第19話 不可解な事情



 ギルドホームに向かって歩いていると、例の店員NPCに「無事のお戻りで何よりです」と声をかけられた。

 彼女達も、町の空気の変化に気が付いていたが、あまり大きく動く事はできなかったらしい。


 主な理由は……。


「私達はしょせんNPCですから。あまりイレギュラーな行動をとると、一般プレイヤーの方たちを混乱させてしまいます」


 との事だ。

 現実を受け止めるのに手いっぱいな者達へ配慮していたらしい。


 それを来たウィーダが「しょせんとか言うなよ」とか「どんな奴だって俺にとっては同じ命のある存在だ」とか言って、無自覚に口説き始めていたので丁寧に靴を踏ませてもらった。


 片足をあげて痛がりながら抗議するウィーダをスルーするが、無視するのは口説かれたNPCも同じだった。


「それにしても、先ほどのやりとり……見事なお点前でしたね」


 彼女は、ユウ達が「スカル・レッド」に行ったあれこれを、どこからか見ていたらしい。


「特にとりもちトラップが素晴らしかったですわ。あれは想像力を源とするこの世界ならではの手腕ですもの」


 話題に出すのは、錬成品のアイテムについて。

 実際、ユウ特性のとりもちトラップの効果はよかった。


 相手の動きを阻害する事が出来るので、被害に遭ったプレイヤー達の気持ちを「スカル・レッド」にも思い知らせる事が出来る。

 なおかつ、ライフがなくならならい点も相まって、プレイヤーを窒息させ無限に苦しませる事もできるのが良い。

 顔の前でちらつかせるだけで実際にはやらなかったが、町に散っていた連中の方はそれで心が折れたようだった。


 一番責任が重いリーダーは、ミントシティの鐘付き台にはりつけて置いた。


 定時になるたびに町中に自動で時刻を知らせる鐘の音を、間近で聞くのは相当答えるだろう。

 それに加えて、人間三人分ほどの大きさのあるその鐘にくくりつけて、鐘付き棒が当たる位置に調整して置けば打撃の衝撃も入れられる。


 ミントシティの時を告げる鐘の音が若干鈍くなるかもしれないが、町の治安と比べれば安い物だ。


「スカル・レッド」の下部メンバーはともかくギルドリーダーの回収は、その内思い出した時に行う事にする。

 括りつけた当時はまだ威勢が良かったので、干物になるまで待つ必要がありそうだったからだ。


 問題があるなら後で他の連中が何とかするだろう。


 ウィーダからは、


「俺、絶対お前だけは敵に回したくねぇわ」


 その際にそんな言葉を聞かされたが、誉め言葉としてもらっておいた。








 そんな風に町を巡る騒動を片付けたユウ達は、雑談しながらようやくギルドホームへ帰還。


 店員NPCと別れた。


 そして、現実の時間と動機しているこの世界の空が、夕暮れを表現して赤く染まりっ始めた頃に、ようやく倒れていた少女が起き上がった。


 まずは互いに自己紹介。

 そして現在地を教え、簡単な成り行きを伝えた後、相手の女性……エリザが口を開いた。

 

