第12話 開発スタッフの苦悩
イクスクエスト社 開発室
暗闇の中、ここの所ずっと忙しくあった部屋の中は、その騒々しさが嘘のように静まりかえっていた。
無理もない。
数日前に起こった仮想世界での出来事、(数年前とはけた違いの)未帰還者の大量発生に、自分達職員は上から末端の一人にいたるまで、嵐のような忙しさに見舞われていたのだから。
だが、それも数日経てば、忙しさに耐えられず潰れてくる者も出てくる。
だから、初期の混乱が落ち着いたのもあって、各職員が休憩をとるようになっていたのだ。
部屋の中には、疲労に潰れた何人かの同僚が、泥のように眠りこけている。
だが、彼等の様に睡眠を得なかった男は、デスゲームが始まってからもずっと努力していた。
事を起こした犯人は実は分かっている。
その犯人と接触し、一時的にも自由を奪う事も出来た。
コンタクトを取る事も、出来るだろう。
だが、そうはしない。
まだその時期ではないからだ。
彼女と共に協力し、ここまで準備を重ねてきたのだ。
ここでヘタを打って、計画を駄目にするわけにはいかなかった。
全ては愛する娘を助ける為に。
この現実の世界で目覚めさせるために、必要な事なのだ。
失敗するわけにはいかなかった。
もしもの時の責任は取るつもりだ。
この手に手錠をかけられる事もいとわない。
罪を被ることすらも。
三年前。
あの始まりの日から、血のにじむ様な努力を積み重ねて来た。
開発の雑用を任されるに過ぎなかった末端の
個人の時間を投げ出し、寝食を忘れて、家庭にも帰らずに、ただひたすら夢中になってここまで上り詰めて来た。
そして、研究に研究を重ね、調査を重ね、技術を磨き、未帰還者を目覚めさせる方法……やっとその方法を見つけたのが、一年前だった。
原因が分かって、方法も分かった。
だがすぐに行動に出るわけにはいかなかった。
協力者の彼女の助言に従って、種をまき、彼を育て、必要な人間を探していた。
その苦労が要約叶うのならば、数日くらいの我慢はなんでもない。
誰も見ていない事を確かめると、パソコンを立ち上げる。
起動の準備時間が過ぎて、青いスクリーンが表示された。
「まだなのか。まだだ、あともう少し……」
己を戒める様に呟きながら、彼女の来訪を待てば、パソコン画面に十歳ほどの少女キャラクターへが映し出される。
ソフィと名乗った少女は人間ではない。
クリエイト・オンラインの整備の為に作られた人工知能だった。
仮想のデータを集めて作られたそれは、そのパソコンにつけられたカメラ越しに男を見て、その幼い表情を沈ませた。
「元気を出してください。でももうすぐ、機会がやって来ます。三年もすれば、彼女が我慢できなくなる、物言わぬ友達では寂しくてたまらなくなる。だから、その時がチャンスです。その時さえくれば、アルンちゃんとユウさんの力で、他の未帰還者さん達を完全に開放できるはず。その時まで……どうかその時まで」
諦めないで。
男一人しかいないその部屋に、機械の無機質な少女の声が響いていた。
彼女の言葉を受け取った男は、その部屋にいる場違いな少年に声をかけた。
「こんなことに巻き込んでしまって済まない。優君」
声を掛けられた少年……黒澤優は首を振った後、何を考えているのか分からない表情で言葉を返した。
「謝らないでください。俺は結局、向こうの世界には行けなかった。『間に合わなかった』のだから」
三日目の朝。
ユウ達高レベルプレイヤーは、本日から未帰還者の手がかりを求め、ジュリア等と分担してフィールドをまわる事になった。
だから必要な準備を経た後、町の外に出る。
デスゲーム化後、初めて安全圏から離れるのだから、入念な準備を行うため各自時間がかかっていた。
一方中、低レベルプレイヤーには町の中から出ないように言い含めてある。
安全を最優先に考えた上で、大人しく町の中で待機しているよう指示を出したのだが、それがどれくらい守られるかは怪しい話だった。
ライフが減らなくなったとは言え、絶対に死ななないわけではない。
抜け道や例外などは、まだまだある。
早めに解決できなければ、碌に実力のない連中がしびれを切らす事になるだろう。
そうなれば、犠牲者が出るのは時間の問題だ。
とはいえ、ならば自分達は絶対大丈夫……だと慢心しているわけでもない。
高レベルプレイヤーといってもユウ達は人間だ
何か活動すれば疲労からくる判断低下は避けられないだろうし、ちょっとした不注意を完璧に無くす事は出来ない。
フィールドに出るのなら、彼ら以上に安全に気を配り対策を怠らないようにするべきだろう。
そのために、各員慎重になって装備品やらアイテムやらを確認している所なのだが……。
「よぉ、相変わらずじーさんみたいに早起きだな」
幸か不幸か、普段のものでまったく支障がなかったユウは、すぐに手持無沙汰になってしまった。
余った時間を有効活用するために、外にでて考え事をしながら体を動かしておくかと思い、ギルドホームの近くで剣を振る事にしたら、そこにウィーダが声をかけてきた。
彼もあまり準備に時間がかからなかったらしい。
「お前もアルンも、眠くないのかよ。まだ早朝だぞ?」
「探索は、するなら早い方が良い」
「クソ真面目だな」
フィールドを探索している内に、他の手がかりが見つかるかもしれないし、トラブルが発生するかもしれない。
どれだけ要領よくこなしても、予想した流れと現実が一致することはないので、余裕をもって行動する事が大事なのだ。
その場の流れと勢いで何となく生きているウィーダとは違って、明確な目標にそって人生設計を立てているので、頭がおかしいみたいに言われるのは心外だった。
「そうゆうとこジジくさ……いてっ、だから靴踏むなよ」
踏まれる様な事を言うのがいけない。
それからも、二、三言話した後にウィーダが横に並んで、武器を手にした。
彼も体を動かすことにしたらしい。
今どきはやらない剣士の修行だが、地道な鍛錬の積み重ねはかなり馬鹿にできない。
このゲームでは、みなプレイヤーは剣士として剣を振るって戦う事になるのだが、派手な剣技などはとくに設定されていないからだ。
プレイヤーは己の技術と、知識、または勘を頼りに剣を振るっていく事になるのだから、剣の扱いになれないものがモンスターの一体を楽に倒せるわけがなかった。
かといって何もない所から、剣の扱いを学べと言われても一般人には無茶が過ぎるというものだ。
元から剣の心得がある者……剣道などに携わっていたなどは、全プレイヤーの何分の一でしかない(実際にこのオンラインゲームができた初期には、それが理由で中々利用者の数が伸びなかった時期もあったらしい)。
だからその代わりに運営は、初心者たちが剣に慣れ親しみやすくするため、ある策を打ち出した。
あらかじめシステムに設定しておいた剣術の軌道ラインを、敵モンスターエンカウント時に、プレイヤー個人の視界にだけ表示するというものだった。
この試みは成功。
剣道経験者でないプレイヤー達は、ガイドラインが表示されるようになってからは、格段に戦闘しやすくなったと言う。
剣術の幅を広げる際には、クエストを受けるか、アイテムとして購入するなど色々ある。
一部のプレイヤーの中には、まったくの素人から、軌道ラインなしで独学の剣術を極めてしまう者がいるのが、やはりそれらは才能のなせるわざで、きわめて少数派だった。
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