第13話 見られていたらしい



 一息入れた後、どうやら会話をしているうちにウィーダの脳が覚醒したらしい。


「久々にアレやるか」

「そうだな」


 ウィーダが剣を手にして誘いをかけてくる。

 良い機会なので、手合わせする事にした


 ここのところはウィーダもユウもリアルが学生であるという事実が影響して、試験やら行事やらの催し物事情が立て込んでいた。そのため、対人戦をあまりしてこなかった。


 だが、デスゲームとなったこの世界では、文字通りに命がけとなる状況も出てくるはずだ。この先何が起こってもおかしくない。


 同じプレイヤーと戦わなければならない事だってあるだろう。

 ゆっくりとした時間が取れる今のうちに、訓練を積んだ方が良いはずだ。


 だが、ウィーダはそんな事を微塵も考えていない様子で、純粋に手合わせを楽しみにしているようだった。


 彼はいつもそうだ。

 クエストの時も、報酬そっちのけで依頼主を助けたり、クリア条件に無い事まで手を出したり。

 だが、そういうアレな性格だから、カリスマがある……のかもしれない。


「へへっ、お前とやるのは久しぶりだな。腕がなる」

「そうか」


 軽く準備運動をするウィーダを対面にして、ユウは間に五メートルほどの距離を開けて、立つ。


 ちなみにユウもウィーダも剣術に関しては素人だ。

 だが、オンラインゲームを始めた頃に出会ったお人好し兼世話好きプレイヤーのゴンドウがその手の事に詳しかったために、基礎中の基礎は身に着けていた。


 アルンはラインに頼った戦闘だが、ユウ達のそれでは軌道ラインを頼る時もあれば、勘に頼る時もある。

 臨機応変に切り替えて、状況的によって変更するスタイルだ。

 二人ともこの世界では少数派に部類される方だろう。 


 単純なアルゴリズムで動くモンスターの場合はスキルで足りるが、人間相手ではそうはいかない。

 三年以上も前から活動していると、それなりに顔が広くなってしがらみも増える。

 ゆえに人間相手から決闘を挑まれたり、因縁をつけられたり、ただPKされかかったり、趣味で襲われた場合には、返り討ちにしてこざるをえなかったため自然と技能が磨かれていったのだ。


