顔をさらしていた。
「開発スタッフさんが時々貴方の行動に干渉してます」
「えぇえ! 何だそりゃ!」
すっとんきょな声を上げて驚くウィーダだが、ユウには心当たりがあった。
それはつい最近あった、奇妙な出来事で……。
「ギルドホームの壁の落書きか。後は剣の訓練の……」
ホラーな空間を作り上げた一連の嫌がらせのような行為だった。
何か理由があるのだろうと思ってはいたが。
「なんだよ、あのホラーって何か重要なメッセージだったりするのか?」
ずっと気になっていたらしいウィーダだが、それに対する答えは否だ。
開発スタッフ、いや未帰還者の親がわざわざあのギルドホームに落書きをした意味は、よく考えればウィーダでも分かる事だろう。
一足早く内容の意味が分かったらしいアルンがため息をつく。
「親心よね。そりゃあ、色魔がいたら心配にもなるわ。意外にリアルの方って余裕があるのかしら?」
「はぁ、何だよ。どういう意味だよ」
「教えてあげない。ったくフラグ立てるだけ立てて鈍いんだから」
つまりはそういう事だった。
「フラグ? ……って、はぁぁ!? 俺はそんな事しねぇよ!!」
年頃の娘を持つ親の私情の心配……いや、配慮なのだろう。
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