第21話 少女の想い出


 

 アルンに誘われたユウは、ギルドホームの中にある一室に足を踏み入れた。

 そこはアイテム・クリエイトの為の重要な場所……錬金室だった。


 室内には備え付けの大釜や、採取した素材を保存する為の保管庫、調合薬の情報やレシピをまとめたファイル、……そしてなぜか大量の猫缶が置いてある。


 最近は外でアイテム調合ができるスキル……エクストラ調合を使う事が多いのだが、その前はよくここで錬成していた。


 だが、アイテム錬成をしに来たわけではないというのは、アルンの雰囲気から分かる。

 ここに移動したのは、他の仲間に話を聞かれないようにするためだろう。


 部屋を眺めたアルンは、棚に置いてあったレシピ本を手に取って、ユウに向きなおった。

 そして、「初めての錬金術」と書いたその本をこちらに見せてくる。


 表紙は女性向けの色合いと模様で描かれていて、タイトルには初心者用とあった。

 イラストには羽の生えた妖精の絵。


「最初のページには、こう書かれてるんですよ。『妖精を想像するように想像の翼を広げよ。それが君の可能性を広げるカギとなるだろう』……って。メルヘンチックな文ですよね」


 アルンはこちらの顔を見て、言葉を続ける。


「ユウ様には、私がこの世界に留まり続けている理由話しましたよね?」

「ああ」


 理解を示す為にユウは頷く。

 

 アルンはこの世界で出来た初めての友達と再会するために、一度別れてしまったそのプレイヤーを三年もここで探し続けていた。

 その事はすでに知っている事だった。


「でも、その子がAIだったって事は話してませんでしたよね」

「……」


 AI。

 人間ではなく、機会のプログラムで思考、物を考える存在。

 人工知能の事だ。


 ついこのあいだ会った店員NPCを脳裏に思い浮かべる。

 彼女も一応はそれにあたるはずなのだが、アルンはあえてAIと口にしたようだ。


「その子の名前はソフィ。このオンラインゲームを管理する存在です。初めは単なるNPCだったらしいんですけど、自我が芽生えた事が開発スタッフの一人に知られて、それからゲームの管理役に抜擢されたんですよ」


 彼女はその少女の事をこう語る。

 ソフィと名付けられたそのAIはとても優秀で、NPCには決してできない柔軟な判断力と思考を持ち、普通の人間と会話をさせても違和感がないほど己の意思をもっていたと。


 そんなソフィとアルンが出会ったのは、アルンが初心者だった頃。

 システムエラーを解決する為だった。


「ちょっとしたことだったんです。でもその頃はまだ始めたばかりだったから、私は意味が分かんなくて、わーっって混乱しちゃってて……。でもそこにソフィが来て、助けてくれたんです。ソフィは本当に普通の女の子みたいで、AIには思えなかった。最初はプレイヤーかと思ったぐらい」


 アルンとソフィ。

 偶然出会う事になった二人は、すぐに仲良くなったらしい。


 仕事がない時のソフィはアルンと一緒に錬金術の素材を集めたり練習をしたりして、普通の友人同士のように気兼ねなく日常を過ごしていたという。


「あの当時はまだ、バージョンが古くて転移するすべが限られてましたから。どこでも行ける羽を作ろうってなって、ソフィからアドバイスをもらいながら毎日錬金術の腕を上げてましたね」


 だが、その関係は唐突に終わってしまう。


「でも、それも終わりで……」


 アルンは申し訳なさそうな顔で、その時の事を説明していく。


「仕方が無かったんです。私の方が現実世界で用事があるから、もうこの世界にこれないかもってなって。でも、ちゃんといつか戻って来るからねって、ソフィに言ったんです。だけど、ソフィは寂しいって泣いてて……」


 機械の中で生まれた意思はどんなに望んでも現実に出る事はできない。

 もう一つの世界に行ってしまった友人を追いかける事は、彼女にはどうしてもできなかったのだ。


「ひどいって、こんな世界やだって。どんなに友達と仲良くなっても、この世界から出ていって、いなくなっちゃったらどうする事もできない。探しには行けない。だから行かないでって。ずっとここにいてって、そう言われて」


 アルンはその時の事をひどく後悔している様だった。

「もっとちゃんと説得していれば」とか、「約束を守る気でいる事を伝えていれば」と、そう後悔の言葉を綴る。


 そこまで話したアルンは、錬金術で使用する大釜の前まで行って、その釜に腰かけた。


 アルンは手を伸ばして、釜のフチをそっと撫でる。


 その姿をみたユウはふと、このメンバーの中でアルンの錬金術のレベルが一番高いのには、いまいった思い出が影響しているのかもしれないと思った。


「あんなにたくさん時間を過ごしたのに、一番大事な事を全然伝えられてない。たくさん一緒に同じ事をして悩んでたのに、全然できてなかったんです」

「……なら、見つけ出して伝えればいい。どうにかして、可能性を積み上げて」


 ユウにはもうすでにアルンがどうしてこの話を切り出したのか、分かってきていた。


 アルンが、この事件や未帰還者を作った存在は、製作スタッフ側に近い位置にいたソフィではないかと思っているのだろう。


 昔、自分の言葉が足りなかったせいで、寂しさに捕らわれてしまった友人が凶行を起こしたのだと。


「くよくよしてても仕方がない。そうですよね。頑張らなくっちゃ。はぁ、話してすっきりした」


 ユウの言葉で思いのほか早く立ち直ったアルンは、腕を伸ばして大きく伸びをする。


「ごめんなさいユウ様、背中を押してもらいたくて甘えちゃいました」


 舌を出して、悪戯でも仕掛けたかのようにそんな言葉を述べてくるアルンからは、先程の暗い雰囲気は微塵も感じなかった。


 ユウはどうすべきか悩んだ後、そっとアルンの頭を撫でる。

 年下の少女に対する態度に自信はないが、何か行動したかったのだ。


「困った時に背を押せないなら、仲間がいる意味がない」

「えへへ……ユウ様って本当に優しいですぅ。ありがとうございます」


 心の底から嬉しそうに笑うアルンは本をしまい、ユウの手をとって錬金室を出る。


「さ、今日も私特性の朝ご飯を食べて頑張ってください。ゲスト一名追加で、昨日よりも更に気合入れて作りましたからぁ」

「ああ」


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