第17話 町の変化
ミントシティ 町中
調査に出た天ヶ原のフィールドで発見した少女は、ユウ達が呼びかけても目を覚まさないままだった。
肩口で切りそろえられた短い白い髪と、エメラルドのような緑の瞳をしたその少女は、ユウ達とそう歳が変わらなさそうだ。
雪のように白い肌に、整った顔つきで、細身の華奢な体格だ。
ログアウト不可となっているこの世界では、意識を落とす事がこの世界からの脱出を意味する事ではない。それは、これまでに渡る二度の睡眠が保証している。
精神的な疲労が理由で倒れたと推測したユウ達は、調査を中断してギルドホームへと少女を連れ帰る途中だ(ちなみに、気を失っている彼女はウィーダが背負っている)。
思うように調査が進まなかった事については、同盟の取りまとめ役となるサブウェイにメールで知らせておいた。
その際に、他の場所での調査結果が届いていたのが分かったが、目を通すのは後にする。
そういうわけでミントシティへと戻ったユウ達なのだが、町の様子に変化があった。
ウィーダが周辺を見まわして首を傾げる。
「何だか、静かになってないか?」
「そうね。通りを歩いてる人も少ないし、何かあったのかもね。でも……」
そんな仲間の疑問の声に応えるアルンは、自らが思っただろう予想を口にしようとするが、思い直してかかぶりを振った。
「そんな筈ない。早すぎる。違うわね……」
町の人間の不満が爆発したと思ったのだろうが、彼女は思い直したらしい。
ユウも同意見だった。
少なくとも、朝の出発の時点では、町の様子はまだ落ち着いたものだったからだ。
とにかく、まずはウィーダが背負っている少女をギルドホームへで安静にさせるのが先。と町の中を急ぐ。
しかし、その行く手には、町を出歩くプレイヤーの姿があった。
男女の二人組だろう。
親密な関係が窺わせる距離感で、何事かを話し合っている様だった。
表情から窺うに、それは良くない出来事らしかった。
そんな二人の様子が気になったのだろう。
「ちょっと事情聞いてみても良いか?」
ウィーダは背負っていた少女をユウへ預ける。
許可を求めつつも事情を聞く気満々といった様子だ。
特に反対する理由もないため止めないが、その調子でこれからも他人事に首をつっこむのだと思うと先がおもいやられる。
「一応、外に出てた事は言わないようにしてよ」
アルンの方は、そんな注意を一つかけたのみだ。
「あー、分かった」
ウィーダ達の声で、相手のプレイヤーの男女がこちらに気が付いた。
身構えている事を見ると、近づいてくるウィーダを若干警戒しているようだ。
そんな事に気がついているのか、いないのかウィーダは気安い動作で声をかける。
「なあ、あんた達。俺ら今気づいたばっかなんだけど、町の空気なんかおかしくないか? 何か知ってたら教えてほしんだけど」
二人組の男女に近づいてウィーダがそう話しかければ、「あっ」という反応が同時に帰ってきた。
そして、警戒もとける。
こういう面ではユウもアルンもかなわない。
初対面の人間の警戒を解くような雰囲気を兼ね備えているのは、ウィーダだけだ。
話しかけられた男は、体から力を抜いて安堵の息を吐く。
「ひょっとして電光石火?」
「私、知ってる。この人達、昨日もおとといも広場にいたよね」
どうやら、向こうはそれなりにこちらの事を知っている様だった。
あんな目立つギルドリーダー達の会議に出ていたのだから当然と言えば当然だろう。
今となったはこの世界で知らない人間の方が少ないのかもしれない。
表情を明るくした女性が、ウィーダに向かって頭を下げる。
「一昨日はどうもありがとうございました。あたし達あの時はパニックになっちゃってて……、全然どうしたら良いのか分からなくなっちゃってたから」
「ああ、いや。気にしなくてもいいって。まあ、困った時はお互い様っていうし。俺らも初心者の頃は色々、先達の人達にお世話になったもんで」
親しげに会話をするウィーダと女性。
そんな様子を見て連れの男性がむっとした顔をするが、世話になった時の事を思い出しているのか、何も言わずに平静の態度を努めているようだ。
「電光石火なら、ジュリアさん達と同じように調査で外に出てたんですよね。なら、町の事知らないのも不思議じゃないか……」
先ほどのアルンの念押しは無駄になってしまった様だが、問題はまずないだろう。
女性の言葉には、羨望の意思も嫉妬の念も込められてはいなかった。
納得した様子の女性は、この町の空気の変化について話を始める。
「今ちょっと、鼻もちならないとあるギルドのリーダーが町ではばを利かせてて困ってるんですよ。ほら、いま調査の為に名のあるギルドの人達の大半が外に出ていっちゃってますから、今の内に好き放題でもしようと考えたのか、「スカル・レッド」っていうところのギルドが、態度を大きくしちゃってて……」
と、そんな風に女性はユウ達に詳しい内容を教えてくれた。
女性の語る言葉は、終始辛辣なものだった。
その言葉に触発されてか、隣にいた男性までもが渋い顔になる。
「あいつら乱暴だよな」
「一番人数の多いギルドだか大手だか知らないけど、数に物を言わせて言う事を聞かせようだなんて、ねぇ? やになっちゃう」
「そうだな」
ひょっとすれば、彼女等は直接その目で問題の場面を見たのかもしれない。
それで、思わず語気が荒くなってしまっているのだろう。
彼女等が説明するに、そのスカル・レッド達のやろうとしている事は表向きには正しい事らしかった。
指示に従わない町のプレイヤー達に注意を飛ばし、最善の行動を促すという。
それ自体は問題のない行動だろう。
町から出ようとしたり、もめ事を起こしたプレイヤーを何の対処もせずに放っておけば町の治安が悪くなるばかりだ。
だが、そのやり方が問題だった。
彼等は、モンスターを己の影響かに置いて行動を制限できるというテイムスキルを持つテイマーを集めて、問題行動を起こしたプレイヤーを囲み、移動を制限。
ライフが減らないのを良い事に、粛清として暴力行動に出ているらしい。
それらの事情を聴いたアルン達は、顔をしかめて言葉を発した。
「荒っぽいやり方ね。そいつ本当にギルドのリーダーなのかしら」
「やりすぎだろ、なあ?」
恐怖や暴力で相手を押さえつける方法を否定するわけではないが、元から似たようなものを抱えていた今の状況でそんな事をやれば、危うい今の均衡がどうなるか分からなかった。
だが、それよりもユウが気になるのは……、
「ジュリアは黙っていないだろうな」
会議をした他のギルドリーダー達が黙っていないだろうという事。
確実に問題が増えるだろうし、それに議題の時間がとられる。
ジュリア達なら、間違いなくその行動を非難して、然るべき対処を取るだろう事は目に見えていたが、スカル・レッドはそんな事も分からずに行動するほど間抜けだというのだろうか。
何にせよ、予定より早く帰って来たユウ達にはやることができたようだ。
「放っておくわけにはいかねぇよな」
ウィーダがそう決めたのなら、一度折れたこちらがどうこう言える事ではない。
「アルン、エリザを頼む。手が必要なら、ゴンドウに手伝ってもらえ」
「はーい、分かりましたぁ」
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