第14話 未帰還者のエリザ
ミントシティ 数年前
クリエイト・オンラインにログインしていたプレイヤー……錬金剣士エリザが声を聞いたのは、彼女が友人達と共に、他愛ないお喋りをしながら道を歩いている時だった。
『サミシイ……サミシイ』
消え入りそうな調子でエリザの耳に聞こえて来たのは、少女の声だ。
彼女は声の主を求めて、あちこちに視線を向けるのだが、それらしい人影は見つける事はできなかった。
ならば、と彼女は何かしらのイベントでも起きたのだろうかと思い、とある行動を起こす。
それは、その仮想世界にログインしているプレイヤーが、その世界を楽しむために用意された、システム画面。
エリザは己の頭の中で「メニュー・オン」と言い、目の前に可視化された立体画像を出現させる。
己の指を、画面に並んでいる文字項目へ向ければ、それでその項目を選択した事になる。
だが、発生中のイベントリストは空になっていて、先ほどの声についての疑問は解明されないままだった。
エリザが腑に落ちない様子で首を傾げていると、その様子に気が付いた者達が声をかけた。
周囲を歩いていた女性プレイヤーの友人達だ。
エリザは彼女達と共に、つい先程まで採取クエストを共同でこなし、終えたばかりだった。
「エリザ、どうしたの?」
エリザは、友人の一人から問い掛けられた言葉に対して、口を開くのだが。
だが、頭に浮かんだ返答の内容が声になる事は無かった。
なぜならエリザは、嵐の様なノイズの中に突如放りこまれてしまったからだ。
今までいた仮想世界の景色はあたりから全てなくなっていっていき、彼女の目の前にあるのは、テレビ画面に映る砂嵐のような光景のみ。
混乱するエリザは、その嵐の中で意識を落としていった。
これがクリエイト・オンラインがデスゲーム化するはるか数年前に、未帰還者が発生することになった事件の一つだった。
数年かけて目覚めた彼女は、自分ではそうと気づかないまま、デスゲームと化したオンライン世界の中で彷徨っていた。
「……え?」
彼女にしては、数年の時間の流れなど皆無に等しい。
認識としては、気が付いたら見知らぬ場所にいたという程度だった。
エリザは目を覚ましてすぐに、自分の状況を考えて首を傾げる事になった。
周囲を見回し、どこかのダンジョンの中にいるという事は分かったのだが、彼女には自分の足でそこまで移動してきたという記憶がなかったのだ。
直前のまでの事を思い出しても、転移現象を引き起こした出来事に思い当たる部分は無い。
仲間と共に採取をこなした帰りで、共に話しながら町を歩いていただけなのだから、何かのイベントが起きたり、うっかりフィールドでトラップを踏んでランダム転移をしてしまうような事があるはずがなかった。
「一体、どうして?」
エリザの問いかけに応えるものは誰もいない、周りには彼女以外のプレイヤーは存在しなかった。
じっとしていても仕方がないと思った少女は、どこへ行こうとも詳しく考えることなくその場から歩き出す。
ただ何となく背後へ引き返すよりは、前へと進んだ方が気分が前向きになりそうだから、とそんな理由で前方へと。
何も分からない手探りの様な状況の中で、築けば少女は安堵を求めて幼い頃に父親から教えてもらった魔法の呪文を口にしていた。
「プロキシ、スタートアップ、アクティブ、バックグラウンド、ラン、エラー、タスク」
それは機械関係に詳しかった父親が、たまに口ずさむ言葉だった。
専門的なものもあれば、普通に少し触っただけの人間でも分かるものもある。
それの正確な意味は少女には分からない。
父親と違ってその道へと進まなかった少女には、理解できる基礎情報がまるでなかったからだ。
しかし、それでも幼かった頃に呟いていたその習性が残っていた事が、不安な状況の中で安堵を得るには十分だったのだろう。
エリザの胸の中にある不安は少しだけ小さくなっていった。
意味など分からなくてとも、言葉に込められた思い出と温もり、脳裏によみがえる優しい父親の声は確かな物だったからだ
「そうだ、帰らないと」
エリザがここへ来るまでにどれだけの時間が経過してしまったのかは、彼女には分からない。
数分や数十分か、それ以上か。
だが、もし想像よりも多くの時間を使ってしまっているのなら、リアルで夕食を作っていてくれる家族に迷惑をかけてしまうのは当然の事。
だから少女は、今の状況への疑問を棚上げにして、時刻の確認を優先する事にした。
頭の中で「メニュー・オン」と唱える。
それが、さらに不可思議な疑問を己につきつける事になるとは、まだ知らずに。
『カナシイ』
『カナシイ、セッカク、イツマデモイッショ……ッタノニ』
『カナシイ、……トモダチ、イナク……タ』
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