第24話 適材適所



 開けた神殿の向こうにあった区画は一変し、一直線の通路が緩やかなカーブを描いていた。その内側に扉がいくつかあるので、おそらく円形の建物だ。ゆるやかに弧を描く通路、道なりに進めば内側の壁に扉があるので、芯にあたる部分に部屋が作られている構造なのだろう。


 普通に訪れたのならば、一つ一つ部屋を確認していくのも良いが。


「確か、この最上階にユウが飛ばされた場所らしきとこがあるんだっけか」

「ああ」


 ユウはオブジェクト化した地図を確認しながら肯定の言葉を述べる。

 あくまでも周りの建材やモンスターの種類を見て「それらしい」としか言えない程度の可能性だが、確かめない事には脱出の糸口が何もつかめない。


 その場所まで到達した他プレイヤーは存在せず、このマップに入ったプレイヤーも片手で数えられるくらいしかいない。

 

 手元にある地図はそんな少ない彼らの情報を元にして作られたものだが、こちらが目指す場所はそのさらに先にあった。


 レベルや他プレイヤーの情報を考えても、無事にたどり着ける確率は今の所低い。


 ユウ一人だったら、こんな所には来てなかっただろう。

 あの始まりの日に、ウィーダ達を置いて一人で行動する事を決めていたならば。


 だが、自分は今ここにいる。

 それはどこかしまらない我らがリーダーに、状況を打破する可能性をみたからだ。


「お、モンスター発見」


 当人を目の前にしながらそう考えていれば、「ならばお前達の覚悟を見せて見ろ」とでも言わんばかりに通路の先からモンスターがやって来た。たぶん偶然だろうが、まるで「この先へたどり着きたく場、俺を倒してから先へ行け」といったシチュエーション。


 敵は、ぼろきれを纏った骸骨で、手には身の丈以上の大鎌を持っている。

 デスサイズというモンスターだ。

 あの鎌で釜で攻撃を受けると、残りライフの量に関わらず必ず即死してしまうのが厄介だっった。


 だが、そんなモンスターが出てくるのはすでに想定済みなので、この場にいる全員が即死を防止する為のアイテムを身に着けていた。


「一本道だから、一発食らわしてその隙に逃げるわけにもいかねーし、これ戦闘でいいよな、ユウ」

「ああ」


 剣を握って意気込むウィーダに、ユウは肯定の言葉を送る。


 そんな彼に注意を飛ばすのはいつもアルンだ。


「血気盛んなのはいいけど、足元救われないようにしてよね。こっちは三人しかいないんだから、馬鹿でも脱落されたらこの先大変じゃない」

「分かってる。ったく、素直に心配してるって言えないのかよ」

「素直に言ったら、アンタなんか大丈夫な所見せようと調子にのるでしょ」

「うっ」


 辛口なのは普段と変わらないが、彼女にとってはその応酬の中身も計算済みのようだった。


 人当たりの良いアルンは、人と仲良くする事だけは簡単にできるが、それが人のためにならないなら、あえて悪役を演じる事もあるのだろう。


 他の人間にはともかく、ウィーダに関しては若干素が入っているような気がしなくもないが。






「うおりゃぁぁぁっ!」


 気合をいれたかけ声が響き、ウィーダの剣がデスサイズの大鎌を払いのけ、相手へ刺突技を見舞う。

 二度、三度。

 

「電光石火」のギルドメンバーにふさわしい俊敏性を持って、敵の機動力を制止、相手を翻弄する。


 一部の反撃の隙を与えないように、連撃を高速で見舞っていく。


 そして……。


「ぜりゃあ!」


 鍛え上げたパラメーターに物を言わせ、ウィーダは壁をかけ上げって上空から、剣で、体重とスピードの乗った切り降ろし攻撃を、デスサイズの脳天へと叩き込み相手を撃破した。