 そうこうしているうちに、スキルの力を多少は借りつつも、大部分は互いの駆け引きや戦術の読み合いに関係して、己の勘を頼りに剣を振るう事も少なくなってきたという現状。


 対面にいるウィーダが運動を終え、武器を掲げながら声を張り上げる。


「じゃあ、行くぞ!」

「ああ」


 手合わせの流れはいつも同じ。

 初めはウィーダからだ。


「つ、らぁぁぁぁぁぁ!」

「……」


 一声かけた相手は、叫び気合を入れながら、真っすぐに突進してくる。

 力任せの大上段からの一撃。

 ウィーダが振りかぶったその一撃をユウが受ける所まで…がいつもの流れで、そこから剣の訓練は本格的に始まった。


 上段からの斬り降ろし攻撃を受けて、剣を握ったユウの腕に衝撃が走った。


 武器の耐久度は気にしないくて良い。

 現実ではそうそう上手くいかないだろうが、さすが仮想世界の武器と言うのか、ここでは武器破壊と呼ばれる現象が起きる。

 気をつけばければならないだろう。


 ただ逆を言えば、弱点部分への攻撃さえ防止し続ければ、半永久的に使用できるところが便利なためその点さえ気をつければ、耐久度はあってないようなもの。


 受けた一撃を流す様にして、ユウは反撃する。


 己から見た左の方へと、相手の剣を流した後、ユウは懐へ入る用に接近。

 剣先は自分の背後へと流れてしまっていたが、それでいい。

 剣を引き戻す素振りを見せ、剣先の角度を相手に向ける動きをして、フェイント。


 その動きを途中でキャンセルし、剣の柄を使って相手の腹を狙った。


 斬り合いの稽古だが、実際の内容はそんなものだ。

 勝負の世界では、汚い手を使おうが勝った者が正義。


 最低限のルールさえ守っていれば、PKすらまかり通るような世界なのだから、錬金術というファンタジーな法則が働いている割に、この世界はシビアなのだ。


 剣士は剣を持ったならば、油断を捨て、最後まで気を抜かずに敵と相対しなけばならない。


「っ!」


 決まった、と思ったが、逃げられた。


「相変わらうず抉いな、でりゃあ!」


 しかし、ウィーダはそれに対処した。

 抉るような柄の一撃を、剣を持つ手とは逆の手で受け止め、衝撃を和らげていたのだ。


 そして、ユウが左へいなした自らの剣の動きに逆らわないように、ウィーダはそのまま体を踏み込んでいく。

 ユウとすれ違う様な形で、こちらの背後へと抜けようとしていた。


 後ろを取られるのはまずかった。


「くっ」


 想像して、難しい状況に思わず、ユウの声がもれる。


 ウィーダはすでに半身を乗り出す様にして、全身へ。そのまま力ずよく踏み込み、ユウの左わきを通り抜けようとするところだった。


 すれ違いつつある両者。


 その間も攻撃は尽きない。


 ユウは、強引に全身を堪え、自らの運動エネルギーを横へとずらす。

 身を当てる様に、ウィーダを転ばせようとするが、直後剣がこちらの首を狩りに来た。


 背後へ抜ける行動をキャンセルして、ウィーダは剣を水平へ振ったのだ。

 ユウの剣は柄を握られ捕まえられている。


 防御はできない。

 なら、回避するしかなかった。

 身を屈めれば、頭上を通り過ぎた剣の風が吹き通った。


 ユウはそのまま、前方へ身を転がして距離をとる。

 ウィーダは剣から手を放し、追撃も捕獲もせず、こちらと同じく距離をとった。


「やるな!」

「剣の打ち合いが少ない」

「不満か? じゃあ、そっちもやるか? でも、やり合うと負けたくないからな」


 どっちも勝負になると、勝利を譲りたがらないので、熱中してしまうと剣術より体術の比率が多くなるのが、最近の悩みだった。


「まあ、こればっかりはしょうがねぇか、行くぞ!」

「ああ」


 戦いの熱が冷めやらぬうちに逸るウィーダが再度突撃してくる。


 今度は真正面からの打ち合いになった。


「くぬっ!」

「……」


 力まかせでのつばぜり合いになって、ウィーダの表情が分かりやすく変化した。


 ユウは力をいなし受け流そうとし、ウィーダは受け流されないと踏ん張る。

 そんなやり取りが何度か続いた。


 そののち、スキル発動に絶好の剣向きを掴む事が出来たユウが先に軌道ラインをなぞって、剣術スキルを発動。

 三度の突き攻撃を見舞った。


 だが、受けたウィーダはそれに負けじと己もスキルを使用。

 上段からの斬りつけ攻撃に連撃を放った。


 スキル終了の時間を利用して、互いに距離をとる。


「ふーん、腕は訛ってないようだな」

「お前も」


 わずかに笑みを刻んで、ユウは今度はこちらから仕掛ける事にした。

 実際の疲労を感じているわけではないが、体を動かすのは悪い気はしない。

 ぼにんやり思考している事が多いユウではあったが、こんな世界で三年以上も活動している事から分かる通り、運動は嫌いではなかった。


 それからも一心に打ち合う時間を続けた。


 だが、変化が起きたのはそれから数分後の事だった。


 ウィーダに隙が生まれ、勝機がユウに見えた時。


「……」


 ウィーダが纏う空気が変化した。

 右利きである彼は右でしか剣を操れないはずなのに、いつの間にか背後に隠していた左手で剣を握っていたのだ。


 二刀流はこの世界では、無い事は無い……というレベル。

 物にするのは難しいが武器が二つあるなら、不可能ではないはず、だった。


 だがユウは、ウィーダが剣を二つ持っている所を見た事がない。

 三年にも及ぶ付き合いの中では一度も、だ。


 振るわれたのは、まったくの予想外の一手。


「くっ!」


 それでも、ユウがどうにか捌けば、ウィーダははっとした声を上げた。


「え? ……うおっ、何だ今の?」


 ユウは動きを止めて、狼狽するウィーダを見つめる。

 先程までの奇妙な感じはしなかった。


 あの一瞬、まるで別人へとなり替わったような感覚は。


「なんか、勝手に動いたぞ。どうなってる!?」


 ウィーダは、予期せぬ己の行動に口調怪しく未だ戸惑っている。


 その事についてしばらく思考するが、その時思った事は脇へとおいやった。


 なぜなら、先日会った店員NPCがギルドホームを尋ねてきたからだ。


「ウィーダ様、ユウ様、お見送りに来ました。お邪魔でしたでしょうか」

「おっ、アニー。わざわざ来てくれたのか。さんきゅな」


 NPCキャラにまったく自然体の態度で接しているウィーダを眺めるユウは、ギルドハウスの壁にある違和感を感じた。


「餞別にアイテムを持ってきました。必要であるなら、どうぞ」

「マジか、ありがとな。でも足りてるからだいじょ……いてっ! おいユウ、何で靴踏むんだ」


 NPCにアイテムを貢がせてる男に言いたい事はあるが、それとは別件。

 今は他に気にしなければならない事がある。


 彼の肩を叩いて、ある事を指摘した。


「何だよ」

「あれ」


 ギルドホームのある部分だ、そこをユウは指し示す。

 先程まではあんな物は書かれていなかった。


「え?」


 今まで視界の中に定期的に入っていた見慣れたギルドホームの壁には、あんなものは書かれてなかったはず。


 なのに、この短い間に唐突にメッセージが現れた。

 何故か赤い文字で禍々しさを感じる筆記体で「色魔、お前を見張っているぞ」と。


 たぶんメッセージの相手はウィーダ。

 そう考えた理由はわざわざ考えるまでもない。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁ! 悪戯か? いつの間に!」


 頭を抱えて叫ぶウィーダの仕業ではない事ぐらいは、さすがに分かった。

 なら、第三者の仕業だろう。


 予想外の事態の連続に叫ぶウィーダを見て、ユウはたった今起きた不審な現象と、数日前の出来事を思い起こしてある仮説を立てたが、今はまだ口には出さないでおいた。


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