「助けていただいたんですね。私、フィールドで気を失ったところまでは覚えていたので、町まで運んでくださってありがとうございます。でも……」


 目を覚ますなリ、そう礼儀正しくお礼の言葉を口にするエリザは、この世界の状況を知る者なら、決して口にはしないだろう疑問の声を発した。


「でも、気絶していたのに……どうしてログアウトしなかったんでしょう」


 見ている限りはちゃんと意識もあり、問題なく会話もできるようだった。

 だが、ユウ達とエリザの間には致命的な情報齟齬があるらしい。


 その違和感を判明させるため、日付の確認を行った。


「私が覚えている時から、三年も経ってる……。そんな、システム画面の表示エラーじゃな無かったなんて」


 彼女の記憶は三年前で止まっていた。

 つまり彼女は、あの日現実世界に帰ってこれなかった、未帰還者の一人だったのだ。


 とりあえず、あの場で倒れる前の出来事について詳しく訪ねていく。


 長い話になるとの事なので、エリザは寝かされていた寝台から移動して、ダイニングにいる。

 彼女の手元には、気を利かせたアルンが用意したココアの入ったカップが一つ。


 ブラウン色の液体がわずかに揺れた。


 一息ついて落ち着いたエリザは、思い出す様にゆっくりと言葉を続けていく。


「ええと。気がついたら、シュネイブの滝の近くにいて……それで、モンスターに襲われたので必死になって逃げたんです。見た事ないモンスターで、対策が分からなくて、焦ってしまって」


 か細い声で言葉を続けながらも、エリザはその時の事を正確に思い出そうとしているようだ。

 瞼を閉じて、言葉をつづける。


「何とか逃げる事はできたんですけど、緊張がとけたら意識を保てなくて。まずいって思ったものの、そのまま倒れてしまって」


 その後に、ユウ達に発見されたという流れなのだろう。


 エリザは話している間、ずっと調子が悪そうだった。


 三年以上も意識がなかったという事実が、プレイヤーにどういう負荷をもたらすのか分からない。

 ただ単に慣れない状況に置かれて精神的なものから疲労を感じているのかもしれないが、そういう事情の専門家でもないユウ達には、区別がつかなかった。


 休ませてやるべきところだが、本人の意向もあって事情を聞く事にした。


 じっとしていると、「嫌な事を思い出してしまいそうだから」との事らしい。


 よく分からない状況に突然放りこまれたのが堪えたのだろう。

 それで気休めになるというのなら、こちらはいくらでも話に付き合ってやるべきだ。


 エリザの様子を案じつつも訝しげな表情をするウィーダは、誰もが思うであろう事をのべる。


「でも、何でこのタイミングでエリザさんが目覚めたんだろうな。三年もずっと意識がなかったのに」

「そればかりはまだ分からない」


 そういいつつも、実はある程度の検討はついている。

 だが、確信にいたる情報がないので、口をつぐんでおく事にした。


 この場の会話に参加していないもう一人のメンバー、アルンはというと少し前からキッチンへと姿を消している。


 何かを作っているらしいが、エリザはあまり食欲がないようだっので、そういう人間でも食べられるものをつくるとか言っていた。


 彼女は普段とは違う様子で、少々はりきっているようだった。

 アルン曰く、ギルドホームに女性がいるのが新鮮なのだとか。


 ジュリアという旧知の女性プレイヤーもいる事はいるのだが、なかなかギルドホームまでくる客は少なかった。

 ユウ達も基本はログインすれば外で活動するばかりなので、猶更なのだろう。


 悄然とした様子で俯くエリザの様子を見ながら、これからの事を考えていると、そこにアルンがやってきた。


 お菓子の載った皿とジュースの入ったコップを持って、だ。


「食欲が無いって言ったけど、オヤツなら食べれそう? ジュースも持ってきたわよ」

「あ、ありがとうございます」


 本格的な食べ物はさすがに作らなかったらしいが、それでもエリザの前に置いたオヤツは、「オヤツ」と形容するより「デザート」と言った方が良いような出来栄えだった。


 中身をくり抜いた果物の器に、色鮮やかなソースと、縦に層になっているムースが詰まっていて、大変見栄えが良い。

 とても素人ワザとは思えない一品だった。


 それを見たウィーダが言わなくても良い一言を投下。


「やべぇな、いつも思うけど性格は暴れ牛みたいなのに、何でこんな繊細なもんが作れるんだ?」

「ちょっと! 聞こえてるわよ!?」


 ウィーダが迂闊に漏らした一言に、アルンが刺々しい言葉で反撃。

 失言の主は「うぇっ」と首をすくめてみせた。


 だが、「オヤツ」の出来栄えに関しては、エリザの方もユウ達と同じ心境だったようだ。


「す……、凄い。素敵ですね!」


 そんな風に歓声をあげた。


「料理は得意なのよ、どうぞ召し上がれ」


 胸をはって得意そうにするアルンに促されるままに、エリザは食器を手に取り、エリザはそれを口にした。


「とても美味しいです、アルンさん凄い。それに見た目もとってもプロのパティシエみたいで食べるのがもったいなく思えてしまいます……」

「アルンで良いわよ。やっぱり反応があると作り甲斐があっていいわね、ユウ様はともかく、馬鹿男は何食べても「うまい」とか「すげぇ」しか言わないから退屈なのよ。きっと頭の中の言語レパートリーが死滅してるのね」