「アイテムなんざなくっても、上空くらい制してやるっての」


 地面に着地して、撃破を確かめたウィーダがそんな言葉を放てば、条件反射の様にアルンが口を開いて遺憾の意を表した。


「自分が何度やっても飛翔アイテムが作れないからって、ムキになるなんて大人げないわね」

「何だと、別にムキになってなんかねぇよ!」

「どうだか、毎回アタシの箒とかフライエビとか羨ましく見てるんじゃないの。やだ、こっち見ないでよ変態」

「理不尽すぎだろ!」


 長年培ってきた阿吽の呼吸というものが、二人の間にはあるのだろう。

 危険なマップにいるにもかかわらず、流れる様な会話劇が展開されていく。


 このイベントばかりはいくら注意しても、野生動物の習性のように繰り返されるから困ったものだ。

 本当に危険な時は、彼等も分かっていてはくれるのだが、割といつでも煩くされるのは、時々困る。


 ユウはため息を飲み下して、二人にギリギリ聞こえるような声量で呟いた。


「……仏の顔も三度まで」

「「!」」


 効果は抜群だった。


 二人は一瞬で興奮で赤くなていた顔色を、青く変えて、硬直する。


「さ、先に進もうぜ」

「そ、そうね」


 そして、小声になって互いの体を肘で小突きあう。


「……っ!(おい、ユウがキレたら手が付けられなくなるだろ。いい加減にしとけよ)」

「……っ!(はぁ、あんたのせいでしょ。私のせいにしないでよ。とにかく喋らないで進むわよ。喋らないで、よ)」

「!(それくらい分かってる、二度も念押しすんなっ!!)」


 そんな風にギクシャクとした動きで前へ歩き出す二人の背中を見て、ユウはわずかに肩をすくめてみせた。


 怒ると大変な事になるという評価に異論はあるが、意味深に呟いただけでこうも効果があるとは、彼等から見たユウという人物は一体どうなっているのか。暇な時にじっくり聞いてみるのもいいかもしれない。


 そう考えれば、前方を歩く二人が仲良くビクッと肩を揺らしたような気がしたが、気のせいだろう。






 それから数時間かかったが、ユウ達はとうとう最上階へと上がってきた。


 周囲を見回したウィーダが息をつく。


「ここまで来るとモンスターはあんま見かけなくなってきたな」


 敵の数が少なくなってきたので、先ほどよりも雑談しながら進む余裕があった。

 だがユウは油断しないようにと答える。


「ああ、だが用心しろ」


 そこに会話に入って来るのはアルンだ。

 彼女に彼女で気になる事があったらしい。


「ユウ様が入ったお部屋は、このさらに上階にあるって考えてるんですよね。やっぱり一番上なんでしょうか。この神殿を踏破した場所に管理者の部屋があるなんておかしくないですか?」


 確かにその疑問も最もだろう。


 考えられる点の一つは、このマップが特別であり、管理者室を置く利点があったから。

 もう一つは、全ての高難易度マップにはあらかじめ管理者室が置かれているが、通常は隠されている。だが、ここだけスタッフの意図しない理由で、プレイヤーが侵入できるようになってしまった……という話だろう。


 ユウとしては後者の可能性が高いのではないかと考えている。


 何者かが、ユウが転移したマップの隠された管理者室を開け、こちらを誘った。

 そんな所だとみている。


 だがそうだった場合、偶然トラップを踏み抜いたプレイヤーの能力によって、デスゲームの状況が大きく変わってしまう。だから、ユウを導いた物はあらかじめ、力を貸し与えるプレイヤー候補を決めていたのではないだろうか。

 そう考えるとユウ達の近くにエリザがいた事が納得できる。


 まだデスゲームが始まって数日。

 序盤からの流れを考えると、スムーズに進み過ぎている感覚があった。


 そんな事を二人に話せば、今気づいたとばかりに声があがった。


「なるほどな」

「そっか、プレイヤーの中の一人であるユウ様が偶然入ったんじゃなくて、誰かが意図的にユウ様個人を選んだって事もありえるんだ……さすがユウ様、そんな可能性に気づくなんて。管理者室に呼ばれちゃうわけですよね。選ばれ迷惑かと思いますけど、何だか納得しちゃいますぅ」


 AIソフィが未帰還者事件を起こし、製作スタッフの誰かがユウに白羽の矢を立て助力している。

 なら今回のデスゲームは、AIソフィがさらなる未帰還者を望んだ結果……になるのだろうか。

 まだ、推測の域を出ないが。


 しかしそれならなぜ、未帰還者は唐突に目覚めたのか。


 考えこんでいると、こんな面倒な事によく巻き込んでくれたな、という思いが湧いてきた。


 そもそもユウが送ったメールにウィーダが気づいていれば、こんな世界にくることはなかったというのに。


 そう思っていれば、ウィーダがこちらの顔を見て。


「ユウは、よく細かい事考えられるよな。そういうとこマジ尊敬。俺なんか悪い事が起きたら一方通行の事ばっか考えずにはいられないし。感情に流されないで、自分を保つとか無理だ。ユウの方が、俺よりリーダーに向いてるんじゃねって思うくらいだぜ」


 そう言ってきた。

 心の中で不満をぶつけていた事を顔にだすのは気が引けたので、ユウは何食わぬ顔をして首を振る。

 リーダーの器で言うならこのメンバーの中では、ウィーダ以外ありえない。


「俺に人を率いる力はない」


 一人か二人、数人くらいなら理詰めの理論や計算でも何となかるだろうが、結局人を動かすのは人の心だけだ。


 直情的に見えるウィーダはよくも悪くも分かりやすくて、考えている事がはっきり分かる。

 悪事に加担するような性格でもないため、見てて好感が持てる。なので、人の上に立つのならそういった人間が適しているのだろう。


「そういうもんかね? ま、適材適所ってやつか? ユウがいるから、俺も多少の無茶できるんだし。逆なんて絶対務まんねーか」


 そう。

 ユウの様な人間は、そういう人間を補佐する役割でいいのだ。


 ウィーダの性質を羨ましく思う部分がないわけでもないが、互いの長所を羨んで足りないと思え認め合える関係。ユウはこれで良いと思っている。


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