第15話 平和な探索
三日目の昼。
昨日の打ち合わせ通り、各ギルドは情報集めに動く事となった。
このオンライン世界で、知らぬものはいないという『疾風』ジュリア率いる『エンジェルダーツ』と、『暴牛』ラジェル率いる『バロックバロット』。その他様々なギルドが綿密な打ち合わせを行った末、各担当に割り振られたフィールドを探索する事となった。
そういったわけなので、二日目の会議でギルド間の連携が取れるようになった事で、昼間の調査開始前であっても様々な情報が入るようになったのは大きい。
各担当からの報告の中で目をつけたい情報は、バグと妖精についてだった。
バグは、せいぜい大きさで言えば五センチ四方のブラックポリゴンが、フィールドの中でたまに浮いているぐらいのもので、触れても危険はないという事だ。
だが、妖精の存在がやっかいだった。
今までに見た事が無い新種の生物……妖精にはこれまでのモンスターにない能力があるらしい。
それはユウによるライフ改ざんを一定期間無力化するというものだ。
妖精の杖からの魔法を受け、ライフが減少する様になったプレイヤーは即座に後衛に下がる様にしているらしいが、安全だと思ったフィールド探索が実はそうではなかったという事実が、プレイヤー達の足を鈍らせてしまっている。
今の所は有名ギルドの高レベルプレイヤーのみが活動している現状なのだが、時が経ち、不満を抱いた中級・初球のプレイヤーが町を出るようになった時が一番の心配だった。
同盟ギルド間方針としては、
『犠牲者ゼロでデスゲームのクリアを目指す』となっているが、それが期待できるのはせいぜい一週間までの事だ。
調査が長引けばフィールドに出てきたプレイヤーが死亡する事も考えられる。
町に残っているものたちの世話については、ゴンドウ引き入り世話好き連中が引き受けているらしいが、それにも限度がある。
そんな中、弱小ギルドの『電光石火』メンバー……すなわちユウ達は、町近辺のフィールドを担当して、周っていた。
いくら猫の手も借りたい状況だといっても、初日におこなった管理者権限の手札の存在が強烈だったのか、ユウ達には危険な場所になるべく出ないでほしいと各方面から言われてしまったのだ。監禁されなかっただけマシと思うしかない。
そんなわけで、ユウ達は天空を表して作られたという、低レベルモンスターしか出てこないフィールドを歩き回っていた。
天ヶ原のシュネイブの滝という、雄大な大水流れる場所の近くだ。
「何か思ってたのと違うっていうか、のほほんとした景色だよな。俺らピクニックしてるんじゃねー? って気になってくるわ……。さっきから出てくるのは雑魚ばっかだし」
激動のデスゲーム生活が始まるとばかりに考えていたらしいウィーダは、しっくりこない様子で先頭を歩きながらトラップ探知をしている。
ウィーダの言う通りで、特に何かが起こりそうな気配は今のところなかった。
場所に似合わない凶悪なモンスターと出会うわけでも、二度目の妖精との邂逅があるわけでもない。
視線の先では膨大な量の水が上から下へ流れていって、滝つぼで大音量の水音を発生させ、周囲に水の恵みをもたらしているだけ。
現実にあれば人集めに最適な、良い観光地にでもなりそうな光景があるのみだった。
「はぁ、何つーか。眠たくならね?」
「なら、寝れば? 永久に起きられなくしてあげるけど?」
「怖ぇな! 冗談だっての、そんなに怒るなよ!」
「怒ってほしくないなら、気を抜かないでよね!」
どんな時でも通常営業のウィーダとアルンは、喋る内容が大して転がってなくても会話に困らなさそうだった。
ギルドメンバー三人でこの喧しさであれば、仮にメンバーが増える事になったら、どんな事になるのだろう、と少しばかり「電光石火」の未来を想像した。
三年の付き合いを経て高レベルプレイヤーとなったこの三人は、戦闘時での連携も日常での意思疎通もそれなりにこなしている。
ジュリアに言わせればこの「電光石火」ギルドは、普通のプレイヤーであれば、少々気遅れするような雰囲気も出来上がっていたり、かなり体育会系の日常だったりするので、新人が入るのは難しい言われたのだが、それでももしも増えるのであれば……と考えるのだ。
数年前には全然違うギルドに加入していたのだから、人の未来など分からないものだ。
新人が入るとすると、やはりウィーダのようなお人好しか、それともアルンのように卒なく状況によって態度を変えられるような器用な人間だろうか。
自分で考えるのもなんだか、ユウみたいな人間がそうそういるとも限らないので、物静かでよく分からない担当が増える事はないだろうと思うが。
「……」
想像していたら、自分の役割が少しだけ物悲しくなってきた。
やるべき事をやる事に躊躇いはないし、不満もない。
だが、ユウは周囲に思われているほど人の枠から外れているわけでも、冷静なわけでも謎めいてるわけでもないのだ。
ウィーダが怒る様な事は怒るだろうし、アルンが驚く様なことにも驚く神経はある。
ただそれが、少々表に出ないだけの事。
そのあたりの新鮮味を見越して、この仮想世界にやってきたという話があるのだが、今は考えないでおく。
少し前に言っていたアルンの言葉を思い起こす。
この世界と現実の世界は遠いようで近い地続きの世界だ。
関係ないなどという事にはできないのだ、と。
互いの世界は影響し合っている。
変わりたいと思うのならば、目標に向けた努力を地道に続けるしかないのだろう。
結局の所は……。
ウィーダと出会った時にその辺りの事は一度考えたりもしたのだが、やはりユウはユウだったと言う事か。
そんな事を考えていると、知らぬ間にモンスターがよってきていたようだ。
「お、雑魚モンスター発見。一応いるんだな。初心者用のフィールドだから数は少なそうだけど。ユウ、良いよな?」
「ああ……」
一瞬反応が遅れたが、許可。
特に反対する理由はなかった
暇つぶし発見とばかりに、ウィーダがその場に現れたモンスターとの戦闘に入る。
相手は、よく見かけるマイナーなモンスター、初心者でも手間取る事はそうそうないだろうレベル一桁のウルフだ。
ウィーダは、ライフポイントが減らないのを良い事に、雑魚的と戦闘してこの機に素材を補充したいらしい。
戦闘後に、ポップアイテムをチェックして一喜一憂している。
一応、モンスターとの戦闘は極力回避するように言われているのだが、その事をあの頭はもう忘れているらしい。
難しい事を考えて悩まないのは、ウィーダの長所でもあるが、同時に欠点でもあった。
「ちょっと、ウィーダ。念のため今日は戦闘は控えろって言われてるんじゃないの?」
「いーじゃねぇか、ユウも良いって言ったんだし。昨日は頭使う事ばっかしてたんだぜ。ちょっとくらい運動させろよ」
「それは分かるけど、適度な運動と調子に乗る事は絶対違うわよ! 油断してて痛い目見ても知らないんだから」
「そこら辺は、何とかなるようになるだろ」
「もー、ほんとーにあんたって単純馬鹿」
肩を落としてうんざりしたようなアルンは、それ以上は言葉も出ないといった風だ。
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