 表情をほころばせるエリザを見て、仲間の事を思い出す愚痴をこぼすアルン。

 彼女は、「なっ」と言って反論の言葉を吐き出そうとするウィーダの顔に、皿を乗せて運んできたお盆を叩きつけて黙らせた。


 そして、何事もなかったかのように会話。

 ウィーダの扱いが時折雑になるのは、我がギルドの日常だ。

 オロオロするエリザにアルンと共に「あれでいいのよ」「あれが正解だ」と伝えておく。


「お、お前ら……」


 ウィーダの恨めしそうなうめき声をBGMにしながら、アルンはエリザへ感想を尋ねる。


「甘いものを食べると、気持ちが少しだけ楽になるわ。どう?」

「そうですね。ちょっとだけ心が軽くなりました」


 同性であるアルンには、ユウたちよりも打ち解けているらしい。エリザは警戒なく運ばれてきたそれらに手を付け続ける。全然手が止まらない。


 そういえばもうじき夕食の時間だった。

 腹がすいているのもあるのかもしれない。

 三年分の意識不明が空腹にどう影響しているのか、分からない所だが。


 ウイーダを引っ張って部屋から退出する。

 この場はアルンに任せた方が良い。


「アルンさんって料理が得意なんですね。私、リアルでもゲームでも下手で……。何でも黒焦げにしちゃうから、羨ましいです」

「好きなの? だったら今度教えてあげてもいいわよ。授業料は頂くけど」

「お金取っちゃうんですか?」

「嘘よ、冗談、ウィーダならともかく。そんな意地悪な事しないわ」


 多くの人脈を持って、誰とも打ち解ける才能があるアルンにかかれば、三年間意識不明だった未帰還者の少女も相手ではなかったらしい。


 しばらく好きに会話をさせる事にした。


 一応、一通りの事は聞いたので、これ以上本人に負担を欠けるべきではないだろう。


 楽しげに会話をする二人を置いて、部屋を後にした。


 廊下に出たところで、ウィーダが当然の質問をぶつけてきた。


「なあ、エリザさんどうするんだ?」

「ここに泊める、それ以外は無理だろう」

「アルンにも打ち解けてるしな」


 取りあえず今日は、エリザをここに泊める事にする。

 この状況でさらに他の人間の所に行けと言う程、ユウは非情ではない。

 彼女の心理状態を考えれば仕方がないだろう。


 唯一懸念していた「異性と一つ屋根の下」で夜を明かすという事実については、後で丁寧に話して信頼してもらうしかない。彼女が寛容な人間である事を祈るのみだ。


 その後で顔を合わせる時は、彼女の負担にならないように、当たり障りのない会話をするのみにとどめた。


 彼女はどうやら、あまり人とは壁を作らないタイプだったらしい。


 数時間後には、ウィーダとも普通に話ができるようになっていた。


 だが、ちょっと彼女は天然の気質があるようだ。


 ウィーダが町中で即席ハーレムを作っているという話(アルン談)を、聞いた時などは、「友達作りの王様ですね」と発言したほどだったからだ。


 そのわきの甘さにはさすがにユウも、彼女のこれまでの身辺事情が若干心配になった。


 ともあれ、様々な事があった三日目はそれで終わりだ。

 明日の四日目も、やるべき事がたくさん控えているので、当分休めそうにない、







 ちなみに朝起きると、ギルドホームの外壁に落書きがもう一つ増えていた。

 前にかかれたものと同じ内容だった。





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